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使用者が新たな就業規則を作成する場合に、
労働者に一方的に不利益な労働条件を課することは、
許されるのでしょうか。
【事件の概要】
Yの就業規則には、一般職種の労働者の定年が50歳と定められており、
主任以上の職にある労働者には適用されないということになっていました。
当時、主任以上の職にあったXには適用されませんでした。
ところが、Yが就業規則を変更し、
主任以上の職にある者でも55歳で定年とし、
すでに達している者は退職とする旨の規定を設けました。
この時、55歳に達していたXは、この規定によって解雇されました。
そこで、Xは、当該就業規則の変更に同意しておらず、
そのため、当該規定の効力は及ばないとして争いました。
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【判決の概要】
元来、「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである」(労働基準法2条1項)が、
多数の労働者を使用する近代企業においては、労働条件は、経営上の要請に基づき、
統一的かつ画一的に決定され、労働者は、経営主体が定める契約内容の定型に従って、
附従的に契約を締結せざるを得ない立場に立たされるのが実情であり、
この労働条件を定型的に定めた就業規則は、
一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、
それが合理的な労働条件を定めているものであるかぎり、
経営主体と労働者との間の労働条件は、
その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、
その法的規範性が認められるに至っている(民法92条参照)ものということができます。
このように、就業規則は、当該事業場内での社会的規範たるにとどまらず、
法的規範としての性質を認められるに至っているものと解すべきであるから、
当該事業場の労働者は、就業規則の存在および内容を現実に知つていると否とにかかわらず、
また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、
当然に、その適用を受けるものというべきです。
そして、新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、
労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、
原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、
特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、
当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、
これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されず、
これに対する不服は、団体交渉等の正当な手続による改善に待つほかはありません。
このことは、新たな定年制の採用についても同様です。
およそ定年制は、一般に、老年労働者にあっては、
当該業種又は職種に要求される労働の適格性が逓減するにかかわらず、
給与が却って逓増するところから、人事の刷新・経営の改善等、
企業の組織および運営の適正化のために行なわれるものであって、
一般的にいって、不合理な制度ということはできず、本件就業規則についても、
新たに設けられた55歳という定年は、わが国産業界の実情に照らし、
かつ、被上告会社の一般職種の労働者の定年が50歳と定められているのとの比較権衡からいっても、
低きに失するものとはいえません。
しかも、本件就業規則条項は、同規則55条の規定に徴すれば、
定年に達したことによつて自動的に退職するいわゆる「定年退職」制を定めたものではなく、
定年に達したことを理由として解雇するいわゆる「定年解雇」制を定めたものと解すべきであり、
同条項に基づく解雇は、労働基準法20条所定の解雇の制限に服すべきものです。
さらに、本件就業規則条項には、必ずしも十分とはいえないにしても、
再雇用の特則が設けられ、
同条項を一律に適用することによって生ずる苛酷な結果を緩和する途が開かれています。
しかも、原審の確定した事実によれば、現にXに対しても、Yより、
その解雇後引き続き嘱託として、採用する旨の再雇用の意思表示がされており、
また、Xら中堅幹部をもって組織する「E」の会員の多くは、本件就業規則条項の制定後、
同条項は、後進に道を譲るためのやむを得ないものであるとして、これを認めています。
以上の事実を総合考較すれば、本件就業規則条項は、
決して不合理なものということはできず、同条項制定後、
直ちに同条項の適用によって解雇されることになる労働者に対する関係において、
Yがこのような規定を設けたことをもって、
信義則違反ないし権利濫用と認めることもできないから、
Xは、本件就業規則条項の適用を拒否することができません。
【労働基準法89条(就業規則作成及び届出の義務)】
常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
一 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
二 賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
三 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
三の二 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
四 臨時の賃金等(退職手当を除く。)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項
五 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項
六 安全及び衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項
七 職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項
八 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項
九 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
十 前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項
【労働基準法93条(労働契約との関係)】
労働契約と就業規則との関係については、労働契約法 (平成十九年法律第百二十八号)第十二条 の定めるところによる。
【労働契約法12条(就業規則違反の労働契約)】
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
【まとめ】
使用者が、新たな就業規則の作成又は変更によって、労働者の既得の権利を奪い、
労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されません。
しかし、当該規則条項が合理的なものである限り、
個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、
その適用を拒むことは許されません。
【関連判例】
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