九州朝日放送事件と配転命令

(最一小判平10.9.10)

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24年間アナウンサー業務に従事した労働者に対して、

他の業務への配転命令は有効なのでしょうか。

【事件の概要】


Xは、Yのアナウンサーの募集に応じて、入社試験に合格し、

昭和36年5月に採用され、報道局(当時は編成局)アナウンス部に配属されました。

Xは、同年6月以来、昭和60年3月に報道局情報センター(後にラジオニュース班となる。)に異動になる(一次配転)まで、

アナウンス業務に従事していました。

Xは、情報センター部長Aらから、

「情報センターに来れば、しゃべるチャンスはいくらでもある」と説得され、

一次配転を承諾しました。

報道局情報センターは、本来アナウンス業務を所管するものではなかったが、

Xはアナウンス業務を担当していました。

Xは、平成2年4月のラジオニュース班の解体に伴い、

編成局番組審議会事務局図書資料室に配転されました(二次配転)。

Xは、Yに対し、アナウンサーとしての業務に従事する労働契約上の地位確認(主位的請求)及び、

アナウンス業務を継続することを要求しうる労働契約上の地位にあることの確認(予備的請求)を求めて争いました。

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【判決の概要】


アナウンサーは、日本語の豊富な知識のもとに、

正確な発声や発音に熟達するなど特殊技能を有する者ということはできます。

しかしながら、Yの採用時においては音声テストが課されたのみで、

アナウンサーとしての特別の技能や資格は要求されておらず、

採用後わずか2か月ほどの研修を受けてアナウンス業務に就くのであるから、

右時点においては格別の特殊技能があるとまではいいえず、

前記のような特殊技能は、

その後のアナウンサーとしての実務のなかで次第につちかわれてゆくものなのでしょう。

このことは、Yの従業員でアナウンサー以外の特殊技能を要する従業員、

例えばディレクターやミキシング業務(複数の映像や音声の混合・調整に関する業務)に従事する社員等についてもいえることであって、

ひとりアナウンサーだけに特殊技能の修得、保有が要求されるわけではありません。

次に就業規則等をみてみると、本件就業規則に職種限定の定めはなく、

本件労働契約締結にあたっても、明示的に職種を限定する合意はなされていません。

Yの賃金体系においては、報道局アナウンス部に属するアナウンサーに限り月額800円のアナウンス手当が支給されるのみで、

アナウンサーと他の従業員との間に差異は設けられていません。

本件就業規則には、

「会社は、業務上の必要により、従業員にたいし辞令をもって転勤または転職を命ずることがある。」と規定されており、

配転対象者からアナウンサーを除外してはいません。

本件労働協約においても、

「配転および転勤については、平素から本人の意向を聞き、本人の意向は、

できるだけ尊重する。但し、特殊技能を必要とするアナウンス、技術、美術、配車、

電話交換および保健室から一般への配転については意向を十分に尊重する。」と規定されていて、

アナウンサーも配転の対象とされているし、

「本人が配転および転勤に際し、異議のある場合は、労働組合と原則として協議する。

協議のととのわない場合は、会社において発令する。」と規定され、

アナウンサーを除外することなくYには一般的に配転命令権があることが定められています。

そして、現に、Yにおいては、アナウンサーについても、

一定年齢に達すると他の職種への配転が頻繁に行われています。
 
以上の事情を総合して考えると、

アナウンサーとしての業務が特殊技能を要するからといって、

直ちに、本件労働契約において、アナウンサーとしての業務以外の職種には、

一切就かせないという趣旨の職種限定の合意が成立したものと認めることはできず、

Xについては、本件労働契約上、Yの業務運営上必要がある場合には、

その必要に応じ、個別的同意なしに職種の変更を命令する権限が、

Yに留保されているものと解するのが相当です。

そうすると、本件労働契約が締結された当時、右契約上、

Xがアナウンサーとしての業務に従事する地位にあったものといえないことは明らかです。

さらに、Xは長年にわたってアナウンス業務に従事してはいたが、

そうであるからといって、当然に、

アナウンサーとしての業務に従事する労働契約上の地位が創設されるわけではなく、

本件労働契約が職種限定の趣旨に変更されて初めて右のような地位を取得することになるものと解されるところ、

Xについては、本件労働契約の締結後に、

右のような職種限定の合意が成立したことを認めるに足りる直接の証拠はないし、

前認定の事実経過からいっても右合意の成立は考えられません。

Xは、右請求において職種限定の合意がなされたとまではいえないとしても、

YがXに対し、さしあたりアナウンス業務に従事させることを保証する旨を約したから、

Xにはアナウンス業務に就労することを内容とする、いわゆる就労請求権があるとして、

右就労請求権の存在の確認を求めているものと解されないわけではありません。

そうすると、右の趣旨の限度では、

Xがアナウンス業務に従事できるかという本件紛争の解決にとって有効かつ適切な確認の請求といえないではないから、

右の予備的請求にかかる訴えには一応確認の利益が認められることになります。

しかしながら、労働契約は、労働者が一定の労務を提供する義務を負い、

使用者がこれに対して一定の賃金を支払う義務を負うことに尽きるから、

労働契約等に特段の定めのあるときを除き、就労請求権は否定するほかなく、

右特段の定めの主張立証もない(Xが主張する、配転に際しての、特定の業務に従事させる旨の約束は、右特段の定めにはあたらない)。

【まとめ】


アナウンサーとしての業務が特殊技能を要するからといって、

直ちに、本件労働契約において、アナウンサーとしての業務以外の職種には、

一切就かせないという趣旨の職種限定の合意が成立したものとは認められません。

また、会社の業務運営上必要がある場合には、その必要に応じ、

個別的同意なしに職種の変更を命令する権限が会社に留保されています。

【関連判例】


「東亜ペイント事件と転勤拒否」
「ケンウッド事件と異動命令拒否」
「日東タイヤ事件と出向拒否」
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「グリコ協同乳業事件と勤務地限定の合意」
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