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有効な36協定を締結するために必要な「労働者の過半数を代表する者」とは、
どのような選出手続きが採られなければならないのでしょうか。
【事件の概要】
Yには、役員と全ての従業員で構成される「友の会」がありました。
この会の代表者Aが、「労働者の過半数を代表する者」として署名、捺印をして、
Yと36協定を締結し、これを労働基準監督署に届け出ていました。
Xは、卒業アルバムを制作するYで、オペレーター業務に従事していました。
繁忙期になり、Xは、毎日30分から1時間45分程度残業するようになりました。
Yは、Xに対して、さらなる残業を再三要請しましたが、
Xは、眼精疲労を理由に応じませんでした。
また、Xは、Yでは、女性に対する賃金差別、労働基準法の制限を超える不法な残業、
年次有給休暇の取得の制限等、会社が労働基準法に違反していることを訴える手紙を、
主任以上の職制を除くYの全従業員に対し送付しました。
Yは、Xに対し、自己都合退職するよう勧告しました。
しかし、Xがこれを拒否すると、Yは残業を拒否したこと、
協調性がないこと等を理由として解雇する旨告げました。
そこで、Xは、解雇無効を主張して争いました。
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【判決の概要】
いかなる場合に使用者の残業命令に対し労働者がこれに従う義務があるかについてみるに、
労働基準法32条の労働時間を延長して労働させることに関し、
使用者が、当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合等と書面による協定(いわゆる36協定)を締結し、
これを所轄労働基準監督署長に届け出た場合において、
使用者が当該事業場に適用される就業規則に右36協定の範囲内で、
一定の義務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して、
労働者を労働させることができる旨定めているときは、
当該就業規則の規定の内容が合理的なものである限り、
それが具体的労働契約の内容をなすから、
右就業規則の規定の適用を受ける労働者は、その定めるところに従い、
労働契約に定める労働時間を超えて労働をする義務を負います(最高裁判所第1小法廷平成3年11月28日判決・民集四五巻八号一二七〇頁参照)。
ところで、本件36協定(甲四、乙一〇〇)は、
平成三年四月六日に所轄の足立労働基監督署に届け出られたものであるが、
協定の当事者は、Yと「労働者の過半数を代表する者」としての「営業部 A」であり、
協定の当事者の選出方法については、「全員の話し合いによる選出」とされ、
協定の内容は、原判決四頁五行目から五頁二行目までに記載のとおりであった。
そこで、Aが「労働者の過半数を代表する者」であったか否かについて検討するに、
「労働者の過半数を代表する者」は当該事業場の労働者により適法に選出されなければならないが、
適法な選出といえるためには、当該事業場の労働者にとって、
選出される者が労働者の過半数を代表して36協定を締結することの適否を判断する機会が与えられ、
かつ、当該事業場の過半数の労働者がその候補者を支持していると認められる民主的な手続がとられていることが必要というべきです(昭和六三年一月一日基発第一号参照)。
この点について、Yは、Aは「友の会」の代表者であって、
「友の会」が労働組合の実質を備えていたことを根拠として、
Aが「労働者の過半数を代表する者」であった旨主張するけれども、
「友の会」は、原判決判示のとおり、役員を含めた控訴人の全従業員によって構成され(規約一条)、
「会員相互の親睦と生活の向上、福利の増進を計り、融和団結の実をあげる」(規約二条)ことを目的とする親睦団体であるから、
労働組合でないことは明らかであり、
このことは、仮に「友の会」が親睦団体としての活動のほかに、
自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を目的とする活動をすることがあることによって変わるものではなく、
したがって、Aが「友の会」の代表者として自動的に本件36協定を締結したにすぎないときには、
Aは労働組合の代表者でもなく、「労働者の過半数を代表する者」でもないから、
本件36協定は無効というべきです。
次に、Yは、Aが本件36協定を締結するに当たっては、
社内報や集会を利用するなどして全従業員の意思が反映されるような手続を経て、
多数の意見に基づいて締結されたものであって、
Aは「労働者の過半数を代表する者」である旨主張しています。
しかしながら、本件36協定の締結に際して、労働者にその事実を知らせ、
締結の適否を判断させる趣旨のための社内報が配付されたり集会が開催されたりした形跡はなく、
Aが「労働者の過半数を代表する者」として民主的に選出されたことを認めるに足りる証拠はありません。
以上によると、本件36協定が有効であるとは認められないから、
その余の点について判断するまでもなく、
それを前提とする本件残業命令も有効であるとは認められず、
Xにこれに従う義務があったとはいえません。
仮に、本件36協定が有効であるとしても、就業規則により、
Yは、「業務の都合で必要がある場合」すなわち業務上の必要性がある場合に限って、
残業命令を出すことができることはいうまでもないが、そのような場合であっても、
労働者に残業命令に従えないやむを得ない理由があるときには、
労働者は残業命令に従う義務はありません。
Yとしては、Xが診断書の提出をもって訴えた眼精疲労等の症状について、
これを疑うべき事情はなかったものというべきであるから、
Xは、眼精疲労等の状態にあることをもって、
本件残業命令に従えないやむを得ない事由があったと認められるから、
これに従う義務がなかったものというべきです。
いずれにしても、Xには本件残業命令に従う義務があったとはいえないから、
Xがこれを拒否して残業をしなかったからといって、
就業規則所定の解雇事由があったとはいえません。
【労働基準法36条(時間外及び休日の労働)】
使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。ただし、坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、一日について二時間を超えてはならない。
◯2 厚生労働大臣は、労働時間の延長を適正なものとするため、前項の協定で定める労働時間の延長の限度、当該労働時間の延長に係る割増賃金の率その他の必要な事項について、労働者の福祉、時間外労働の動向その他の事情を考慮して基準を定めることができる。
◯3 第一項の協定をする使用者及び労働組合又は労働者の過半数を代表する者は、当該協定で労働時間の延長を定めるに当たり、当該協定の内容が前項の基準に適合したものとなるようにしなければならない。
◯4 行政官庁は、第二項の基準に関し、第一項の協定をする使用者及び労働組合又は労働者の過半数を代表する者に対し、必要な助言及び指導を行うことができる。
【まとめ】
当該事業場の労働者にとって、選出される者が労働者の過半数を代表して、
36協定を締結することの適否を判断する機会が与えられ、
かつ、当該事業場の過半数の労働者が、
その候補者を支持していると認められる民主的な手続がとられていることが必要です。
【関連判例】
→「日立製作所武蔵工場事件と時間外労働」