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職務外の非違行為によって懲戒解雇された労働者に対して、
使用者が退職金を不支給にすることは認められるのでしょうか。
【事件の概要】
Yは、鉄道事業等を主たる業務とする株式会社です。
Xは、昭和55年4月1日、Yに入社し、以来、約9年間、ホームや改札等の駅業務に従事し、
その後、約11年間は、案内所に勤務し、予約受付けや、国内旅行業務の仕事に従事していました。
Xの勤務態度は非常に真面目であり,問題はありませんでした。
Xは、平成12年5月1日午後2時ころ、飲酒してA線に乗車中、
電車に乗っていた女子大生に対して痴漢行為を行い、
罰金20万円に処せられたため、Yは、Xを昇給停止及び降職にする処分をしました。
Xは、平成12年11月21日、午前7時50分ころ、
B線の電車内で女子高校生に痴漢行為(本件行為)を行い逮捕され、
懲役4月、執行猶予3年の有罪判決を受け、同判決は確定しました。
Xは、本件行為で大宮警察署に勾留中の平成12年11月24日、
同月27日及び同月28日、Yの担当社員らの面会を受け、
その際、本件行為を認めるとともに、過去の痴漢行為についても、同社員らに話しました。
そして、Xは、同月28日には、本件行為を認め、
Yのいかなる処分についても一切弁明をしない旨の「自認書」と題するY宛の書面に署名押印しました。
Yは、賞罰委員会の討議を経て、平成12年12月5日、
Xを懲戒解雇しとし、退職金を支給しませんでした。
そこで、Xは、懲戒解雇と退職金の不支給は無効であるとして争いました。
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【判決の概要】
Xは、本件行為は、犯罪行為ではあるが、刑法ではなく条例による処罰であること、
その法定刑(改正前)は懲役6月までで、窃盗や業務上横領などと比較しても、
はるかに軽いし、Xは、その上限でも処罰されていないこと、
なお、痴漢行為でも悪質なものは強制わいせつで起訴されるのが通例であるが、
本件はそのような場合ではないこと、本件行為が報道等の形で公になったことはないし、
仮に、痴漢行為に伴いYの会社名が報道されたとしても、
世間はあくまで当該従業員個人の問題としてとらえるのであって、
会社に相当重大な悪影響があるとはいえないこと、
なお、電鉄会社が痴漢撲滅運動に力を入れているというのは、
本件懲戒解雇後のことであること、
さらに、本件懲戒解雇当時、Yの社内規定における懲戒処分の種類は、
昇給停止の次が懲戒解雇であったが、それでは実情にあった処分が難しいことから、
平成13年7月に諭旨解雇が導入されたこと、本件当時も、
諭旨解雇があればそれが選択された可能性が高いことなどからして、
本件懲戒解雇処分は不当であると主張します。
しかし、痴漢行為が被害者に大きな精神的苦痛を与え、往々にして、
癒しがたい心の傷をもたらすものであることは周知の事実です。
それが強制わいせつとして起訴された場合はともかく、
本件のような条例違反で起訴された場合には、その法定刑だけをみれば、
必ずしも重大な犯罪とはいえないけれども、上記のような被害者に与える影響からすれば、
窃盗や業務上横領などの財産犯あるいは暴行や傷害などの粗暴犯などと比べて、
決して軽微な犯罪であるなどということはできません。
まして、Xは、そのような電車内における乗客の迷惑や被害を防止すべき電鉄会社の社員であり、
その従事する職務に伴う倫理規範として、そのような行為を決して行ってはならない立場にあります。
しかも、Xは、本件行為のわずか半年前に、同種の痴漢行為で罰金刑に処せられ、
昇給停止及び降職の処分を受け、今後、このような不祥事を発生させた場合には、
いかなる処分にも従うので、寛大な処分をお願いしたいとの始末書を提出しながら、
再び同種の犯罪行為で検挙されたものです。
このような事情からすれば、本件行為が報道等の形で公になるか否かを問わず、
その社内における処分が懲戒解雇という最も厳しいものとなったとしても、
それはやむを得ないものというべきです。
なお、Xは、Yが痴漢撲滅運動に力を入れているのは、
本件懲戒解雇後のことであると主張するが、
Yが本件行為のあった平成12年11月以前から会社を挙げて痴漢撲滅運動に取り組んでいたことは、
証拠(乙22ないし24、いずれも枝番を含む。)から明らかです。
上記Xの主張は採用し難いです。
また、本件懲戒解雇後、諭旨解雇の制度が設けられていることは上記(1)認定のとおりであるけれども、
本件の処分当時、そのような制度がなかった以上、
それが直接、本件懲戒解雇処分の当否に影響を及ぼすものではありません。
Yには、,基本的には、初任給等を基礎として定められる退職金算定基礎額及び勤続年数を基準として算出した退職金を支給する旨の退職金支給規則があること、
そして、同規則の4条には、「懲戒解雇により退職するもの、または在職中懲戒解雇に該当する行為があって、
処分決定以前に退職するものには、原則として、退職金は支給しない。」との条項(本件条項)があることは,
上記(1)認定のとおりである。
上記のような退職金の支給制限規定は、
一方で、退職金が功労報償的な性格を有することに由来するものです。
しかし、他方、退職金は、賃金の後払い的な性格を有し、
従業員の退職後の生活保障という意味合いをも有するものです。
ことに、本件のように、退職金支給規則に基づき、給与及び勤続年数を基準として、
支給条件が明確に規定されている場合には、その退職金は、賃金の後払い的な意味合いが強いです。
そして、その場合、従業員は、そのような退職金の受給を見込んで、
それを前提にローンによる住宅の取得等の生活設計を立てている場合も多いと考えられます。
それは必ずしも不合理な期待とはいえないのであるから、
そのような期待を剥奪するには、相当の合理的理由が必要とされます。
そのような事情がない場合には、懲戒解雇の場合であっても、
本件条項は全面的に適用されないというべきです。
そうすると、このような賃金の後払い的要素の強い退職金について、
その退職金全額を不支給とするには、
それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要です。
ことに、それが、業務上の横領や背任など、
会社に対する直接の背信行為とはいえない職務外の非違行為である場合には、
それが会社の名誉信用を著しく害し、会社に無視しえないような現実的損害を生じさせるなど、
上記のような犯罪行為に匹敵するような強度な背信性を有することが必要であると解されます。
このような事情がないにもかかわらず、会社と直接関係のない非違行為を理由に、
退職金の全額を不支給とすることは、経済的にみて過酷な処分というべきであり、
不利益処分一般に要求される比例原則にも反すると考えられます。
なお、上記の点の判断に際しては、当該労働者の過去の功、
すなわち、その勤務態度や服務実績等も考慮されるべきことはいうまでもありません。
もっとも、退職金が功労報償的な性格を有するものであること、
そして、その支給の可否については、
会社の側に一定の合理的な裁量の余地があると考えられることからすれば、
当該職務外の非違行為が、上記のような強度な背信性を有するとまではいえない場合であっても、
常に退職金の全額を支給すべきであるとはいえません。
そうすると、このような場合には、
当該不信行為の具体的内容と被解雇者の勤続の功などの個別的事情に応じ、
退職金のうち、一定割合を支給すべきものです。
本件条項は、このような趣旨を定めたものと解すべきであり、
その限度で、合理性を持つと考えられます。
なお、上記(1)認定のように、Yにおいて、過去に、懲戒解雇の場合であっても、
一定の割合で減額された退職金が支給された例があることは、
本件条項を上記のように解すべきことの1つの裏付けとなるものです。
また、本件後にYの会社で設けられた諭旨解雇の制度において、
退職金の一定割合の支給が認められているのも、
上記の解釈と基本的に通じる考え方に基づくものと理解されます。
本件でこれをみるに、本件行為が悪質なものであり、決して犯情が軽微なものとはいえないこと、
また、Xは、過去に3度にわたり、痴漢行為で検挙されたのみならず、
本件行為の約半年前にも痴漢行為で逮捕され、罰金刑に処せられたこと、
そして、その時には昇給停止及び降職という処分にとどめられ、
引き続きYにおける勤務を続けながら、やり直しの機会を与えられたにもかかわらず、
さらに同種行為で検挙され、正式に起訴されるに至ったものであること、
Xは、この種の痴漢行為を率先して防止、撲滅すべき電鉄会社の社員であったことは、
上記(2)記載のとおりです。
このような面だけをみれば、本件では、Xの永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があったと評価する余地もないではありません。
しかし、他方、本件行為及びXの過去の痴漢行為は、
いずれも電車内での事件とはいえ、会社の業務自体とは関係なくなされた、
Xの私生活上の行為です。
そして、これらについては、報道等によって、社外にその事実が明らかにされたわけではなく、
Yの社会的評価や信用の低下や毀損が現実に生じたわけではありません。
なお、Xが電鉄会社に勤務する社員として、
痴漢行為のような乗客に迷惑を及ぼす行為をしてはならないという職務上のモラルがあることは前述のとおりです。
しかし、それが雇用を継続するか否かの判断においてはともかく、
賃金の後払い的な要素を含む退職金の支給・不支給の点について、
決定的な影響を及ぼすような事情であるとは認め難いです。
さらに、上記(1)認定事実からすれば、
Yにおいて、過去に退職金の一部が支給された事例は、いずれも金額の多寡はともかく、
業務上取り扱う金銭の着服という会社に対する直接の背信行為です。
本件行為が被害者に与える影響からすれば、決して軽微な犯罪であるなどとはいえないことは前記説示のとおりであるが、
会社に対する関係では、直ちに直接的な背信行為とまでは断定できません。
そうすると、それらの者が過去に処分歴がなく、いわゆる初犯であった(当審証人D)という点を考慮しても、
それが本件事案と対比して、背信性が軽度であると言い切れるか否か疑問が残ります。
加えて、Xの功労という面を検討しても、
その20年余の勤務態度が非常に真面目であったことはYの人事担当者も認めるところです(当審証人D)。
また、Xは、旅行業の取扱主任の資格も取得するなど、
自己の職務上の能力を高める努力をしていた様子も窺われます。
このようにみてくると、本件行為が、上記イのような相当強度な背信性を持つ行為であるとまではいえないと考えられます。
そうすると、Yは、本件条項に基づき、その退職金の全額について、
支給を拒むことはできないというべきです。
しかし、他方、上記のように、本件行為が職務外の行為であるとはいえ、
会社及び従業員を挙げて痴漢撲滅に取り組んでいるYにとって、
相当の不信行為であることは否定できないのであるから、
本件がその全額を支給すべき事案であるとは認め難いです。
そうすると、本件については、上記ウに述べたところに従い、
本来支給されるべき退職金のうち、一定割合での支給が認められるべきです。
その具体的割合については、上述のような本件行為の性格、内容や、
本件懲戒解雇に至った経緯、また、Xの過去の勤務態度等の諸事情に加え、
とりわけ、過去のYにおける割合的な支給事例等をも考慮すれば、
本来の退職金の支給額の3割であるとするのが相当です。
【まとめ】
本件行為は、相当強度な背信性を持つ行為であるとまではいえないので、
退職金の全額について、支給を拒むことはできないというべきです。
しかし、相当の不信行為であることは否定できないので、
本来支給されるべき退職金のうち、一定割合での支給は認められます。
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