ネスレ日本(懲戒解雇)事件と懲戒権の濫用

(最二小判平18.10.6)

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上司に対して暴力行為を行った労働者が、

暴力行為から長い年月を経た後にされた懲戒処分は有効なのでしょうか。

【事件の概要】


X1とX2は、Yに従業員として採用され、霞ヶ浦工場に勤務していました。

X2は、平成5年6月9日、体調不良を理由に欠勤し、

翌日、この欠勤を年次有給休暇に振り替えようとしたが、

上司であったA課長代理がこれを認めなかったため、

X2の同年7月支給分の賃金が一部減額されました。

XらはYの一部の従業員らで組織する労働組合に所属し、

当時、X2はその霞ヶ浦支部の副書記長であったところ、

同支部は、A課長代理による上記の取扱いを同労働組合に対する攻撃としてとらえ、

組合員が職場内でA課長代理等に会ったときに、

「有休を認めろ。」と声を掛けるなどの抗議行動を行いました。

そして、こうした抗議行動が継続されている状況の下で、

XらのA課長代理に対する暴行事件(以下「本件各事件」という。)が発生しました。

X1は、平成5年10月25日午後5時30分過ぎころ、

霞ヶ浦工場のQ棟出入口付近において、業務報告に赴く途中のA課長代理に対し、

「おい、X2の有休はどうなんだ。」と大声で怒鳴った上、

A課長代理のネクタイや襟をつかんでその身体を壁に押し付けるなどの暴行を加えました。

その際、X2は、A課長代理の胸元等をつかんでX1に加勢しました(以下,この事件を「10月25日事件」という。)。

Xらは、平成5年10月26日午前8時30分の始業時刻の前に、

社員食堂に集まった同僚の組合員らに対し、

10月25日事件はA課長代理のX1に対する暴力事件であるとしてその経過を話しました。

そして、Xらは、同僚の組合員らと共に、同日午前8時31分過ぎころ、

充填包装作業場付近においてA課長代理を取り囲み、

X2や他の組合員らがA課長代理の作業服をつかんで身動きができないようにし、

X1がA課長代理のひざをけり上げるなどの暴行を加えました。

これに引き続き、Xらは、充填包装事務所に向かおうとしたA課長代理を追い掛け、

X1において、A課長代理の作業服の襟をつかんで首を締め上げたり、

その右手小指をつかんでねじり上げたりするなどの暴行を加え、

X2においてもA課長代理の作業服をつかむなどしました。

以上の暴行の結果、A課長代理は、けい部捻挫、左ひざ挫傷、

右小指挫傷の傷害を負いました(以下,この事件を「10月26日事件」という。)。

X2は、平成6年2月7日及び同月8日の両日、風邪を理由に欠勤したが、

A課長代理が同月8日の欠勤を年次有給休暇に振り替えることを認めなかったことから、

A課長代理に強く反発し、同月10日午後8時43分ころ、

充填包装事務所において執務中のA課長代理に対し、左手をその首に回し、

右手でその腹部を殴打する暴行を加えました(以下,この事件を「2月10日事件」という。)。

Yは、本件各事件について目撃者に報告書を提出させるなどして調査を行い、

平成7年7月31日ころ、Xら及びXらと共に10月26日事件においてA課長代理に暴行を加えたBに対し、

本件各事件等を掲記した上で、

猛省を促すとともに懲戒処分等を含む責任追及の権利を留保する旨を記載した通告書を送付したが、

A課長代理が10月26日事件及び2月10日事件について、

江戸崎警察署及び水戸地方検察庁に被害届や告訴状を提出していたことから、

これらの捜査の結果を待ってYとしての処分を検討することとしました。

水戸地方検察庁検察官は平成11年12月28日付けでXら及びBにつき不起訴処分とし、

同12年1月から同年3月にかけて関係者にその旨の通知がされたため、

Yは、そのころから、Xら及びBに対する処分の検討を始めました。

そのような中で、霞ヶ浦工場のC工場長は、同年5月17日、Bに対し、

本社においてBらの懲戒処分が検討されている旨を話し、

自ら退職願を提出することを勧めたところ、Bは、同日退職願を提出したが、

その翌日にこれを撤回しました。Bは、退職の意思表示の効力を争って、

同年6月20日にYを相手方として、

水戸地方裁判所龍ヶ崎支部に地位保全の仮処分を求める申立てをするとともに、

その本案訴訟を提起し、同支部が同年8月7日付けで、

Yに賃金の仮払を命ずる仮処分命令を発したため、

Yは、Xらに対する処分を見合わせました。

しかし、同支部が同13年3月16日に上記本案訴訟においてBの請求を棄却する判決を言い渡し、

その判決の中でYの言い分が認められたことから、

Yは、改めてXらの処分を検討し、Yの就業規則の規定に基づき、

同年4月17日、Xらに対し、同月25日までに退職願が提出されたときは、

自己都合退職の例により退職金を全額支給するが、

同日までに退職願が提出されないときは同月26日付けで懲戒解雇する旨の諭旨退職処分(以下「本件諭旨退職処分」という。)を行いました。

そこで、Xらは、同処分による懲戒解雇の無効を求めて争いました。

なお、Yの就業規則においては、「故意に業務を阻害したとき」、

「会社内において、暴行、脅迫、監禁その他これに類する行為を行ったとき」、

「業務上の指揮・命令に違反し、又は業務上の義務に背いたとき」等が、

懲戒解雇事由として定められていました。

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【判決の概要】


使用者の懲戒権の行使は、企業秩序維持の観点から、

労働契約関係に基づく使用者の権能として行われるものであるが、

就業規則所定の懲戒事由に該当する事実が存在する場合であっても、

当該具体的事情の下において、それが客観的に合理的な理由を欠き、

社会通念上相当なものとして是認することができないときには、

権利の濫用として無効になると解するのが相当です。

前記事実関係によれば、本件諭旨退職処分は、

本件各事件から7年以上が経過した後にされたものであるところ、

Yにおいては、A課長代理が10月26日事件及び2月10日事件について、

警察及び検察庁に被害届や告訴状を提出していたことから、

これらの捜査の結果を待って処分を検討することとしました。

しかしながら、本件各事件は職場で就業時間中に管理職に対して行われた暴行事件であり、

被害者である管理職以外にも目撃者が存在したのであるから、

上記の捜査の結果を待たずとも、Yにおいて、

Xらに対する処分を決めることは十分に可能であったものと考えられ、

本件において、上記のように、

長期間にわたって懲戒権の行使を留保する合理的な理由は見いだし難いです。

しかも、使用者が従業員の非違行為について、

捜査の結果を待ってその処分を検討することとした場合において、

その捜査の結果が不起訴処分となったときには、使用者においても、

懲戒解雇処分のような重い懲戒処分は行わないこととするのが通常の対応と考えられるところ、

上記の捜査の結果が不起訴処分となったにもかかわらず、YがXらに対し、

実質的には懲戒解雇処分に等しい本件諭旨退職処分のような重い懲戒処分を行うことは、

その対応に一貫性を欠くものといわざるを得ません。

また、本件諭旨退職処分は、本件各事件以外の事実も処分理由とされているが、

本件各事件以外の事実は、平成11年10月12日のA課長代理に対する暴言、

業務妨害等の行為を除き、いずれも同7年7月24日以前の行為であり、

仮にこれらの事実が存在するとしても、

その事実があったとされる日から本件諭旨退職処分がされるまでに、

長期間が経過していることは本件各事件の場合と同様です。

同11年10月12日のA課長代理に対する暴言、業務妨害等の行為については、

Yの主張によれば、同日、A課長代理がE社からの来訪者2名を案内し、

霞ヶ浦工場の工場設備を説明していたところ、

X2が「こら、A、おい、A、でたらめA、あほんだらA。」などと、

大声で暴言を浴びせてA課長代理の業務を妨害し、

X1においてもA課長代理に対し同様の暴言を浴びせるなどしてその業務を妨害したというものであって、

仮にそのような事実が存在するとしても、

その一事をもって諭旨退職処分に値する行為とは直ちにいい難いものであるだけではなく、

その暴言、業務妨害等の行為があったとされる日から本件諭旨退職処分がされるまでには、

18か月以上が経過しているのです。

これらのことからすると、本件各事件以降期間の経過とともに、

職場における秩序は徐々に回復したことがうかがえ、

少なくとも本件諭旨退職処分がされた時点においては、

企業秩序維持の観点からXらに対し、

懲戒解雇処分ないし諭旨退職処分のような重い懲戒処分を行うことを必要とするような状況にはなかったものということができます。

以上の諸点にかんがみると、本件各事件から7年以上経過した後にされた本件諭旨退職処分は、

原審が事実を確定していない本件各事件以外の懲戒解雇事由について、

Yが主張するとおりの事実が存在すると仮定しても、

処分時点において企業秩序維持の観点から、

そのような重い懲戒処分を必要とする客観的に合理的な理由を欠くものといわざるを得ず、

社会通念上相当なものとして是認することはできません。

そうすると、本件諭旨退職処分は権利の濫用として無効というべきであり、

本件諭旨退職処分による懲戒解雇はその効力を生じないというべきです。

【まとめ】


事件から7年以上経過した後にされた本件諭旨退職処分は、

処分時点において企業秩序維持の観点から、

そのような重い懲戒処分を必要とする客観的に合理的な理由を欠くものといわざるを得ず、

社会通念上相当なものとして是認することはできないため、

権利の濫用にあたり無効となります。

【関連判例】


「富士重工業事件と調査協力義務」
「ダイハツ工業事件と使用者の懲戒権」
「日本食塩製造事件とユニオン・ショップ協定に基づく解雇」
「関西電力事件と使用者の懲戒権」
「富士見交通事件と懲戒当時に使用者が認識していた非違行為」