富士重工業事件と研修費用 

(東京地判平10.3.17)

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海外の関連企業に研修として派遣された労働者が、

研修終了後、短期間で退職した場合、

研修費用は返還しなければならないのでしょうか。

【事件の概要】


Yは、昭和58年4月より平成2年7月27日まで、Xに雇用されていました。

Xには、社員をアメリカ合衆国などの外国に派遣する海外企業研修員派遣制度があり、

海外企業研修員派遣規則(以下、「本件規則」という。)によって派遣が実施されていました。

本件規則第12条には、「研修員が研修期間中、または研修終了後5年以内に退職する場合、海外企業研修員取扱規則第3条、及び本派遣規則第9条に基づいて会社が負担した費用の全額または一部を返済させることがる。」と規定されています。

Yは、本件規則に基づき、昭和63年4月より、

海外企業研修員としてアメリカ合衆国に派遣され(以下、「本件派遣」という。)、

本来の研修期間は平成2年4月までであったが、Xの指示で同年1月に帰国しました。

Yが同年7月ころ、Xに対し退職を申し出たところ、

XはYに対して、本件規則第12条に基づき、

本件派遣の費用の返済を要求しました。

なお、YらはXに対し、平成3年4月4日、

次の内容の覚書にそれぞれ署名捺印して提出しました(以下、「本件合意」という。)。

「Xに対し、Yは下記のとおりYの海外企業研修員派遣費用を返済する義務を負う。また、Yの連帯保証人AはYと連帯してXへの返済の責めを負う。」

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【判決の概要】


本件派遣前に、XとYとの間で、Yが研修終了後5年以内に退職したときは、

Xに対し派遣費用を返済するとの合意が成立していたことが認められます。

しかし、Yは、自分の意思で海外研修員に応募したとはいえ、

前記認定事実によれば、本件研修は、Xの関連企業において業務に従事することにより、

Xの業務遂行に役立つ語学力や海外での業務遂行能力を向上させるというものであって、

その実態は社員教育の一態様であるともいえるうえ、

Yの派遣先はSOA本社とされ、研修期間中にXの業務にも従事していたのであるから、

その派遣費用は業務遂行のための費用として、本来Xが負担すべきものであり、

Yに負担の義務はないというべきです。

そうすると、右合意の実質は、

労働者が約定期間前に退職した場合の違約金の定めに当たり、

労基法16条に違反し無効であるというべきです。

Xは、本件規則第12条の文言は「返済させることがある」であり、

返済を強制する根拠条文にはならず、YらのXに対する本件派遣費用返済義務は、

本件合意締結までは、何ら法的、確定的な義務ではなかった旨主張しています。

しかし、右第12条が、Xが派遣費用の返済を請求した場合には、

研修員に返済義務があるという意味であることはその文言自体からも明らかであるし、

前記認定事実によれば、Xも、

研修員が研修終了後5年以内に退職したときは派遣費用を返済する義務があることを前提に、

派遣前の研修員に右義務の説明をしたり、

退職した研修員に返済を請求していたことが認められ、

Xの右主張は採用できません。

そして、前記認定事実によれば、本件合意は、

Yに本件派遣費用返済義務があることを前提として、

その返済金額及び支払方法について合意されたものであるところ、

右のとおり、Yには右義務が存在しなかったのであるから、

Yには,本件合意の前提事実について錯誤があります。

したがって、XとYとの間の本件合意及びこれを連帯保証したAとXとの間の本件合意は無効です。

また、前記のとおり、本件規則第12条の文言が、

研修員に返済義務がないことを明示しているとはいえないから、

これを前提として、Yらには錯誤につき重過失があるとのXの主張も採用できません。

したがって,Xの本訴請求は理由がありません。

【労働基準法16条(賠償予定の禁止)】


使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

【まとめ】


本件海外派遣は、海外の関連企業で業務に従事することで、

業務遂行に役立つ語学力や海外での業務遂行能力を向上させるというものであって、

社員教育の一態様ともいえるものである上、派遣先も海外の関連会社であり、

研修期間中は会社の業務にも従事していたことからすると、

派遣費用は業務遂行の費用として本来会社が負担すべきものであるから、

本件合意の実質は違約金の定めに当たり、労働基準法16条に違反し無効です。

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