日本コンベンションサービス(退職金請求)事件と背信行為

(大阪高判平10.5.29)

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在職中から競合する同業の新会社の設立を準備し、

退職後すぐに新会社の営業を行った労働者に対して、

退職金を不支給とすることは許されるのでしょうか。

【事件の概要】


Yは、国際会議、学会、イベント企画・運営を主たる業務とする会社です。

Xらは、いづれもYに雇用され関西支社及び京都支店に勤務したいました。

Xらは、Y在職中から同種の事業を営む新会社Aの設立準備を進め、

A会社を設立し、いづれも、平成2年7月15日に退職しました。

Xらは、Yに対して、退職後も競業避止義務を負担しているにもかかわらず、

Yを退職した直後からYの業務地域において、営業活動を行いました。

そのため、Yは、平成2年7月11日、Xらを懲戒解雇しました。

また、Yの退職金規定にに基づいて、Xらに退職金を支払いませんでした。

そこで、Xらは、懲戒解雇の無効と退職金等の支払い等を求めて争いました。

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【判決の概要】


本件新規程は就業規則35条の委任を受けたものであって、

それ自体就業規則の一部であるから、就業規則としての退職給与規程の変更の有効性が問題となります。

労働基準法89条は、就業規則の作成及び変更について行政官庁への届出義務を、

同法90条は、労働組合または労働者代表者の意見聴取義務を、

同法106条1項は、就業規則の掲示または備え付けによる周知義務を定めています。

もっとも、これらの規定はいわゆる取締規定であって、効力規定ではありません。

それ故、使用者がこれらの規定を遵守しなかったからといって、

これにより直ちに就業規則の作成または変更が無効となるものではありません。

しかし、およそ就業規則は、使用者が定める企業内の規範であるから、

使用者が就業規則の新設または改訂の条項を定めたとしても、

そのことから直ちに効力が生じるわけではありません。

これが効力を生じるためには、法令の公布に準ずる手続、

それが新しい企業内規範であることを広く従業員一般に知らせる手続、

すなわち何らかの方法による周知が必要です(なお、就業規則の効力発生要件としての右周知は、必ずしも労働基準法106条1項の周知と同一の方法による必要はなく、適宜の方法で従業員一般に知らされれば足りる)。

前示争いない事実と証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められまる。

(1)従前、日本コンベンションには、就業規則35条の委任を受けた退職給与規程(〈証拠略〉。昭和49年3月1日実施、昭和50年9月1日改訂)が存在しました。

同規程は、従業員が退職した場合には、本規程の定めるところにより退職一時金を支給すると定め、

退職一時金の計算方法などについて規定していました。

しかし、同規程には、従業員が懲戒解雇された場合に退職金を支給しない旨を定めた除外規定は存在しませんでした。

(2)日本コンベンションは、平成2年7月18日、退職給与規程を改訂した旨の同年7月3日付の就業規則変更届(〈証拠略〉)を所轄の天満労働基準監督署長に提出しました。

右変更届には、平成2年7月3日付けで事業場の労働者代表者であるBの意見を聴いたことを証する意見書(意見は「特になし」と記載)が添付されました。

しかし、Bは、労働者の過半数を代表するものではありませんでした(〈人証略〉)。

(3)X1は、平成2年7月3日、Yに対し、就業規則、給与規程、退職給与規程の全文を送付するように申入れました。

Yは、同月6日付けで各全文をXに送付しました。

X1は、新規程の10条1項の改訂についてどのような手続で改訂されたのかを問い合わせました。

これに対し、Yは、平成2年5月30日の常務会において決定したと回答しました。

一審甲事件原告X2も退職給与規程の送付を総務部のCに請求したところ、

平成2年7月末頃送付を受けました。

Cは、通常、改訂規程は全従業員に配布しているので、

本件新規程もそういう形で7月末くらいに配布したと思うと証言しています。

(4)また、Yは、こう主張します。退職給与規程の改訂は、これのみ単独で行われたものではありません。

社内改革の一環として、各種の規程について逐次行われたもので、

その状況は、規程等の整備状況(〈証拠略〉)のとおりです、と。

(5)Xらの退職指定日は、平成2年7月15日であり、YがXらを懲戒解雇した日は、同年7月13日です。

右退職日または懲戒解雇日までに、Yが新規程を従業員一般に周知した事実を認めるに足る的確な証拠がありません。

以上によれば、Yが、Xらの退職の日までに、新規定を一般的に従業員に周知した事実を認めることができません。

そして、新規程は、前示のように従業員側にその意見を求めるため提示されかつその正当な代表者による意見書が付された上で届けられたものともいえません。

このような場合には、就業規則変更の効力は、前示のように、

原則として従業員一般に対する周知の手続をとらないままでその効力が生ずるものではないと解すべきです。

X1やX2は、退職前に退職給与規程を取り寄せてはいるが、

単に同人らが退職前に新規程の存在と内容を知ったとしても、

これをもって新規程の効力が同人らに及ぶものではありません。

それのみならず、新規定による退職金不支給の定めは、

既得権である退職予定者の退職金請求権を奪うものとして、その効力がありません。

その理由は次のとおりです。

すなわち、使用者が就業規則によって労働条件を一方的に変更することは原則として許されません。

ただし、その就業規則の変更が法定の手続を経ており、

かつその内容が合理的な場合に限り、個々の労働者の同意がなくてもこれを適用できます。

そして、本件においては、前認定の各事実及び弁論の全趣旨を総合すると、

使用者であるYは、既に退職願を出しているXらに対し、報復的な意図の下に、

密かに右懲戒解雇による退職金不支給規定を急遽新設する就業規則の変更を行い退職金の支給義務を免れようとしたものであると認められます。

そうすると、これがXらの本件退職に関して内容的に合理的な就業規則の変更にあたるとは到底いえません。

したがって、本件新規定はXらとの関係でその効力がありません。

そうすると、Xらが退職給与規定の退職金不支給条項(懲戒解雇)に該当することを理由とするYの抗弁は、

その余の点を検討するまでもなくその前提において既に理由がありません。

Yは、Xらには、従業員としての永年の功績を失わしめるほどの重大な背信行為があるから、

同人らの退職金請求は権利の濫用であり、許されないと主張します。

しかし、当裁判所は、Yの右主張は理由がないものと判断します。

その理由は次のとおりです。

(1)前示のとおり、Yには、Xらの退職当時、退職金不支給事由を定めた新規程は存在しませんでした。

そうすると、Yの退職金制度は、従業員に重大な背信行為があると否とを問わず、

また、退職の形式すなわちそれが任意退職であると懲戒解雇であるとを問わず、

退職金を支給する内容のものであったと認められます。

(2)一般に、退職金は、就業規則等により支給条件が企業内の制度として明確に定められた以上、

単なる恩恵的給付に止まらず、労働基準法11条の労働の対償たる賃金の性格を有します。

(3)Xらには、従業員の引き抜き行為、隠し口座の開設、業務引継の懈怠、取引先に対する欺罔行為などY主張の事実は、後示のとおりこれを認めることができません。

就業規則及び誓約保証書に基づく競業避止義務については、

後示のとおり、雇用契約終了後もなお効力を有するとは認められません。

もっとも、XらがAの設立に関与した事実が認められます。

しかし、それは、Xらが退職の意思を表示した後のわずかな期間のことであり、

これをもって懲戒解雇によりXらの永年の功績を失わせるほどの重大な背信行為ということはできません。

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