第四銀行事件と就業規則の不利益変更

(最二小判平9.2.28)

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就業規則の変更によって、

労働者の既存の労働条件を引き下げることが認められる場合はあるのでしょうか。

【事件の概要】


Y銀行の就業規則には、「職員の停年は満55歳とする。

但し、願出により引続き在職を必要と認めた者については3年間を限度として、

停年後在職を命ずることがある。」と定められていました。

Yは、就業規則を変更して、定年年齢を満55歳から満60歳に延長しました。

その一方で、55歳以降の賃金と賞与を年間ベースで、

54歳時の63%~67%に引き下げるよう就業規則を変更しました。

Yは、この就業規則の変更に先立って、行員の約90%で組織する労働組合と交渉をし、

この変更について合意の上、労働協約を締結していました。

その結果、従来の制度で55歳から58歳まで勤務して得られる賃金総額を得るためには、

55歳から60歳まで勤務しなければならなくなりました。

労働組合員でないXは、このような就業規則の不利益変更は無効と主張して、

変更前の就業規則に基づいて計算した賃金額と、

55歳以降に受け取った賃金額の差額の支払いを求めて争いました。

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【判決の概要】


新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、

労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないが、

労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、

当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、

これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されません。

そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、

当該就業規則の作成又は変更が、

その必要性及び内容の両面からみて、

それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、

なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、

特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、

労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、

当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、

その効力を生ずるものというべきです。

右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、

使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、

代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、

他の労働組合又は他の従業員の対応、

同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきです。

これを本件についてみると、定年後在職制度の前記のような運用実態にかんがみれば、

勤務に耐える健康状態にある男子行員において、

58歳までの定年後在職をすることができることは確実であり、

その間、54歳時の賃金水準等を下回ることのない労働条件で勤務することができると期待することも合理的ということができます。

そうすると、本件定年制の実施に伴う就業規則の変更は、

既得の権利を消滅、減少させるというものではないものの、

その結果として、右のような合理的な期待に反して、

55歳以降の年間賃金が54歳時のそれの63%ないし67%となり、

定年後在職制度の下で58歳まで勤務して得られると期待することができた賃金等の額を、

60歳定年近くまで勤務しなければ得ることができなくなるというのであるから、

勤務に耐える健康状態にある男子行員にとっては、

実質的にみて労働条件を不利益に変更するに等しいものというべきです。

そして、その実質的な不利益は、

賃金という労働者にとって重要な労働条件に関するものであるから、

本件就業規則の変更は、

これを受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合に、

その効力を生ずるものと解するのが相当です。

そこで、以下、右変更の合理性につき、前示の諸事情に照らして検討すると、

まず、本件就業規則の変更により、退職時までの賃金総額の名目額が減少することはなく、

退職金については特段の不利益はないものの、

従前の定年後在職制度の下で得られると期待することができた金額を2年近くも長く働いてようやく得ることができるというのであるから、

この不利益はかなり大きなものです。

特に、従来の定年である55歳を間近に控え、

58歳まで定年後在職制度の適用を受けて54歳時の賃金を下回ることのない賃金を得られることを前提として将来の生活設計をしていた行員にとっては、

58歳から60歳まで退職時期が延びること及びそれに伴う利益はほとんど意味を持たないから、

相当の不利益とみざるを得ません。

しかしながら、労働力人口の高齢化を背景として、

昭和50年代から定年延長等による高年齢労働者の雇用の安定を図る動きが活発になり、

昭和58年当時は、60歳定年制の実現が、いわば国家的な政策課題とされ、

社会的に強く要請されていたのであり、このような状況の下で、Yに対しては、

労働大臣や県知事から定年延長の早期実施の要請があり、

組合からも同様の提案がされていたのです。

したがって、定年延長問題は、Yにおいても、

不可避的な課題として早急に解決することが求められていたということができ、

定年延長の高度の必要性があったことは、十分にこれを肯定することができます。

一方、定年延長は、年功賃金による人件費の負担増加を伴うのみならず、

中高年齢労働者の役職不足を深刻化し、

企業活力を低下させる要因ともなることは明らかです。

そうすると、定年延長に伴う人件費の増大、

人事の停滞等を抑えることは経営上必要なことといわざるを得ず、

特にYにおいては、中高年齢層行員の比率が地方銀行の平均よりも高く、

今後更に高齢化が進み、役職不足も拡大する見通しである反面、

経営効率及び収益力が十分とはいえない状況にあったというのであるから、

従前の定年である55歳以降の賃金水準等を見直し、

これを変更する必要性も高度なものであったということができます。

そして、円滑な定年延長の導入の必要等からすると、

このときに、全行員の入行以降の賃金体系、賃金水準を抜本的に改めることとせず、

従前の定年である55歳以降の労働条件のみを修正したことも、

やむを得ないところといえます。

また、従前の55歳以降の労働条件は既得の権利とまではいえない上、

変更後の就業規則に基づく55歳以降の労働条件の内容は、

55歳定年を60歳に延長した多くの地方銀行の例とほぼ同様の態様であって、

その賃金水準も、他行の賃金水準や社会一般の賃金水準と比較してかなり高いものです。

定年が55歳から60歳まで延長されたことは、

女子行員や健康上支障のある男子行員にとっては、

明らかな労働条件の改善であり、健康上支障のない男子行員にとっても、

58歳よりも2年間定年が延長され、健康上多少問題が生じても、

60歳まで安定した雇用が確保されるという利益は、決して小さいものではありません。

また、福利厚生制度の適用延長や拡充、

特別融資制度の新設等の措置が採られていることは、

年間賃金の減額に対する直接的な代償措置とはいえないが、

本件定年制導入に関連するものであり、

これによる不利益を緩和するものということができます。

さらに、本件就業規則の変更は、行員の約90%で組織されている組合(記録によれば、第1審判決の認定するとおり、50歳以上の行員についても、その約6割が組合員であったことがうかがわれる。)との交渉、

合意を経て労働協約を締結した上で行われたものであるから、

変更後の就業規則の内容は労使間の利益調整がされた結果としての合理的なものであると一応推測することができ、

また、その内容が統一的かつ画一的に処理すべき労働条件に係るものであることを考え合わせると、

Yにおいて就業規則による一体的な変更を図ることの必要性及び相当性を肯定することができます。

Xは、当時部長補佐であり、労働協約の定めにより組合への加入資格を認められておらず、

組合を通じてその意思を反映させることのできない状況にあった旨主張するが、

本件就業規則の変更が、

変更の時点における非組合員である役職者のみに著しい不利益を及ぼすような労働条件を定めたものであるとは認められず、

右主張事実のみをもって、非組合員にとっては、

労使間の利益調整がされた内容のものであるという推測が成り立たず、

その内容を不合理とみるべき事情があるということはできません。

以上によれば、本件就業規則の変更は、それによる実質的な不利益が大きく、

55歳まで1年半に迫っていたXにとって、

いささか酷な事態を生じさせたことは想像するに難くないが、

原審の認定に係るその余の諸事情を総合考慮するならば、

なお、そのような不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであると認めることができないものではありません。

上告理由の指摘するとおり、不利益緩和のため、55歳を目前に控えており、

本件定年制の実施によって最も現実的な不利益を受ける者のために、

定年後在職制度も一定期間残存させ、55歳を迎える行員に、

いずれかを選択させるなどの経過措置を講ずることが望ましいことはいうまでもないが、

労働条件の集合的処理を建前とする就業規則の性質からして、

原則的に、ある程度一律の定めとすることが要請され、

また、本件就業規則の変更による不利益が、合理的な期待を損なうにとどまるものであり、

法的には、既得権を奪うものと評価することまではできないことなどを考え合わせると、

本件においては、このような経過措置がないからといって、

前記判断を左右するとまではいえません。

したがって、本件定年制導入に伴う就業規則の変更は、

Xに対しても効力を生ずるものというべきです。

【労働契約法9条】


使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。

【労働契約法10条】


使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

【まとめ】


就業規則の変更によって労働者の既得の権利を奪い、

労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、

原則として許されません。

しかし、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、

これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されず、

労働条件の引き下げが認められる。

【関連判例】


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