電電公社帯広局事件と就業規則の法的性質

(最一小判昭61.3.13)

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使用者が発した就業規則及び健康管理規定に基づく、

精密検査を受診すべき旨の業務命令は、

従うべき義務があるのでしょうか。

【事件の概要】


Yでは、電話交換の作業に従事する職員になかに、

長期にわたって頸肩腕症候群に罹患している者が多数存在していたため、

Yは労働組合と労働協約を締結して、

頸肩腕症候群を発症して3年が経過しても軽快しない長期罹患者に対して、

A病院において精密検診を実施することとしました。

Yの就業規則には、心身の故障により療養、勤務軽減等の措置を受けた職員は、

健康管理従事者の指示に従って、

自己の健康回復に努めなければならないことが規定されていました。

そして、健康管理規定には、健康管理上の指示に対する従業員の遵守義務、

特に健康管理が必要な要管理者についての個別管理の実施、

健康回復努力義務などが規定されていました。

Xは、Yの職員として電話交換の作業に従事していました。

Xは、頸肩腕症候群を発症したため、軽易な作業に就いていたが、

治療が長引いていたので、Yは、Xに対して、

精密検査を受診すべき旨の業務命令を発しました。

しかし、Xは、A病院は信頼できないなどとして、

2度にわたって命令を拒否しました。

Yは、就業規則において懲戒対象とされる業務命令拒否に当たるとして、

懲戒戒告処分にしました。

そこで、Xは、処分の無効を求めて争いました。

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【判決の概要】


一般に業務命令とは、使用者が業務遂行のために労働者に対して行う指示又は命令であり、

使用者がその雇用する労働者に対して業務命令をもって指示、命令することができる根拠は、

労働者がその労働力の処分を使用者に委ねることを約する労働契約にあります。

すなわち、労働者は、使用者に対して一定の範囲での労働力の自由な処分を許諾して労働契約を締結するのであるから、

その一定の範囲での労働力の処分に関する使用者の指示、命令としての業務命令に従う義務があるというべきであり、

したがって、使用者が業務命令をもって指示、命令することのできる事項であるかどうかは、

労働者が当該労働契約によってその処分を許諾した範囲内の事項であるかどうかによって定まるものであって、

この点は結局のところ当該具体的な労働契約の解釈の問題に帰するものということができます。

労働条件を定型的に定めた就業規則は、

一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、

その定めが合理的なものであるかぎり、個別的労働契約における労働条件の決定は、

その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、

法的規範としての性質を認められるに至っており、当該事業場の労働者は、

就業規則の存在及び内容を現実に知っていると否とにかかわらず、

また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、

当然にその適用を受けるというべきであるから、

使用者が当該具体的労働契約上いかなる事項について業務命令を発することができるかという点についても、

関連する就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいて、

それが当該労働契約の内容となっているということを前提として検討すべきこととなります。

換言すれば、就業規則が労働者に対し、

一定の事項につき使用者の業務命令に服従すべき旨を定めているときは、

そのような就業規則の規定内容が合理的なものであるかぎりにおいて、

当該具体的労働契約の内容をなしているものということができます。

Yにおいては、職員は常に健康の保持増進に努める義務があるとともに、

健康管理上必要な事項に関する健康管理従事者の指示を誠実に遵守する義務があるばかりか、

要管理者は、健康回復に努める義務があることとされているのであるが、

以上Yの就業規則及び健康管理規程の内容は、

Yの職員が労働契約上その労働力の処分をYに委ねている趣旨に照らし、

いずれも合理的なものというべきであるから、

右の職員の健康管理上の義務は、

YとYの職員との間の労働契約の内容となっているものというべきです。

もっとも、右の要管理者がその健康回復のために従うべきものとされている健康管理従事者による指示の具体的内容については、

特にYの就業規則ないし健康管理規程上の定めは存しないが、

要管理者の健康の早期回復という目的に照らし合理性ないし相当性を肯定し得る内容の指示であることを要することはいうまでもありません。

しかしながら、右の合理性ないし相当性が肯定できる以上、

健康管理従事者の指示できる事項を特に限定的に考える必要はなく、

例えば、精密検診を行う病院ないし担当医師の指定、

その検診実施の時期等についても指示することができるものというべきでです。

以上の次第によれば、Xに対し頸肩腕症候群総合精密検診の受診方を命ずる本件業務命令については、

その効力を肯定することができ、

これを拒否したYの行為は公社就業規則所定の懲戒事由にあたるというべきです。

【労働契約法7条】


労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

【まとめ】


就業規則が労働者に対し、

一定の事項につき使用者の業務命令に服従すべき旨を定めているときは、

そのような就業規則の規定内容が合理的なものである限り、

具体的労働契約の内容をなしているといえるので、

労働者は、業務命令に従う労働契約上の義務を負います。

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