日新火災海上保険事件と労働条件の明示

(東京高判平12.4.19)

スポンサーリンク










中途採用者として採用された労働者が、

求人広告記載の内容と異なる取扱を受けた場合、

雇用契約違反という労働者の主張は認められるのでしょうか。

【事件の概要】


Yは、求人情報誌に中途採用のための求人広告を掲載し、

そこでは、「きっと納得していただけるような待遇を用意してお待ちしております。」や、

「もちろんハンディはなし。たとえば89年卒の方なら89年に当社に入社した社員の現時点での給与と同等の額をお約束いたします。」との記載がなされていました。

81年に大学を卒業し、製造業に従事していたXは、

右記事を見て、右求人に対して応募し、面接を経て採用内定を受けました。

Yは、Xに対し、平均的給与格付を下回る格付による基本給によって賃金を算定したため、

未払賃金が生じたとして未払賃金等の支払いと精神的苦痛を被ったとして慰謝料を請求しました。

スポンサーリンク










【判決の概要】


<求人広告について>
求人広告は、それをもって個別的な雇用契約の申込みの意思表示と見ることはできないものである上、

その記載自体から、89年及び90年既卒者について、

同年次新卒入社者と同等の給与額を支給する旨を表示したもので、

それ以前の既卒者についてこれと同様の言及をするものでないことを十分に読み取ることができるものというべきであって、

その他には「納得いただける待遇」との表現があるのみであるから、

その記載をもって、本件雇用契約がX主張の内容をもって成立したことを根拠づけるものとすることはできないというほかありません。

<第一次面接及び会社説明会について>
Yの人事担当責任者が右面接及び会社説明会においてXに対し説明した内容は、

これを厳密に明らかにすることはできないけれども、

少なくとも、給与条件につき新卒採用者と差別をしない(ハンディはない)との趣旨の抽象的な説明をしたものと認めるべきであるが、

しかし、新卒同年次定期採用者の平均給与を支給するとか、

それの平均的格付による給与を支給するなど、

Xの給与の具体的な額又は格付を確定するに足りる明確な意思表示があったものと認めることはできないというべきです。

そうとすれば、第一次面接及び会社説明会におけるYの人事担当責任者の説明によって、

YとXとの間に、本件雇用契約上、

新卒同年次定期採用者の平均的格付による給与を支給する旨の合意が成立したものということはできません。

以上によれば、Yの人事担当責任者によるXへの説明は、

内部的に既に決定している運用基準の内容を明示せず、

かつ、Xをして新卒同年次定期採用者と同等の給与待遇を受けることができるものと信じさせかねないものであった点において不適切であり、

そして、Xは、入社時において右のように信じたものと認めるべきである(もっとも、「同等」といっても、そこにはある程度の幅があり得るものであることを否定することはできない。)が、

なお、YとXとの間に、本件雇用契約上、

新卒同年次定期採用者の平均的格付による給与を支給する旨の合意が成立したものと認めることはできません。

<慰謝料の請求について>
Yは、計画的中途採用を推進するに当たり、

内部的には運用基準により中途採用者の初任給を新卒同年次定期採用者の現実の格付のうち、

下限の格付により定めることを決定していたのにかかわらず、

計画的中途採用による有為の人材の獲得のため、

Xら応募者に対してそのことを明示せず、

就職情報誌Bでの求人広告並びに面接及び社内説明会における説明において、

給与条件につき新卒同年次定期採用者と差別しないとの趣旨の、

応募者をしてその平均的給与と同等の給与待遇を受けることができるものと信じさせかねない説明をし、

そのためXは、そのような給与待遇を受けるものと信じてYに入社したものであり、

そして、入社後1年余を経た後に、

その給与が新卒同年次定期採用者の下限に位置づけられていることを知って精神的な衝撃を受けたものと認められます。

かかるYの求人に当たっての説明は、労働基準法15条1項に規定するところに違反するものというべきであり、

そして、雇用契約締結に至る過程における信義誠実の原則に反するものであって、

これに基づいて精神的損害を被るに至った者に対する不法行為を構成するものと評価すべきです。

また、平成6年4月1日付けで総務部総務課印刷室への配置転換の通告を受けたのであるが、

同室の業務内容は印刷物の製本、運搬等の肉体的単純労働を中心とする業務であるところ、

XのYへの入社の意図及びYのX採用の趣旨等に照らしてその配置転換の必要性、

必然性を首肯するに足りる合理的理由を見いだすことは困難というべきであるから、

右配置転換は、XがYに対し給与上の格付を不当として、

新卒同年次定期採用者の平均的格付をするよう要求し、

その要求が入れられなかったことなどからYに対する対決姿勢を採るに至り、

Yの中途採用者の採用方法につき、

労働基準監督署に対し告発行動をとるに至ったことなどの、

Xの行動をその主たる理由とするものと推認するほかないものというべきです。

そして、右のようなXの行動が前示採用の過程におけるYの不適切な説明に由来するものであることにかんがみれば、

この点のYのXに対する行為もまた、雇用契約上の信義誠実の原則に反する違法な行為に該当し、

これに基づいてXが受けた精神的損害に対し不法行為を構成するものと評価すべきです。

そして、右に判示したところと証拠(X本人)によれば、

Xは、右に指摘したYの行為により、少なからざる精神的苦痛を被ったものと認めることができます。

したがって、Yは、Xに対し、

YとXとの雇用契約締結の過程における説明及び、

平成6年4月1日付けの配置転換の点において不法行為を行ったものと認めるべきであるところ、

Yの右不法行為によりXが被った精神的苦痛を慰謝すべき金額としては、

金100万円をもって相当と認めるべきです。

【労働基準法15条(労働条件の明示)】


使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。

◯2 前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。

◯3 前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。

【まとめ】


求人広告をもって個別的な雇用契約の申込みの意思表示とはできず、

また、面接・会社説明会において、

新卒同年次定期採用者の平均的格付による給与を支給するという合意が成立していたということもできないが、

労働基準法15条1項に違反するものであり、

雇用契約締結に至る過程における信義誠実の原則に反します。

【関連判例】


「八州事件と賃金見込額」