慶応病院看護婦不採用事件と採用の自由

(東京高判昭50.12.22)

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看護婦の養成を目的とする大学医学部付属学校の卒業生が、

思想、信条等を理由として大学附属病院への採用を拒否された場合、

この採用拒否は許されるのでしょうか。

【事件の概要】


Xらは、学校法人Yにより設置されたY病院付属看護婦養成学校(学院)に入学し、

これを昭和43年3月13日に卒業し、看護婦国家試験に合格しました。

Xらは、昭和42年12月10日、Yに対し、

戸籍謄本、履歴書、写真などとともに病院に就職を希望する旨の調査書を提出して、

病院で看護婦として労働する旨の意思表示をしました。

しかし、Yは、同年2月10日、Xらに対し、

XらをY病院看護婦に採用しない旨を通知しました。

なお、昭和42年の卒業生までは、

Y病院に就職を希望した者は全員Y病院に採用されていました。

そこで、Xらは、Yのした不採用の意思表示は、

Xらが、学院において自治活動、寮活動およびクラブ活動を、

また学院内外において日本民主青年同盟員として活溌に活動したことを嫌悪してなされたものであるから、

憲法第19条、民法第90条および労働基準法第3条に違反し無効であると主張して争いました。

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【判決の概要】


憲法14条、19条、21条等のいわゆる自由権的基本権の保障規定が私人相互間の関係について適用ないし類推適用されるものでないことは、

当裁判所大法廷判例(略)の示すところであるから、

右適用ないし類推適用のあることを前提とする所論意見の主張は失当です。

また、その余の所論の点に関する原審の認定判断は、

原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、

原判決に所論の違法はありません。

【原判決の概要】
憲法のこれらの規定は、その歴史的系譜からみても、

国又は公共団体の統治行動に対し、

個人の基本的な自由と平等を保障することを目的とする規定であることは明らかであって、

労働基準法第3条は、これらの規定の精神を、

私人相互間の関係である労使の関係にも押し及ぼし、

具体化した規定と解されるのであるが、

同条の「労働条件」なる言葉の通常の用語例から考えても、

この規定は、労働者の雇入による労使関係の発生を前提とするものであることがうかがわれます。

そうして、立法府がこのように労使関係の発生した以後について、

これらの憲法の規定の精神を具体化することとしたのは、

労使関係の発生する前の段階においては、

憲法が一方において企業等に就職を希望し採用を求める側の者の思想、信条、団体加入等の自由を保障すると同時に、

他方においてこれを採用しようとする企業等の側にも、同様の自由を保障し、

かつ、私有財産制を基礎とする企業活動の自由を保障しているところから、

企業等が人員の採否を決するについては、

極めて広い裁量の自由が認めらるべきことを考慮して、

労使関係発生前の段階については、

その発生後についてと同様にこれを規制することは妥当でないとの立法政策的考量に基づくものと考えられるのであって、

かような立法政策的考量は、それ相応の合理的理由があるものといわねばなりません。

従って、労働基準法第3条は、労使関係発生前の段階については、

その適用を予想していない規定と解するのが相当です。

本件学院は、Y病院に限らず、いずれの病院、医療施設等においても、

看護婦として執務するのに適するような一般看護婦を養成するという目的、法的性格をもつ学校であり、

かつ、この目的にそう実態をもつものです。

従って、入学の際に被控訴人と入学を許可された者との間に結ばれる契約は、

本件学院において右の目的のために教育を受けることについての権利義務の総合的表現としての本件学院の学生としての地位、身分を取得する契約以外にありえません。

そうして、この地位、身分は、Y病院就職を希望する限り、

書類銓衡すらも経ないで、Yの求めにより身元保証書等を提出することにより当然採用されたこととなるような若しくは、

Yにおいて当然採用すべき義務を負うことになるような特権的地位(Xらの表現によれば、卒業前身元保証書等を提出する時期までに、合理的理由をもって、いずれかの当事者がA病院就労を拒否しない限り、当然、Yとの間で始期付、解約権留保付労働契約ないしは一種の無名契約が成立することとなるような法的地位、若しくは、Yにおいてこのような契約を結ぶべき義務を負うこととなるような法的地位)を内包するものではありません。

従って、このように内包された地位が身元保証書提出の時点で現実化し、

具体化したものとして、XらがYに対し現にY病院看護婦としての労働契約上の権利を有するということはできず、

またXらがYに対し、かような労働契約を結ぶべきことを要求し得る権利を有するということもできません。

私人間の行為であっても、裁判所が当該行為をもって、

憲法の精神に基づく公の秩序に反するものとして無効とし、

若しくは憲法の精神にそむくと認められる行動をとる者に対し憲法の精神にそうような行為をなすべきことを命ずるなど、

憲法の精神にそう取扱い、判断をしなければならない場合があり得ることは、

これを認めねばなりません。

しかしながら、右述のような理由により労使関係が具体的に発生する前の段階においては、

人員の採否を決しようとする企業等の側に、

極めて広い裁量判断の自由が認めらるべきものであるから、

企業等が人員の採否を決するについては、それが企業等の経営上必要とされる限り、

原則として、広くあらゆる要素を裁量判断の基礎とすることが許され、

かつ、これらの諸要素のうちいずれを重視するかについても、

原則として各企業等の自由に任されているものと解さざるをえず、

しかも、この自由のうちには、採否決定の理由を明示、公開しないことの自由をも含むものと認めねばなりません。

たとえば、企業等が或る学校の卒業生の採否を決するにあたっては、

その者の学業成績、健康状態等はもとより、

その者の一定の思想信条に基づく政治的その他の諸活動歴、

政治的活動を目的とする団体への所属の有無及び右団体員であることに基づく活動、

これらの活動歴に基づく将来の活動の予備、

並びにこれらの点の総合的評価としての人物、人柄が当該企業の業務内容、

経営方針、伝統的社風等に照らして当該企業の運営上適当であるかどうかということ等、

ひろく企業の運営上必要と考えられるあらゆる事項を採否決定の判断の基礎とすることが許されるのであって、

しかも、学業成績等と前記の意味での人物、人柄についての評価といずれを重視すべきかということも、

原則として、企業等の各自の自由な判断に任されているものと認めざるをえません。

従って、労使関係が具体的に発生する前の段階において、

企業等が或る人物を採用しないと決定したことが前記憲法の諸規定の精神に反するものとして、

裁判所が公権的判断においてそれに応ずる判断を示すためには、

思想、信条等が企業等において人員の採否を決するについて裁量判断の基礎とすることが許される前記のような広汎な諸要素のうちの一つの、

若しくは間接の(思想、信条等が外形に現われた諸活動の原因となっているという意味において)原因となっているということだけでは足りず、

それが採用を拒否したことの直接、決定的な理由となっている場合であって、

当該行為の態様、程度等が社会的に許容される限度を超えるものと認められる場合でなければならないものと解するのが相当です。

しかも、採否決定の理由を明らかにしない自由が認めらるべきことをも考えあわせれば、

右の点の証明に事実上困難が伴うこととなるのは、やむをえないところです。

【労働基準法3条(均等待遇)】


使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。

【まとめ】


思想、信条等が企業等において人員の採否にあたり、

判断基準の直接的決定的な理由である場合には、

憲法の諸規定の精神に反すると言うことができるが、

それらが判断基準の一つもしくは間接の原因、

すなわち、思想・信条等に基づく諸活動が問題となっているような場合には、

雇入れを拒否しても違法とはなりません。

【関連判例】


「三菱樹脂事件と均等待遇」
「大日本印刷事件と採用内定」
「神戸弘陵学園事件と試用期間」
「炭研精工事件と経歴詐称」
「かなざわ総本舗事件と労働契約締結の準備段階での過失」
「わいわいランド(解雇)事件と労働契約締結における信義則違反」
「ユタカ精工事件と契約締結過程の損害回避義務」
「KPIソリューションズ事件と労働者の申告義務」