日本システム開発研究所事件と年俸制

(東京高判平20.4.9)

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年俸額の労使合意が達成されない場合、

使用者が一方的に年俸額を決定することはできるのでしょう。

【事件の概要】


Xらは、中央官庁などからの調査・研究を受託する財団法人Yに、

それぞれ研究員として雇用されていました。

Yは、昇給は原則として毎年1回行うとする給与規則を定めていたが、

20年以上前から同規則を改正しないまま、

主として40歳以上の研究職員を対象に、個人業績評価に基づいて個別の交渉によって年間支給額を決定するいわゆる年俸制を導入していました。

ところが、平成15年頃から、年俸額決定に必要な個人業績評価のための資料の提出を研究室長らが拒むようになったため、

Yは、平成15年度及び16年度は従前の給与水準をそのまま維持する形で給与を支給したが、

経営状況が悪化し、平成17年度には大幅な赤字が予想されたことから、

平成17年7月以降、理事が直接評価を行うこととしました。

そして、この方式による年俸金額交渉に同意しなかったXらについても、

この評価に基づいて平成17年の賃金が決定され、

年額100万円から450万円の減額が行われました。

そこで、Xらは、本件減額措置はいずれも就業規則に基づかない一方的なものであるとして、

従前の賃金との差額等を求めて争いました。

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【判決の概要】


Yにおける年俸制のように、期間の定めのない雇用契約における年俸制において、

使用者と労働者との間で、新年度の賃金額についての合意が成立しない場合は、

年俸額決定のための成果・業績評価基準、年俸額決定手続、減額の限界の有無、

不服申立手続等が制度化されて就業規則等に明示され、

かつ、その内容が公正な場合に限り、使用者に評価決定権があるというべきです。

上記要件が満たされていない場合は、労働基準法15条、89条の趣旨に照らし、

特別の事情が認められない限り、使用者に一方的な評価決定権はないと解するのが相当です。

これを本件について検討すると、Yにおいて、

年俸制は、20年以上前から実施されてきたものであり、

その支給方法や年俸交渉の方法等について、年俸額決定のための成果・業績評価基準、

減額の限度の有無、不服申立手続については、

これが制度化され、明確化されていたと認めるに足りる証拠はありません。

Yは、年俸額の決定基準は、その大則が就業規則及び給与規則に明記されていると主張します。

しかし、Yの就業規則及び給与規則には、年俸制に関する規定は全くない上、

Yは、原審においては、「年俸交渉において合意未了の場合に、

未妥結の労働者に対して年俸を支給する場合の支給時期、支給方法、支給金額の算定基準等について、

Yには明確に定めた規則が存在しない。」と主張し、

Yにおいて、年俸額の算定基準を定めた規定が存在しないことを認めていたものであり、

Yにおいて、年俸制に関する明文の規定が存在していないことは明らかです。

本件においては、上記要件が満たされていないのであり、

また、本件全証拠によっても、特別の事情を認めることはできません。

そうすると、本件においては、年俸について、

使用者と労働者との間で合意が成立しなかった場合、

使用者に一方的な年俸額決定権はなく、前年度の年俸額をもって、

次年度の年俸額とせざるを得ないというべきです。

Yは、合意が成立しない限り、当該年度の年俸総額が前年度より下がることを否定することは、

年俸制の存在意義自体を否定することになるし、

このように解すると、自らの年俸が下がることが予想される者は、

意図的に交渉に応じないことにより、前年度の賃金の支給を受け続けることができ、

不合理であると主張します。

しかし、使用者は、労働契約について年俸制を採用する以上、

就業規則において、適用対象者の範囲、成果・業績評価基準、年俸額決定手続、

減額の限界の有無、不服申立手続などを定める必要があるにもかかわらず、

Yは、これを定めなかったばかりか、

平成14年7月5日、新宿労働基準監督署より同年8月9日を是正期日として是正勧告を受けたのにその期日を徒過し、

かつ、その後数年を経過しているにもかかわらず、

なお、これを定めなかったものであって、

Yが、年俸制について制度化及び明文化を怠ったことによる不利益を受けることもやむを得ないものというべきです。

【まとめ】


使用者と労働者との間で、新年度の賃金額についての合意が成立しない場合は、

年俸額決定のための成果・業績評価基準、年俸額決定手続、減額の限界の有無、

不服申立手続等が制度化されて就業規則等に明示され、

かつ、その内容が公正な場合に限り、使用者に評価決定権があります。

上記要件が満たされていない場合は、労働基準法15条、89条の趣旨に照らし、

特別の事情が認められない限り、使用者に一方的な評価決定権はありません。

【関連判例】


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