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不法行為によって死亡した被害者の損害賠償請求権を取得した相続人が、
労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金の支給を受けるなどした場合に、
損害の元本と遅延損害金のどちらから差引くべきなのでしょうか。
【事件の概要】
Aは、ソフトウェアの開発等を業とする会社であるYにシステムエンジニアとして雇用されていました。
Aは、長時間の時間外労働や配置転換に伴う業務内容の変化等の業務に起因する心理的負荷の蓄積により、
精神障害(鬱病及び解離性とん走)を発症し、病的な心理状態の下で、
平成18年9月15日、さいたま市に所在する自宅を出た後、
無断欠勤をして京都市に赴き、
鴨川の河川敷のベンチでウイスキー等を過度に摂取する行動に及び、
そのため、翌16日午前0時頃、死亡しました。
過度の飲酒による急性アルコール中毒から心停止に至り死亡したAの相続人であるXらが、
Aが死亡したのは、長時間の時間外労働等による心理的負荷の蓄積によって精神障害を発症し、
正常な判断能力を欠く状態で飲酒をしたためであると主張して、
Aを雇用していたYに対し、不法行為又は債務不履行に基づき、損害賠償を求めました。
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【判決の概要】
労災保険法に基づく保険給付は、その制度の趣旨目的に従い、
特定の損害について必要額を塡補するために支給されるものであり、
遺族補償年金は、労働者の死亡による遺族の被扶養利益の喪失を塡補することを目的とするものであって(労災保険法1条、16条の2から16条の4まで)、
その塡補の対象とする損害は、被害者の死亡による逸失利益等の消極損害と同性質であり、
かつ、相互補完性があるものと解されます。
他方、損害の元本に対する遅延損害金に係る債権は、
飽くまでも債務者の履行遅滞を理由とする損害賠償債権であるから、
遅延損害金を債務者に支払わせることとしている目的は、
遺族補償年金の目的とは明らかに異なるものであって、
遺族補償年金による塡補の対象となる損害が、
遅延損害金と同性質であるということも、
相互補完性があるということもできません。
したがって、被害者が不法行為によって死亡した場合において、
その損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償年金の支給を受け、
又は支給を受けることが確定したときは、損害賠償額を算定するに当たり、
上記の遺族補償年金につき、その塡補の対象となる被扶養利益の喪失による損害と同性質であり、
かつ、相互補完性を有する逸失利益等の消極損害の元本との間で、
損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当です。
遺族補償年金は、労働者の死亡による遺族の被扶養利益の喪失の塡補を目的とする保険給付であり、
その目的に従い、法令に基づき、定められた額が定められた時期に定期的に支給されるものとされているが(労災保険法9条3項、16条の3第1項参照)、
これは、遺族の被扶養利益の喪失が現実化する都度ないし現実化するのに対応して、
その支給を行うことを制度上予定しているものと解されるのであって、
制度の趣旨に沿った支給がされる限り、
その支給分については当該遺族に被扶養利益の喪失が生じなかったとみることが相当です。
そして、上記の支給に係る損害が被害者の逸失利益等の消極損害と同性質であり、
かつ、相互補完性を有することは、上記のとおりです。
上述した損害の算定の在り方と上記のような遺族補償年金の給付の意義等に照らせば、
不法行為により死亡した被害者の相続人が遺族補償年金の支給を受け、
又は支給を受けることが確定することにより、
上記相続人が喪失した被扶養利益が塡補されたこととなる場合には、
その限度で、被害者の逸失利益等の消極損害は現実にはないものと評価できます。
以上によれば、被害者が不法行為によって死亡した場合において、
その損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償年金の支給を受け、
又は支給を受けることが確定したときは、
制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り、
その塡補の対象となる損害は不法行為の時に塡補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが公平の見地からみて相当であるというべきです(前掲最高裁平成22年9月13日第1小法廷判決等参照)。
本件においてXらが支給を受け、又は支給を受けることが確定していた遺族補償年金は、
その制度の予定するところに従って支給され、又は支給されることが確定したものということができ、
その他上記特段の事情もうかがわれないから、
その塡補の対象となる損害は不法行為の時に塡補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが相当です。
【まとめ】
被害者が不法行為によって死亡した場合において、
その損害賠償請求権を取得した相続人が、
労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金の支給を受け、
又は支給を受けることが確定したときは、
損害賠償額を算定するに当たり、遺族補償年金につき、
その塡補の対象となる被扶養利益の喪失による損害と同性質であり、
かつ、相互補完性を有する逸失利益等の消極損害の元本との間で、
損益相殺的な調整を行うべきです。
【関連判例】
→「コック食品事件と特別支給金の控除」