沼津交通事件と年次有給休暇の取得に対する不利益取扱の禁止

(最一小判平5.6.25)

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労働者の年次有給休暇の取得に対して、

使用者が何らかの経済的不利益と結びつける措置をとることは、

許されるのでしょうか。

【事件の概要】


Xは、タクシー会社であるYに乗務員として勤務していました。

Yでは、乗務員の出勤率を高めるために、月ごとの勤務予定表どおりに出勤した者に、

皆勤手当てを支給していました。

Yは、労働組合Aとの間で、皆勤手当ては、

年次有給休暇を含む欠勤が1日あれば半額にし、

2日以上あれば支給しないという労働協約を締結していました。

Xは、年次有給休暇を取得した月の給与から皆勤手当てが控除されたことから、

控除された皆勤手当ての支払を求めて争いました。

なお、皆勤手当ての給与額に対する割合は、最大でも1,85%でした。

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【判決の概要】


労働基準法136条が、使用者は年次有給休暇を取得した労働者に対して、

賃金の減額その他不利益な取り扱いをしないようにしなければならないと規定していることから、

使用者が、従業員の出勤率の低下を防止する等の観点から、

年次有給休暇の取得を何らかの経済的不利益と結びつける措置を採ることは、

その経営上の合理性を是認できる場合であっても、

できるだけ避けるべきであることはいうまでもないが、

この規定は、それ自体としては、使用者の努力義務を定めたものであって、

労働者の年次有給休暇の取得を理由とする不利益取扱いの私法上の効果を否定するまでの効力をゆうするものではありません。

また、このような措置は、年次有給休暇を保障した労働基準法39条の精神に沿わない面を有することは否定できないものですが、

その効力については、その趣旨、目的、労働者が失う経済的利益の程度、

年次有給休暇の取得に対する事実上の抑止力の強弱等諸般の事情を総合して、

年次有給休暇を取得する権利の行使を抑制し、

ひいては同法が労働者に右権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものと認められるものでない限り、

公序に反して無効となるとすることはできません。

本件についてみると、Yは、タクシー業者の経営は運賃収入に依存しているため、

自動車を効率的に運行させる必要が大きく、交番表が作成された後に、

乗務員が年次有給休暇を取得した場合には代替要員の手配が困難となり、

自動車の実働率が低下するという事態が生じることから、

このような形で年次有給休暇を取得することを避ける配慮をした乗務員については、

皆勤手当てを支給することとしたものと解されるのであって、この措置は、

年次有給休暇の取得を一般的に抑制する趣旨に出たものではないといえます。

また、乗務員が年次有給休暇を取得したことにより控除される皆勤手当ての額が、

相対的に大きいものではないことなどからして、

この措置が乗務員の年次有給休暇の取得を事実上抑止する力は大きなものでなかったというべきです。

以上によれば、Yにおける年次有給休暇の取得を理由に皆勤手当てを控除する措置は、

同法39条及び136条の趣旨からして望ましいものではないとしても、

労働者の同法上の年次有給休暇取得の権利の行使を抑制し、

ひいては同法が労働者に右権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものとまでは認められないから、

公序に反する無効なものとまではいえないというべきです。

【労働基準法39条(年次有給休暇)】


使用者は、その雇入れ日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない。

◯2 使用者は、一年六箇月以上継続勤務した労働者に対しては、雇入れの日から起算して六箇月を超えて継続勤務する日(以下「六箇月経過日」という。)から起算した継続勤務年数一年ごとに、前項の日数に、次の表の上欄の掲げる六箇月経過日から起算した継続勤務年数の区分に応じ同表の下欄に掲げる労働日を加算した有給休暇を与えなければならない。ただし、継続勤務した期間を六箇月経過日から一年ごとに区分した各期間(最後に一年未満の期間を生じたときは、当該期間)の初日の前日の属する期間において出勤した日数が全労働日の八割未満である者に対しては、当該初日以後の一年間においては有給休暇を与えることを要しない。

「六箇月経過日から起算した  「労働日」
       継続勤務年数」  

 一年             一労働日
 二年             二労働日
 三年             四労働日
 四年             六労働日
 五年             八労働日
 六年以上           十労働日

◯3  次に掲げる労働者(一週間の所定労働時間が厚生労働省令で定める時間以上の者を除く。)の有給休暇の日数については、前二項の規定にかかわらず、これらの規定による有給休暇の日数を基準とし、通常の労働者の一週間の所定労働日数として厚生労働省令で定める日数(第一号において「通常の労働者の週所定労働日数」という。)と当該労働者の一週間の所定労働日数又は一週間当たりの平均所定労働日数との比率を考慮して厚生労働省令で定める日数とする。

一  一週間の所定労働日数が通常の労働者の週所定労働日数に比し相当程度少ないものとして厚生労働省令で定める日数以下の労働者

二  週以外の期間によつて所定労働日数が定められている労働者については、一年間の所定労働日数が、前号の厚生労働省令で定める日数に一日を加えた日数を一週間の所定労働日数とする労働者の一年間の所定労働日数その他の事情を考慮して厚生労働省令で定める日数以下の労働者

◯4  使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、次に掲げる事項を定めた場合において、第一号に掲げる労働者の範囲に属する労働者が有給休暇を時間を単位として請求したときは、前三項の規定による有給休暇の日数のうち第二号に掲げる日数については、これらの規定にかかわらず、当該協定で定めるところにより時間を単位として有給休暇を与えることができる。

一  時間を単位として有給休暇を与えることができることとされる労働者の範囲

二  時間を単位として与えることができることとされる有給休暇の日数(五日以内に限る。)

三  その他厚生労働省令で定める事項

◯5 使用者は、前各号の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。

【労働基準法136条】


使用者は、第三十九条第一項から第四項までの規定による有給休暇を取得した労働者に対して、賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならない。

【まとめ】


労働者の年次有給休暇の取得に対する不利益な取扱いは、

その趣旨、目的、労働者が失う経済的利益の程度、

年次有給休暇の取得に対する事実上の抑止力の強弱など考慮して、

年次有給休暇取得の権利行使を抑制し、

労働基準法が労働者の年次有給休暇取得の権利を保証した趣旨を

実質的に失わせる場合には無効となります。

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