ノイズ研究所事件と年俸制の導入

(東京高判平18.6.22)

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使用者が新賃金制度の変更にあたり、

不利益を被る労働者に対しても有効なのでしょうか。

【事件の概要】


Yは、電子機器の電源雑音を検査する測定器の製作及び販売、

コンピュータ利用施設の電磁波の影響調査・測定、

及びその施設の電磁波防護対策事業等を目的とする会社です。

Yの従業員であるXらが、Yは就業規則の性質を有する給与規程等の変更(以下「本件給与規程等の変更」という。)を行い、

これによりYの賃金制度は、いわゆる職能資格制度に基づき職能給を支給する年功序列型の従前の賃金制度(以下「旧賃金制度」という。)から、

職務の等級の格付けを行ってこれに基づき職務給を支給することとし、

人事評価次第で昇格も降格もあり得ることとする成果主義に立つ新たな賃金制度(以下「新賃金制度」という。)に変更され(以下旧賃金制度から新賃金制度への変更を「本件賃金制度の変更」という。)、

その結果、Xらは新賃金制度の下において職務等級を降格され賃金を減額されたが、

本件給与規程等の変更は無効であり、Xらはこれに拘束されないとし、

また、仮に本件給与規程等の変更が無効でないとしてもXらに対する格付けは不当であるなどと主張して、

変更前の給与規程に基づく賃金の支払を受けるなどの地位にあることの確認、

並びに労働契約上の地位に基づき本来得られるべき賃金と新賃金制度に基づき実際に支給された賃金との差額の支払を求めて争いました。

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【判決の概要】


新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、

労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されません。

しかし、労働条件の集合的処理、

特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、

当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、

これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されません。

そして、当該就業規則条項が合理的なものであるとは、

当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、

それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、

なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、

特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、

労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、

当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、

その効力を生ずるものというべきです。

上記の合理性の有無は、具体的には、

就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、

使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、

代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、

他の労働組合又は他の従業員の対応、

同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきです(最高裁昭和40年(オ)第145号同43年12月25日大法廷判決・民集22巻13号459頁、最高裁平成3年(オ)第581号同4年7月13日第2小法廷判決・判例タイムズ797号42頁、最高裁平成4年(オ)第2122号同9年2月28日第2小法廷判決・民集51巻2号705号、最高裁平成8年(オ)第1677号同12年9月7日第1小法廷判決・民集54巻7号2075号参照)。

前記認定事実によれば、旧賃金制度においては基本給は年齢給及び職能給をもって構成されていたこと、

年齢給は変更前給与規程別表の年齢給表によって支給されていたこと、

職能給は7等級に分類される職能分類に対応するものとされていたこと、

上記各等級ごとに最低級号が決められ、考課を用いて運用することとされ、

職能別等級、最低級号額、昇給単価、考課評定が定められていたが、

上記の各等級は職務遂行能力の到達した段階を表象するものとされ、

満55歳に達した従業員については人事評価の結果等により職務等級の格付け見直しを行うものとされていたものの、

それ以外にはいったん到達した等級が引き下げられることは制度上予定されておらず、

変更前給与規程等に、従業員の到達した等級が見直しにより引き下げられることがあり得ることを定めている規定は存在しなかったこと、

これらを総合的にみると、旧賃金制度は年功序列型の賃金制度の色彩を色濃く有していたこと、

これに対し、新賃金制度においては基本給のうち職能給が廃止されて職務給が支給されることとされたこと、

職務給とは仕事の難易度や責任の重さに応じて決定される賃金であり、

従業員の従事する職務が職務分掌をもとに1等級から10等級までにランク分けされて格付けされ、

各等級に応じた職務給が支給されることとされたこと、職務の1等級から7等級までは下限額と上限額を定めた範囲給とし、

人事評価の結果により昇給号俸が異なること、人事評価に関しては,現行の能力評価を廃止し、

1等級から7等級までの者に関しては業績目標達成度、

職務遂行達成度とそのプロセスを併せ評価が行われること、

8等級以上の者に関しては業績目標達成度、職務遂行達成度により行われること、

2年連続Cの場合昇給は行わないこと、上限額を超えての昇給は行わず、

昇格しない限り昇給しないこと、昇格要件のみならず降格要件も定められていること、

昇格加給のみならず降格減給があること、これらを総合すると、

新賃金制度は人事考課査定に基づく成果主義の特質を有するものであること、

したがって、本件給与規程等の変更は、

年功序列型の賃金制度を上記のとおり人事考課査定に基づく成果主義型の賃金制度に変更するものであり、

新賃金制度の下では、従業員の従事する職務の格付けが旧賃金制度の下で支給されていた賃金額に対応する職務の格付けよりも低かった場合や、

その後の人事考課査定の結果従業員が降格された場合には、

旧賃金制度の下で支給されていた賃金額より顕著に減少した賃金額が支給されることとなる可能性があること、

以上のとおり認めることができます。

本件給与規程等の変更による本件賃金制度の変更は、上記の可能性が存在する点において、

就業規則の不利益変更に当たるものというべきです。

Yは、新賃金制度が、年功序列型賃金制度から脱却し、

仕事に対して対価を決定する職務給制度と業績貢献度に見合った成果主義を取り入れることを基本とするものであり、

賃金減額による経費削減を企図したものではなく、

賃金総額が増加していることなどを総合してみれば、

本件賃金制度の変更は就業規則の不利益変更には該当しないと主張するが、

本件給与規程等の変更による本件賃金制度の変更が就業規則の不利益変更に当たることは上記のとおりです。

Yの上記主張は採用することができません。

前記認定事実によれば、Yは、主力商品である電磁環境両立性試験機の市場がグローバル化し、

日本国内において海外メーカーとの競争が激化して、

売上げ、営業利益が減少し、税引き前損益が損失に転じたという経営状況の中で、

事業の展望を描き、組織や個人の実績に見合った報奨でインセンティブを与えて積極的に職務に取り組む従業員の活力を引き出すことにより労働生産性を高めて控訴人の競争力を強化し、

もって、Yの業績を好転させるなどして早期に技術ノウハウの開発が可能な企業を目指すこととして、

賃金制度の変更を検討することとしたというのであり、

これによれば、本件賃金制度の変更は、

Yにとって、高度の経営上の必要性があったということができます。

次に、本件賃金制度の変更の内容は、職能資格制度を基本としつつも実質的には年功型の賃金制度であった旧賃金制度を、

個々の従業員が取り組む職務の内容と控訴人が個々の従業員について行うその業績、

能力の評価に基づいて決定する格付けとによって当該従業員の具体的な賃金額を決定するという仕組みから成る成果主義の特質を有する新賃金制度に改めるものです。

新賃金制度における職務給制度は、Yが、経営上の判断に基づき、

経営上の柱と位置付けた業務との関係において、

個々の従業員の取り組む職務を重要性の観点から区別し、

Yにとって重要な職務により有能な人材を投入するために、

従業員に対して従事する職務の重要性の程度に応じた処遇を行うこととするものであり、

かつ、職務との関係において行った従業員の格付けを固定的なもの、

獲得済みのものとせず、従業員がどれだけ自己啓発し、

努力したか次第で昇格も降格もあり得ることとするものであって、

このような賃金制度の構造上の変更は、上記の経営上の必要性に対処し、

見合ったものであるということができます。

そして、本件賃金制度の変更は、従業員に対して支給する賃金原資総額を減少させるものではなく、

賃金原資の配分の仕方をより合理的なものに改めようとするものであり、

また、個々の従業員の具体的な賃金額を直接的、現実的に減少させるものではなく、

賃金額決定の仕組み、基準を変更するものであって、

新賃金制度の下における個々の従業員の賃金額は、

当該従業員に与えられる職務の内容と当該従業員の業績、

能力の評価に基づいて決定する格付けとによって決定されるのであり、

どの従業員についても人事評価の結果次第で昇格も降格もあり得るのであって、

自己研鑽による職務遂行能力等の向上により昇格し、

昇給することができるという平等な機会が与えられているということができるから、

新賃金制度の下において行われる人事考課査定に関する制度が合理的なものであるということができるのであれば、

本件賃金制度の変更の内容もまた、合理的なものであるということができます。

そこで、新賃金制度の下において行われる人事考課査定に関する制度について検討すると、

Yにおける人事評価制度は本件賃金制度の変更の前後を通じて評価の主体、

評価の方法、評価の基準が前記のとおりであり、

これらの点に加え、旧賃金制度下において行われていた人事考課の訓練と少なくとも同程度の人事考課の訓練が新賃金制度下においても行われているものと推認されることを併せて考えると、

Yにおける人事評価制度は、本件給与規程等の変更の合理性を判断するに当たり人事評価制度の合理性として最低限度必要とされる程度のものは、

これを備えているということができます(もっとも、Yにおける人事評価制度は、前記認定の限度にとどまるものであるとすれば更に改善されることが望ましく、仮に新賃金制度下における人事評価に裁量権の逸脱、濫用があったことを理由とする損害賠償請求訴訟が提起された場合には、具体的な不法行為の審理の過程で人事評価制度の内実が改めて吟味されることになると考えられます。)。

したがって、本件賃金制度の変更の内容もまた、上記の経営上の必要性に対処し、

見合ったものとして相当なものであるということができます。

さらに、前記のとおり、Yは、本件賃金制度の変更に当たり、

あらかじめ従業員に変更内容の概要を通知して周知に努め、

Xらの所属する組合との団体交渉に応じ、協議を通じて、

調整手当の支給対象者の調整手当全額相当分を基本給に上乗せするためにその金額に見合う職位に格付けを行うことで妥結しようとしていたのであるが、

組合がこれに加えて年齢給に一律3000円を付加することを最後まで譲らなかったために合意に至らなかったのであって、

組合との交渉の経過においてYに不誠実な態度があったということはできず、

むしろ労使間の合意を成立させることにより円滑に本件賃金制度の変更を行おうとする態度に欠ける点はなかったものと評することができます。

この労使の交渉の経過も、本件給与規程等の変更の合理性を基礎付ける事実であるということができます。

もっとも、個々の従業員については、具体的な評価次第では旧賃金制度の下で支給されていた賃金額が相当程度減少することもあり得るのであり、

前記認定事実によれば、新賃金制度の下でXらに支給された賃金額は旧賃金制度の下で支給されていた賃金額よりも相当程度減少しているところ、

本件賃金制度の変更に際して採られた経過措置は、

制度変更の1年目は差額に相当する調整手当を全額支払うが、

2年目は50%だけであり、3年目からはこれがゼロとなるというものであって、

本件賃金制度の変更により支給される賃金額が顕著に減少する従業員についても特別な緩和措置が設けられておらず、

Xらについても上記の経過措置がそのまま適用されたことが認められます。

しかしながら、本件賃金制度の変更が旧賃金制度の年功型賃金体系を大幅に改定するものであることにかんがみると、

経過措置は実情に応じて可能な範囲で手厚いものであることが望ましいのであり、

本件賃金制度の変更の際に実際に採られた経過措置は、いささか性急なものであり、

柔軟性に欠ける嫌いがないとはいえないのであるが、

それなりの緩和措置としての意義を有することを否定することはできません。

以上によれば、本件給与規程等の変更による本件賃金制度の変更は、

新賃金制度の下で従業員の従事する職務の格付けが旧賃金制度の下で支給されていた賃金額に対応する職務の格付けよりも低かった場合や、

その後の人事考課査定の結果従業員が降格された場合に、

旧賃金制度の下で支給されていた賃金額より賃金額が顕著に減少することとなる可能性があり、

この点において不利益性があるが、Yは、主力商品の競争が激化した経営状況の中で、

従業員の労働生産性を高めて競争力を強化する高度の必要性があったのであり、

新賃金制度は、Yにとって重要な職務により有能な人材を投入するために、

従業員に対して従事する職務の重要性の程度に応じた処遇を行うこととするものであり、

従業員に対して支給する賃金原資総額を減少させるものではなく、

賃金原資の配分の仕方をより合理的なものに改めようとするものであって、

新賃金制度は、個々の従業員の賃金額を、

当該従業員に与えられる職務の内容と当該従業員の業績、

能力の評価に基づいて決定する格付けとによって決定するものであり、

どの従業員にも自己研鑽による職務遂行能力等の向上により昇格し、

昇給することができるという平等な機会を保障しており、

かつ、人事評価制度についても最低限度必要とされる程度の合理性を肯定し得るものであることからすれば、

上記の必要性に見合ったものとして相当であり、

Yがあらかじめ従業員に変更内容の概要を通知して周知に努め、

一部の従業員の所属する労働組合との団体交渉を通じて、

労使間の合意により円滑に賃金制度の変更を行おうと努めていたという労使の交渉の経過や、

それなりの緩和措置としての意義を有する経過措置が採られたことなど前記認定に係る諸事情を総合考慮するならば、

上記のとおり不利益性があり、現実に採られた経過措置が2年間に限って賃金減額分の一部を補てんするにとどまるものであっていささか性急で柔軟性に欠ける嫌いがないとはいえない点を考慮しても、

なお、上記の不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の、

高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるといわざるを得ません。

したがって、本件給与規程等の変更は、Xらに対しても効力を生ずるものというべきです。

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