炭研精工事件と経歴詐称

(東京高判平3.2.20、最一小判平3.9.19)

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採用されるにあたり経歴を偽っていた労働者に対し、

採用後に経歴詐称が判明した場合、

使用者は懲戒解雇することは許されるのでしょうか。

【事件の概要】


機械部品製造を営むYに旋盤工として従事していたXは、

採用されるに当たり、大学を中退していたこと及び、

いわゆる成田闘争において2度逮捕、勾留、起訴され、

いずれも公判係属中であったことを秘匿していました。

XはYに採用されてからもデモに参加して、

逮捕、勾留されて10日間欠勤しました。

YはXの逮捕、勾留を知り調査したところ、Xの経歴詐称が判明しました。

その後、Xが上記2件の刑事事件について懲役刑(いずれも執行猶予付き)に処せられたこと、

Xの経歴詐称などの行為が就業規則上の懲戒解雇事由に該当するとして、

Yは、Xを懲戒解雇しました。

そこで、Xは、懲戒解雇の無効を求めて争いました。

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【判決の概要】


原審の適法に確定した事実関係の下において、

本件解雇を有効とした原審の判断は、正当として是認することができ、

原判決に所論の違法はありません。

原審は、Xが2回にわたり懲役刑を受けたこと及び、

雇い入れられる際に学歴を偽ったことがYの就業規則所定の懲戒解雇事由に該当するとした上、

Xのその他の言動を情状として考慮し、

本件解雇が懲戒権の濫用に当たらない旨を判示しているのであって、

Xが「既存の社会秩序を否定する考え」等を有するということをもって、

本件解雇を正当化しているものではないから、

憲法19条違反をいう所論は、その前提を欠きます。

【原審の概要】
雇用関係は、労働力の給付を中核としながらも、

労働者と使用者との相互の信頼関係に基礎を置く継続的な契約関係であるということができるから、

使用者が、雇用契約の締結に先立ち、雇用しようとする労働者に対し、

その労働力評価に直接関わる事項ばかりでなく、当該企業あるいは職場への適応性、

貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序の維持に関係する事項についても必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、

労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負うというべきです。

就業規則38条4号もこれを前提とするものと解されます。
 
そして、最終学歴は、単にXの労働力評価に関わるだけではなく、

Yの企業秩序の維持にも関係する事項であることは明らかであるから、

Xは、これについて真実を申告すべき義務を有していたということができます。

また、雇用しようとする労働者が刑事裁判の公判係属中であって、

保釈中であるという場合には、保釈が取り消され、

あるいは実刑判決を受けて収監されるなどのために勤務することができなくなる蓋然性の有無、

公判に出頭することによって欠勤等の影響が生ずるか否か等を判断することは、

当該労働者の労働力を評価し、雇用するか否かを決する上で重要な要素となることは明らかです。

このことは、当該労働者がその事件について無罪の推定を受けていることとは関わりのないことです。

しかしながら、履歴書欄にいわゆる罰とは、

一般的には確定した有罪判決をいうものと解すべきであり、

公判継続中の事件についてはいまだ判決が言い渡されていないことは明らかであるから、

XがYの採用面接に際し、賞罰がないと答えたことは事実に反するものではなく、

Xが採用面接にあたり、公判継続の事実について具体的に質問を受けたこともないのであるから、

Xが自ら公判継続の事実について積極的に申告すべき義務があったということも相当とはいえません。

また、Xが、大学中退の学歴を秘匿して、Yに雇用されたことは、

就業規則38条4号の「・・・・・・経歴をいつわり・・・・・・雇入れられたとき」に当たるというべきであるが、

公判継続中であることを告げなかった点は同号に該当しないというべきです。

Xは、2つの懲戒解雇事由に該当し、

そのうちの、経歴を偽って雇い入れられたときとの懲戒事由に関しては、

学歴をいつわっていること、

禁こ以上の刑に処せられたときの懲戒事由に関しては、

その刑は執行が猶予されているものの、その理由とされた犯罪行為は、

社会的に強く非難されるべき行為であって、それだけYの社会的信用を害し、

他の従業員に悪い影響を及ぼすおそれのあるものであったことは否定できません。

YがXの経歴を調査して、Xは昭和52年5月の成田空港反対闘争と、

昭和53年3月の成田空港開港阻止闘争に参加したことに関連して、

有罪の確定判決を受けたことが判明した後、YのW総務課長とS総務部長は、

昭和61年3月31日Xと会って、

「会社に重要なことで申告しなきゃならんことがあるんじゃないか」と述べたところ、

Xは、「私は悪いことはしていないんだから、申告する必要はないです。」と答え、

さらに、「前科、前歴があるんじゃないのか」という質問に対し、

Xは「知っているんだったら、言う必要はないじゃないか」と答えたこと、

Xは右有罪の確定判決を受けた後も成田空港反対闘争に参加してきたこと、

以上の事実が認められ、これらのXの言動を見ると、

Xは自己の行動に対する反省の態度は見受けられず、

依然として、自己の主張が正しく、

既成の社会秩序を否定する考えが強く残っているといわざるを得ません。

これらの事情を考慮すると、XのYにおける地位や職務内容を斟酌しても、

なお、Xには懲戒解雇の事由があり、

これによりYがXを懲戒解雇したことは相当であったというべきであるから、

懲戒解雇が社会通念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したということはできず、

懲戒権濫用の主張は採用することができません。

【まとめ】


雇用契約は、継続的な契約関係であって、

それは労働者と使用者との相互の信頼関係に基礎を置くものであるから、

使用者が雇用契約の締結に先立ち、雇用しようとする労働者の経歴等、

その労働力の評価と関係のある事項について必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、

労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負っているというべきです。

最終学歴は、労働力の評価及び企業秩序の維持に関係する事項であることは明らかであるから、

これについて真実を申告すべき義務があり、

学歴の秘匿は、就業規則所定の懲戒事由に該当します。

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