東朋学園事件と賞与支給要件(不利益取扱い)

(最一小判平15.12.4)

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産前産後休業や勤務時間短縮措置をとった労働者に対する賞与支給にあたり、

使用者はどのような支給要件を定める必要があるのでしょうか。

【事件の概要】


Xは、Yにおいて事務職員として勤務していました。

Xは、出産したため、翌日から8週間の産後休業を取得しました。

その後、Yの育児休職規定に基づいて、

1日につき1時間15分の勤務時間を短縮する措置を受けました。

Yの給与規定では、賞与の支給要件の1つとして、

賞与の支給対象期間の出勤率が90%以上の者との定め(90%規定)があり、

賞与の支給にあたり、産前産後休業の日数と勤務時間の短縮措置を受けた総時間を欠勤扱いとしていました。

Xは、賞与支給対象期間に産後休業と勤務時間の短縮措置を受けていたため、

出勤率が90%に達しませんでした。

その結果、賞与の支給対象から除外されてしまいました。

そのため、Xは、賞与の支払を求めて争いました。

【判決の概要】


労働基準法65条は、産前産後休業を定めているが、

産前産後休業中の賃金については何らの定めを置いていないから、

産前産後休業が有給であることまでも保障したものではありません。

そして、同法39条8項は、年次有給休暇請求権の発生要件である8割出勤の算定に当たっては、

産前産後休業期間は出勤したものとみなす旨を、同法12条3項2号は、

平均賃金の算定に当たっては、算定期間から産前産後休業期間の日数を、

賃金の総額からその期間中の賃金をそれぞれ控除する旨を規定しているが、

これらの規定は、産前産後休業期間は本来欠勤ではあるものの、

年次有給休暇の付与に際しては出勤したものとみなすことにより、

これを有利に取り扱うこととし、

また、産前産後休業期間及びその期間中の賃金を控除しない場合には、

平均賃金が不当に低くなることがあり得ることを考慮して定められたものであって、

産前産後休業期間を一般に出勤として取り扱うべきことまでも使用者に義務付けるものではありません。

また、育児介護休業法23条は、

事業主は3歳に満たない子を養育する労働者で育児休業をしないものに関して、

労働者の申出に基づく勤務時間の短縮等の措置を講じなければならない旨を規定しているが、

上記措置が講じられた場合に、短縮された勤務時間を有給とし、

出勤として取り扱うべきことまでも義務付けているわけではありません。

したがって、産前産後休業を取得し、又は勤務時間の短縮措置を受けた労働者は、

その間就労していないのであるから、労使間に特段の合意がない限り、

その不就労期間に対応する賃金請求権を有しておらず、

当該不就労期間を出勤として取り扱うかどうかは、

原則として労使間の合意にゆだねられているというべきです。

本件90%条項は、賞与算定に当たり、単に労務が提供されなかった産前産後休業期間、

及び勤務時間短縮措置による短縮時間分に対応する賞与の減額を行うというにとどまるものではなく、

産前産後休業を取得するなどした従業員に対し、

産前産後休業期間等を欠勤日数に含めて算定した出勤率が90%未満の場合には、

一切賞与が支給されないという不利益を被らせるものです。

Yにおいては、従業員の年間総収入額に占める賞与の比重は相当大きく、

本件90%条項に該当しないことにより賞与が支給されない者の受ける経済的不利益は大きなものです。

本件90%条項において基準とされている90%という出勤率の数値からみて、

従業員が産前産後休業を取得し、又は勤務時間短縮措置を受けた場合には、

それだけで同条項に該当し、

賞与の支給を受けられなくなる可能性が高いというのであるから、

本件90%条項の制度の下では、勤務を継続しながら出産し、

又は育児のための勤務時間短縮措置を請求することを差し控えようとする機運を生じさせるものと考えられ、

上記権利等の行使に対する事実上の抑止力は相当強いものがあります。

そうすると、本件90%条項のうち、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、

出勤した日数に産前産後休業の日数、

及び勤務時間短縮措置による短縮時間分を含めないものとしている部分は、

上記権利等の行使を抑制し、

労働基準法等が上記権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきで、

公序に反し無効です。

本件90%条項のうち、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、

出勤した日数に産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分を含めないものとしている部分が無効であるとしても、

賞与の計算式の適用に当たっては、

産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分は、

欠勤として減額の対象となるというべきです。

そして、賞与の計算式は、本件90%条項とは異なり、

賞与の額を一定の範囲内でその欠勤日数に応じて減額するにとどまるものであり、

加えて、産前産後休業を取得し、又は育児のための勤務時間短縮措置を受けた労働者は、

法律上、上記不就労期間に対応する賃金請求権を有しておらず、Yの就業規則においても、

上記不就労期間は無給とされているのであるから、本件各除外条項は、

労働者の上記権利等の行使を抑制し、

労働基準法等が上記権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものとまでは認められず、

これをもって直ちに公序に反し無効なものということはできません。

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【労働基準法12条(平均賃金の定義)】


この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。ただし、その金額は、次の各号の一によつて計算した金額を下つてはならない。
一 賃金が、労働した日若しくは時間によつて算定され、又は出来高払制その他の請負制によつて定められた場合においては、賃金の総額をその期間中に労働した日数で除した金額の百分の六十

二 賃金の一部が、月、週その他一定の期間によつて定められた場合においては、その部分の総額をその期間の総日数で除した金額と前号の金額の合算額

◯2 前項の期間は、賃金締切日がある場合においては、直前の賃金締切日から起算する。

◯3 前二項に規定する期間中に、次の各号のいずれかに該当する期間がある場合においては、その日数及びその期間中の賃金は、前二項の期間及び賃金の総額から控除する。
一 業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業した期間

二 産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業した期間

三 使用者の責めに帰すべき事由によつて休業した期間

四 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律 (平成三年法律第七十六号)第二条第一号 に規定する育児休業又は同条第二号 に規定する介護休業(同法第六十一条第三項 (同条第六項 において準用する場合を含む。)に規定する介護をするための休業を含む。第三十九条第八項において同じ。)をした期間

五 試みの使用期間

【労働基準法39条(年次有給休暇)】


使用者は、その雇入れ日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない。

◯2 使用者は、一年六箇月以上継続勤務した労働者に対しては、雇入れの日から起算して六箇月を超えて継続勤務する日(以下「六箇月経過日」という。)から起算した継続勤務年数一年ごとに、前項の日数に、次の表の上欄の掲げる六箇月経過日から起算した継続勤務年数の区分に応じ同表の下欄に掲げる労働日を加算した有給休暇を与えなければならない。ただし、継続勤務した期間を六箇月経過日から一年ごとに区分した各期間(最後に一年未満の期間を生じたときは、当該期間)の初日の前日の属する期間において出勤した日数が全労働日の八割未満である者に対しては、当該初日以後の一年間においては有給休暇を与えることを要しない。

「六箇月経過日から起算した  「労働日」
       継続勤務年数」  

 一年             一労働日
 二年             二労働日
 三年             四労働日
 四年             六労働日
 五年             八労働日
 六年以上           十労働日

◯8 労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業した期間及び育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律第二条第一号 に規定する育児休業又は同条第二号 に規定する介護休業をした期間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業した期間は、第一項及び第二項の規定の適用については、これを出勤したものとみなす。

【労働基準法65条(産前産後)】


使用者は、六週間(多胎妊娠の場合にあつては、十四週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。

◯2 使用者は、産後八週間を経過しない女性を就業させてはならない。ただし、産後六週間を経過した女性が請求した場合において、その者について医師が支障がないと認めた業務に就かせることは、差し支えない。

【労働基準法65条の解説】


労働基準法など法律上の「出産」とは、妊娠4ヵ月以上の分娩をいいます。

1ヵ月は28日として計算しますので、妊娠85日以上の分娩が「出産」となります。

また、出産には死産、早産、流産、中絶も含みますので、妊娠4ヵ月以上で流産した場合、

産後休業は取得できます。

【まとめ】


賞与支給要件としての出勤率の算定にあたって、

産前産後休業や勤務時間の短縮措置など、

労働基準法で認められた権利や利益を保障した趣旨を実質的に失わせるような支給要件は許されません。

しかし、具体的な賞与の計算において、産前産後休業や勤務時間の短縮措置など、

不就労日数を減額の対象とすることは許される場合があります。

【関連判例】


「エヌ・ビー・シー工業事件と生理休暇」
「沼津交通事件と年次有給休暇の取得に対する不利益取扱の禁止」
「日本シェーリング事件と不就労時間」