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労働基準法又は労働組合法上の権利に基づく不就労を含めて算出した前年の稼働率が80パーセント以下の労働者を、
翌年度のベースアップを含む賃金引上げの対象者から除外する旨の労働協約条項は認められるのでしょうか。
【事件の概要】
Xらは、Yの従業員であるか、又は従業員であった者であり、
いずれもE労組の組合員です。
Yは、昭和49年度以降経営状況が良好でないことの一因が、
従業員の稼働状況にあるとの認識に基づき、
稼働率を向上させるための方策を協約化することを企図し、
昭和51年4月15日、組合に対し同年度の賃金引上げ額を回答する際、
本件80パーセント条項の受諾を求めました。
E労組は、同条項を容認することはできないとして、
引き続き団体交渉を求めたが、
Yは本件80パーセント条項の協約化という既定方針を譲らず、
同条項を含めて受諾するのでなければ、
賃金引上げの団体交渉にも応じないとの態度を続けたため、
昭和51年8月6日に至り、E労組は同条項を含む賃金引上げに関する協定を締結しました。
Yは、本件80パーセント条項の適用に当たって、
稼働率算定の基礎となる不就労に、欠勤、遅刻、早退によるもののほか、
年次有給休暇、生理休暇、慶弔休暇、産前産後の休業、育児時間、
労働災害による休業ないし通院、
同盟罷業等組合活動によるものを含めて稼働率を計算しており、
前年の稼働率が80パーセント以下であるとして、
Xらは、その賃金引上げ対象者から除外され、
各賃金引上げ相当額及びそれに対応する夏季冬季各一時金、
退職金を支払われませんでした。
そこで、Xらは、これらの賃金の支払を求めて争いました。
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【判決の概要】
従業員の出勤率の低下防止等の観点から、
稼働率の低い者につきある種の経済的利益を得られないこととする制度は、
一応の経済的合理性を有しており、当該制度が、
労基法又は労組法上の権利に基づくもの以外の不就労を基礎として稼働率を算定するものであれば、
それを違法であるとすべきものではありません。
そして、当該制度が、労基法又は労組法上の権利に基づく不就労を含めて稼働率を算定するものである場合においては、
基準となっている稼働率の数値との関連において、当該制度が、
労基法又は労組法上の権利を行使したことにより経済的利益を得られないこととすることによって権利の行使を抑制し、
ひいては右各法が労働者に各権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものと認められるときに、
当該制度を定めた労働協約条項は、公序に反するものとして無効となります。
これを本件80パーセント条項についてみるに、
同条項における稼働率算定の基礎となる不就労には、
労働者の責に帰すべき原因等によるものばかりでなく、
労基法又は労組法上の権利に基づくものがすべて含まれていることは、
前述したとおりです。
また、本件80パーセント条項に該当した者につき、
除外される賃金引上げにはベースアップ分も含まれているのであり、
しかも、Yにおける賃金引上げ額は、毎年前年度の基本給額を基礎として決められるから、
賃金引上げ対象者から除外されていったん生じた不利益は後続年度の賃金において残存し、
ひいては退職金額にも影響するものと考えられるのであり、
同条項に該当した者の受ける経済的不利益は大きなものです。
そして、本件80パーセント条項において基準となっている80パーセントという稼働率の数値からみて、
従業員が、産前産後の休業、労働災害による休業などの比較的長期間の不就労を余儀なくされたような場合には、
それだけで、あるいはそれに加えてわずかの日数の年次有給休暇を取るだけで同条項に該当し、
翌年度の賃金引上げ対象者から除外されることも十分考えられるのです。
こうみると、本件80パーセント条項の制度の下では、
一般的に労基法又は労組法上の権利の行使をなるべく差し控えようとする機運を生じさせるものと考えられ、
その権利行使に対する事実上の抑制力は相当強いものであるとみなければなりません。
以上によれば、本件80パーセント条項は、
労基法又は労組法上の権利に基づくもの以外の不就労を基礎として稼働率を算定する限りにおいては、
その効力を否定すべきいわれはないが、反面、同条項において、
労基法又は労組法上の権利に基づく不就労を稼働率算定の基礎としている点は、
労基法又は労組法上の権利を行使したことにより経済的利益を得られないこととすることによって権利の行使を抑制し、
ひいては、右各法が労働者に各権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきであるから、
公序に反し無効であるといわなければなりません。
なお、前記の本件80パーセント条項妥結に至るまでのYとE労組との交渉経過等に照らすと、
本件80パーセント条項のうち、
労基法又は労組法上の権利に基づく不就労を稼働率算定の基礎としている点につき、
右の理由により効力を否定された場合に、その残余において同条項の効力を認めることは、
労使双方の意思に反しないとみることができます。
また、本件80パーセント条項は賃金引上げ対象者から例外的に除外される者を定めたものであって、
本件各賃金引上げに関する協定における賃金引上げの根拠条項と不可分一体のものとは認められないから、
本件80パーセント条項の前記の一部無効は、
右賃金引上げの根拠条項の効力に影響を及ぼさないと解されます。
【まとめ】
労働基準法又は労働組合法上の権利に基づく不就労を稼働率算定の基礎としている点は、
労働基準法又は労働組合法上の権利の行使を抑制し、
各法が労働者に各権利を保障した趣旨を実質的に失わせるから公序に反し無効ですが、
労働基準法又は労働組合法上の権利に基づくもの以外の不就労を稼働率算定の基礎とする部分は有効です。
【関連判例】
→「沼津交通事件と年次有給休暇の取得に対する不利益取扱の禁止」
→「東朋学園事件と賞与支給要件(不利益取扱い)」
→「エヌ・ビー・シー工業事件と生理休暇」
→「八千代交通事件と年次有給休暇の成立要件」
→「エス・ウント・エー事件と年休取得と不利益な取扱い」