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長時間にわたる残業を恒常的に伴う業務に従事していた労働者が、
うつ病にり患し自殺したという事案で、
使用者にはどのような義務があると認められたのでしょうか。
【事件の概要】
Aは、平成2年4月1日、大手の広告代理店であるYに就職し、
ラジオ局ラジオ推進部に配属され勤務していました。
入社後約4か月経過した頃から深夜に帰宅することが多くなり、
更に社内で徹夜して帰宅しない日もあるようになり、
班から独立して業務遂行をするようになった頃(入社1年3か月後)には、
出勤したまま帰宅しない日が更に多くなり、
帰宅しても翌日の午前6時30分ないし7時ごろで、
午前8時ごろまでに再び自宅を出るという状況となっていました。
そのため、同居の両親によっても栄養価の高い朝食の用意、
最寄り駅までの自家用車での見送り等がなされていたが、
Aは心身の疲労困ぱいした状態になって、
業務遂行中、元気がなく暗い感じで顔色が悪く目の焦点も定まっていないことがあるようになり、
この頃からうつ病に罹患していたと考えられ、
班長であるCもAの健康状態が悪いのではないかと気付いたところ、
Aは取引先企業との行事の終了日の翌の平成3年8月27日自宅で自殺をしました。
Aの両親(X)は、Aは、Yから長時間労働を強いられたためにうつ病に陥り、
その結果自殺に追い込まれたとして、
Yに対し、安全配慮義務違反または不法行為による損害賠償を請求しました。
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【判決の概要】
労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、
疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、
労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところです。
労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、
労働安全衛生法65条の3は、作業の内容等を特に限定することなく、
同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、
それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解されます。
これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、
業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、
使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、
使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきです。
Yのラジオ局ラジオ推進部に配属された後にAが従事した業務の内容は、
主に、関係者との連絡、打合せ等と、企画書や資料等の起案、作成とから成っていたが、
所定労働時間内は連絡、打合せ等の業務で占められ、
所定労働時間の経過後にしか起案等を開始することができず、
そのために長時間にわたる残業を行うことが常況となっていました。
起案等の業務の遂行に関しては、
時間の配分につきAにある程度の裁量の余地がなかったわけではないとみられるが、
上司であるBらがAに対して業務遂行につき期限を遵守すべきことを強調していたとうかがわれることなどに照らすと、
Aは、業務を所定の期限までに完了させるべきものとする一般的、包括的な業務上の指揮又は命令の下に当該業務の遂行に当たっていたため、
右のように継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない状態になっていたものと解されます。
ところで、Yにおいては、かねて従業員が長時間にわたり残業を行う状況があることが問題とされており、
また、従業員の申告に係る残業時間が必ずしも実情に沿うものではないことが認識されていたところ、
Bらは、遅くとも平成3年3月ころには、Aのした残業時間の申告が実情より相当に少ないものであり、
Aが業務遂行のために徹夜まですることもある状態にあることを認識しており、
Cは、同年7月ころには、Aの健康状態が悪化していることに気付いていました。
それにもかかわらず、B及びCは、同年3月ころに、
Bの指摘を受けたCが、Aに対し、業務は所定の期限までに遂行すべきことを前提として、
帰宅してきちんと睡眠を取り、それで業務が終わらないのであれば翌朝早く出勤して行うようになどと指導したのみで、
Aの業務の量等を適切に調整するための措置を採ることはなく、
かえって、同年7月以降は、Aの業務の負担は従前よりも増加することとなりました。
その結果、Aは、心身共に疲労困ぱいした状態になり、
それが誘因となって、遅くとも同年8月上旬ころにはうつ病にり患し、
同月27日、うつ病によるうつ状態が深まって、
衝動的、突発的に自殺するに至ったというのです。
原審は、右経過に加えて、うつ病の発症等に関する前記の知見を考慮し、
Aの業務の遂行とそのうつ病り患による自殺との間には相当因果関係があるとした上、
Aの上司であるB及びCには、
Aが恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、
その負担を軽減させるための措置を採らなかったことにつき過失があるとして、
Yの民法715条に基づく損害賠償責任を肯定したものであって、
その判断は正当として是認することができます。
【まとめ】
使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、
業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して、
労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負い、
使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、
使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきです。
【関連判例】
→「横浜南労基署長(東京海上横浜支店)事件と業務起因性」
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→「山田製作所(うつ病自殺)事件と使用者の安全配慮義務違反」
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