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在日外国人であることを隠して応募書類の氏名・本籍欄に虚偽を記入し採用された者が、
入寮手続の際に在日外国人であることを告げたために採用内定を取消された場合、
その採用内定取消は許されるのでしょうか。
【事件の概要】
Yは、横浜市所在ソフトウェア工場他の工場を有する株式会社であり、
Xは、いわゆる在日朝鮮人であり、昭和45年3月に高校卒業と同時にT社に、
更にH社に入社したが、同年8月にYの入社試験を受け、
同年9月2日付で赴任日を同月21日とする採用通知を受け取りました。
更に同月4日、Yの採用係は、Xに対し、
入社試験に合格したので入寮希望の有無を確認する電話をし、
Xはこれを希望する旨回答しました。
そこでXは、Yに入社するため同月15日限りH社を退職しました。
Yの面接担当官Aは、Xに面接した際、
履歴書、身上書及び身上調書に記載された本籍、氏名等について真偽を問うたところ、
Xは真実である旨答えたが、
その際、Aは身上調書と履歴書の現住所の記載に齟齬があること、
職歴欄に職歴を記載しなかったことを問い質したのに対し、
Xは「新しい会社にとって職歴は良くないと思った」旨回答しました。
採用通知を受けたXは、同年9月15日の通知書と他の郵送書類とで入寮先が異なっていることに気付き、
入寮先をYに確認したが、その際Xは応対した採用係主任Bに対し、
自分は在日朝鮮人なので戸籍謄本は取れない旨告げたところ、
Bは「採用通知は留保して欲しい。明日連絡する」と答えました。
翌16日、Bは総務部長にXのことを報告したところ、
YはXの採用を取り消すことを決定しました。
翌17日、Yから連絡がないので、XがBに電話で結果を問い合わせたところ、
Bは「当社は一般外国人は雇わない。迷惑したのは私の方だ。貴方が本当のことを書いたらこんなことにはならなかった」と答え、
Xが「どうしても入社できないか」と尋ねたのに対し、
Bは「今回は諦めてください」と言って、採用を取り消す旨伝えました。
同日Yは、Xの高校時代の担任教諭に電話して、
Xが在日朝鮮人であることを確認した上、
同教諭にYへの入社を断念するよう説得方を依頼しました。
そこで、Xは、憲法14条、労働基準法3条の趣旨に照らし、
在日朝鮮人をその国籍故に採用を拒否すること、
一旦成立した労働関係から排除することはできないとこと、
Xは採用内定通知を受けたことによりYとの間に正社員としての労働契約が成立していること、
通用名を使用したり、在日朝鮮人であることを申告しなかったことが懲戒解雇事由には当たらないことを主張し、
Yの従業員としての地位の確認と賃金の支払を請求するとともに、慰謝料を請求しました。
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【判決の概要】
Xが試験当日にYに提出した身上調書には、
偽り、誤り、重要な記入漏れがあった場合は採用取消しの処置を受けても異議を述べない旨明記されており、
Xもこれを承知で必要事項を記載し署名捺印したことが認められるので、
これによれば、Xが虚偽の記載をし、真実を秘匿してこれを詐称したような場合は、
Yにおいてこれを原因としてXとの労働契約を解約し得る旨の合意があったものと推認できます。
そうすると、X・Y間の労働契約には解約権が留保されているもので、
Yは右留保解約権を行使しているものと解すべきです。
一般に留保解約権に基づく解雇は、
通常の解雇の場合よりも広い範囲における解雇事由が認められているのであるけれども、
留保解約権の行使は解雇権留保の趣旨・目的に照らして、
客観的合理的で社会通念上相当の場合にのみ許されるものといわなければなりません。
そして、本件では前記のとおり、
身上調書等の書類に虚偽の事実を記載し或いは真実を秘匿した場合における解雇権留保が定められているのであるが、
Yの臨時員就業規則には、労働者に経歴詐称等の不都合の行為があったときは懲戒解雇の一事由とされているのであるから、
右の解約権留保の特約は懲戒解雇と同一或いは類似の要件をもって解約権行使の原因としたものと解することができます。
したがって、本件における解約権行使の趣旨・目的及びその解約権行使の要件は、
単に形式上「身上調書等に虚偽の事実を記載し或いは真実を秘匿した」事実があるだけでなく、
その結果労働力の資質・能力を客観的合理的にみて誤認し、
企業の秩序維持に支障を来すおそれがあるものとされたとき、
又は企業の運営に当たり円滑な人間関係、相互信頼関係を維持できる性格を欠いていて、
企業内に留めておくことができないほどの不信義性が認められる場合に、
解約権を行使できるものと解すべきです。
そして、右不信義性は、詐称した事項、態様、程度、方法、詐称していたことが判明するに至った経緯等を総合的に判断して、
その程度を定めるべきものと解します。
Xが履歴書、身上書に真実の現住所及び職歴を記載しなかった点について考えると、
その後X自ら進んで身上調書に真実を記載した上で採用面接を受験しており、
しかもYにおいてもこれを了解した上でXの採用を決定しているばかりでなく、
真実の現住所を記載しなかったのは真実の職歴を記載しなかったことの一事に尽きることになります。
ところで、XがH社に勤務していた期間が5ヶ月余、
その前のT社に勤務していた期間は約2週間であり、
その職種も経理要員、プレス工であって、
いずれもYにおいて勤務を予定されているソフトウェア要員とは職種が異なるばかりでなく、
Y自身、Xの前職歴をさして重要視していないこと等を考え合わせると、
Xが履歴書等に真実の現住所及び職歴を記載しなかったことは、
Xに対する解約権行使の事由としては重要性に乏しいものとせざるを得ません。
次に、Xが履歴書等に本名、本籍について真実の記載をせず、
採用試験受験に当たって真実を申告しなかった点について検討すると、
在日朝鮮人であるXにとって日本名「甲」は、
出生以来ごく日常的に用いてきた通用名であり、
これを「偽名」とすることはできないばかりでなく、
原告が氏名に本名「乙」を使用し、
本籍につき真実を申告することはとりもなおさずXが在日朝鮮人であることを公示することになるのであるから、
XがYに就職したい一心から、自己が在日朝鮮人であることを秘匿して、
日本人らしく見せるために氏名に通用名を記載し、
本籍に出生地を記載して申告したとしても、
在日朝鮮人が置かれていた状況や歴史的社会的背景、
特に我が国の大企業が特殊の例外を除き、
在日朝鮮人を朝鮮人であるというだけの理由で、
これが採用を拒み続けているという現実や、
Xの生活環境等から考慮すると、
Xが右詐称に至った動機には極めて同情すべき点が多いです。
一般に私企業者には契約締結の自由があるから、
立法、行政による措置や民法90条の解釈による制約がない限り、
労働者の国籍によってその採用を拒否することも必ずしも違法とはいえないものです。
しかし、Yは表面上、又は本件訴訟における主張としても、
Xが在日朝鮮人であることを採用拒否の理由としていないほどであるから、
原告が「氏名」、「本籍」を詐称したとしても(その結果、YはXが在日朝鮮人であることを知ることができなかったとしても)、
これをもって企業内に留めておくことができないほどの不信義性があるとすることはできません。
以上によって、Xに、Yの臨時員として引き続き留めておくことができないほどの不信義性がないことが明らかになったのであるから、
前記留保解約権の行使は許されません。
Yの就業規則には「経歴を詐り又は詐術を用いて雇い入れられたとき」、
「その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき」は懲戒解雇事由になり得るものと定められています。
しかしながら、留保解約権に基づく解雇は通常の解雇よりも広い範囲における解雇事由が認められており、
加うるに、留保解約権に基づく解雇が許されないことは上記のとおりであるから、
通常の解雇も懲戒解雇も許されないこと、これまた自明というべきです。
更に進んで、Yがいかなる理由でXを解雇するに至ったかを考察すると、
右解雇の事情、特に昭和45年9月15日以降17日までの間のXとYとの電話による交渉の経緯、
すなわち、Xが在日朝鮮人であることを告げるや直ちにYは採用を留保して欲しい旨述べたこと、
その後会社側から連絡する旨約束しておきながらYはXから問い合わせがあるまで回答せず、
その回答の内容も一般外国人は雇わない旨告げてXの採用を取り消す旨話していること、
右取消をするについても、できうればこれを救済して採用の取消を避けるよう配慮した形跡が見受けられないこと、
及び同日YはXに対し採用しないことにした旨告知した後に、
Xの高校時代の担任教師に連絡をとってXが在日朝鮮人であることを確かめ、
Yへの入社を断念するよう説得を依頼している等の事情を併せ考えると、
YがXに対し採用取消の名のもとに解雇をし、
あるいはその後格別の事情もないのに本訴において懲戒解雇をした真の決定的理由は、
Xが在日朝鮮人であること、すなわちXの「国籍」にあったものと推認せざるを得ません。
そうであるとすれば、YのXに対する留保解約権による解雇及び懲戒解雇は、
労働基準法3条に抵触し、公序に反するから、民法90条によりその効力を生じません。
【労働基準法3条(均等待遇)】
使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。
【関連判例】
→「大日本印刷事件と採用内定」
→「電電公社近畿電通局事件と採用内定取消」
→「インフォミックス事件と採用内定取消」
→「コーセーアールイー(第2)事件と内々定の取り消し」