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合併にともない新たな就業規則が作成され、
合併前よりも退職金規定が不利益に変更された場合、
その効力は当該就業規則が適用される労働者に及ぶのでしょうか。
【事件の概要】
Y組合は、Xらが在職していた旧D農協、旧E農協ほか、
七つの農業協同組合が合併して新設されました。
旧D農協には、従来より退職給与規定が存したが、
合併後にY組合が新たに退職給与規定を作成・適用したが、
この新規定は、Xらの退職金支給倍率を低減させるものでした。
他方、Xらの給与額は合併に伴う給与調整等により相当程度増額されており、
退職時までの給与調整の累積額はおおむね本訴の請求額に等しく、
また、合併の結果Xは定休日、特別休暇、諸手当等の面で旧D農協在籍中より有利になり、
定年も男子は1年間、女子は3年間延長されました。
Xらは、新規程への不利益な変更はXらに対し効力を生じないとして、
差額の退職金の支払を求めて争いました。
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【判決の概要】
当裁判所は、昭和40年(オ)第145号同43年12月25日大法廷判決(民集22巻13号3459頁)において、
「新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、
労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、
許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、
特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、
当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、
これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない」との判断を示しました。
右の判断は、現在も維持すべきものであるが、
右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、
当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、
それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、
なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解されます。
特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、
労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、
当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、
その効力を生ずるものというべきです。
これを本件についてみるに、
まず、新規程への変更によってXらの退職金の支給倍率自体は低減されているものの、
反面、Xらの給与額は、本件合併に伴う給与調整等により、
合併の際延長された定年退職時までに通常の昇給分を超えて相当程度増額されているのであるから、
実際の退職時の基本月俸額に所定の支給倍率を乗じて算定される退職金額としては、
支給倍率の低減による見かけほど低下しておらず、金銭的に評価しうる不利益は、
本訴におけるXらの前記各請求額よりもはるかに低額のものであることは明らかであり、
新規程への変更によってXらが被った実質的な不利益は、
仮にあるとしても、決して原判決がいうほど大きなものではないのです。
他方、一般に、従業員の労働条件が異なる複数の農協、会社等が合併した場合に、
労働条件の統一的画一的処理の要請から、
旧組織から引き継いだ従業員相互間の格差を是正し、
単一の就業規則を作成、適用しなければならない必要性が高いことはいうまでもないところ、
本件合併に際しても、右のような労働条件の格差是正措置をとることが不可欠の急務となり、
その調整について折衝を重ねてきたにもかかわらず、
合併期日までにそれを実現することができなかったことは前示したとおりであり、
特に本件の場合においては、
退職金の支給倍率についての旧D農協と他の旧六農協との間の格差は、
従前旧D農協のみが秋田県農業協同組合中央会の指導・勧告に従わなかったことによつて生じたといういきさつがあるから、
本件合併に際してその格差を是正しないまま放置するならば、
合併後のY組合の人事管理等の面で著しい支障が生ずることは見やすい道理です。
加えて、本件合併に伴ってXらに対してとられた給与調整の退職時までの累積額は、
賞与及び退職金に反映した分を含めると、
おおむね本訴におけるXらの前記各請求額程度に達していることを窺うことができ、
また、本件合併後、Xらは、旧D農協在職中に比べて、
休日・休暇、諸手当、旅費等の面において有利な取扱いを受けるようになり、
定年は男子が1年間、女子が3年間延長されているのであって、これらの措置は、
退職金の支給倍率の低減に対する直接の見返りないし代償としてとられたものではないとしても、
同じく本件合併に伴う格差是正措置の一環として、
新規程への変更と共通の基盤を有するものであるから、
新規程への変更に合理性があるか否かの判断に当たって考慮することのできる事情です。
右のような新規程への変更によってXらが被った不利益の程度、
変更の必要性の高さ、その内容、及び関連するその他の労働条件の改善状況に照らすと、
本件における新規程への変更は、それによってXらが被った不利益を考慮しても、
なおY組合の労使関係において、
その法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものといわなければなりません。
したがって、新規程への変更はXらに対しても効力を生ずるものというべきです。
【まとめ】
使用者が、新たな就業規則の作成又は変更によって、労働者の既得の権利を奪い、
労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されません。
しかし、当該規則条項が合理的なものである限り、
個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、
その適用を拒むことは許されません。
当該規則条項が合理的なものであるとは、
当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、
それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、
なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであり、
特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し、
実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、
当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの、
高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、
その効力を生じます。
【関連判例】
→「秋北バス事件と就業規則の不利益変更」
→「第四銀行事件と就業規則の不利益変更」
→「明石運輸事件と就業規則と労働協約の関係」
→「日音事件と就業規則の周知」
→「中部カラー事件と就業規則の周知」
→「シンワ事件と事業場の過半数代表者の意見聴取義務」