函館信用金庫事件と就業規則の不利益変更

(最二小判平12.9.22)

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使用者が行った就業規則の不利益変更は、

これに同意しない労働者に対しても効力を生じるのでしょうか。

【事件の概要】


Yは、函館市に本店を置き、同市を中心に営業していた信用金庫です。

Yには、組合員数約100人の従業員組合(以下「従組」という。)と、

組合員数約30人の労働組合(以下「労組」という。)があり、

Xらは、従組の組合員でした。

政府は、労働時間短縮のため、欧米諸国に合わせて週休二日制を実現しようとし、

そのために金融機関と官庁を先行させて、

これを他の一般企業に波及させるという方針を採り、

かねてから、金融機関の労使に対して労働時間の短縮を呼びかけていました。

労働時間短縮の目標は、週の労働時間を48時間から40時間へ短縮することであり、

そのため、昭和62年に労働基準法の改正がされ、

週40時間制に向けての段階的な労働時間の短縮が進められることとなりました。

昭和63年、完全週休2日制を導入するため、

土曜日を信用金庫の休日と定める政令が公布されました。

Yは、土曜日を休日とし、平日の所定労働時間を25分延長することを内容とする就業規則の変更につき、

従組と団体交渉をしたが、同意を得られず、同意のないまま、新就業規則(旧就業規則から新就業規則への変更を「本件就業規則変更」という。)の実施を全従業員に通知しました。

本件就業規則変更により、始業時刻が5分早まり、終業時刻が20分遅くなった結果、

所定労働時間は、1日7時間35分、週37時間55分となり、

年間所定労働時間は、本件就業規則変更により平成元年から同10年までの平均で、

年間7時間5分短縮されました。

Xらは、週休2日制の実施に伴い平日の所定労働時間を延長する就業規則の変更は、

これに同意しないXらに対し、効力を及ぼさないと主張して争いました。

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【判決の概要】


本件就業規則変更により、Xらにとっては、

平日の所定労働時間が25分間延長されることとなったのであるから、

本件就業規則変更がXらの労働条件を不利益に変更する部分を含むことは明らかです。

また、労働時間が賃金と並んで重要な労働条件であることは、いうまでもないところです。

そこで、まず、変更による実質的な不利益の程度について検討すると、

25分間の労働時間の延長は、それだけをみれば、不利益は小さなものとはいえません。

しかしながら、本件就業規則変更前のXらの所定労働時間は、

第3土曜日を休日扱いとしていた実際の運用を前提に計算しても、

第1、第4及び第5週が40時間、第2及び第3週が35時間50分であって、

これが、変更後は、一律に週37時間55分になるのです。

そうすると、年間を通してみれば、変更の前後で、

所定労働時間には大きな差がないということができます。

さらに、本件では、完全週休2日制の実施が本件就業規則変更に関連する労働条件の基本的改善点であり、

労働から完全に解放される休日の日数が増加することは、労働者にとって大きな利益です。

また、終業時刻が午後5時20分とされた本件就業規則変更後においても、

変更前と同一の時間外勤務がされることを前提とする原審認定の時間外勤務手当の減少は、

合理的根拠を欠くものというべきです。

したがって、全体的にみれば、Xらが本件就業規則変更により被る実質的不利益は、

必ずしも大きいものではないというのが相当です。

次に、変更の必要性について検討すると、

本件では、金融機関における先行的な週休2日制導入に関する政府の強い方針と施行令の前記改正経過からすると、

Yにとって、完全週休2日制の実施は、

早晩避けて通ることができないものであったというべきです。

そして、週休2日制の実施に当たり、

平日の労働時間を変更せずに土曜日をすべて休日にすれば、

一般論として、提供される労働量の総量の減少が考えられ、

また、営業活動の縮小やサービスの低下に伴う収益減、

平日における時間外勤務の増加等が生ずることは当然です。

そこで、経営上は、賃金コストを変更しない限り、

土曜日の労働時間の分を他の日の労働時間の延長によって賄うとの措置を採ることは通常考えられるところであり、

特に、既に年間所定労働時間が同業者の平均よりも短くなっていたYのような企業にとっては、

その必要性が大きいものと考えられます。

加えて、Yは、本件就業規則変更の当時、相対的な経営効率が著しく劣位にあり、

人件費の抑制に努めていたというのであるから、

他の金融機関と競争していくためにも、変更の必要性が高いということができます。

さらに、新就業規則の内容をみると、変更後の1日7時間35分、週37時間55分という所定労働時間は、

当時の我が国の水準としては必ずしも長時間ではなく、

他と比較して格別見劣りするものではありません。

そうすると、平日の労働時間の延長をせずに完全週休2日制だけを実施した場合には、

所定労働時間が週35時間50分になることやYの経営状況等も勘案すると、

本件就業規則変更については、その内容に社会的な相当性があるということができます。

以上によれば、本件就業規則変更によりXらに生ずる不利益は、

これを全体的、実質的にみた場合に必ずしも大きいものということはできず、

他方、Yとしては、完全週休2日制の実施に伴い平日の労働時間を画一的に延長する必要性があり、

変更後の内容も相当性があるということができるので、

従組がこれに強く反対していることやYと従組との協議が十分なものであったとはいい難いこと等を勘案してもなお、

本件就業規則変更は、右不利益をXらに法的に受忍させることもやむを得ない程度の必要性のある合理的内容のものであると認めるのが相当です。

したがって、本件就業規則変更は、Xらに対しても効力を生ずるものというべきです。

【まとめ】


本件就業規則変更により生ずる不利益は、

全体的、実質的にみた場合に必ずしも大きいものでなく、

完全週休2日制の実施に伴い平日の労働時間を画一的に延長する必要性があり、

変更後の内容も相当性があるので、就業規則の変更に反対する労働者にも、

法的に受忍させることもやむを得ない程度の必要性のある合理的内容のものであるから、

本件就業規則変更は、変更に反対する労働者に対しても効力が生じます。

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