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多数組合との合意を経て行われた就業規則の変更は、
同意をしていない労働者に対しても効力が及ぶのでしょうか。
【事件の概要】
Yは、地方銀行(以下「地銀」という。)であって、
東北地方の地銀の中では中位行でした。
Yは、60歳定年制を採用していました。
Yには、C銀行労働組合(以下「労組」という。)とC銀行従業員組合(以下「従組」という。)とがあり、
昭和63年3月当時、従業員の約73パーセントが労組に加入していました。
Xらは、従組の組合員でした。
Yは、労組に対し、昭和61年1月30日、行員の分類に専任職行員を、職階に専任職階を加え、
専任職階の役職として参事、副参事及び主査を新設する、
55歳以上の行員の基本給を55歳到達直前の額で凍結する、
55歳に到達した管理職階の者は、原則として専任職階とする、
専任職階の賃金は発令直前の基本給に諸手当(管理職手当及び役職手当を除き、専任職手当を加える。)を加えたものとするなどという専任職制度の創設を提案し、
同年2月3日、従組に対しても同様の提案をしました。
労組は同年4月28日に右提案を応諾したが、従組は反対の立場を維持しました。
Yは、従組の同意のないまま、右提案のとおり本件第一次変更を行い、
変更後の就業規則等を同年5月1日から実施しました。
さらに、Yは、労組及び従組に対し、昭和62年9月7日、
55歳に到達した一般職行員及び庶務職行員は、原則として専任職行員とする、
専任職発令とともに業績給を一律に50パーセント減額する、
専任職手当を廃止する、
賞与の支給率を削減し、専任職階における役職に応じた割合とする、
経過措置を追って提示するなどという専任職制度の改正を申し入れ、
昭和63年3月23日、労組との間で修正提案を含めた内容の改正をすることで合意しました。
従組は、専任職制度自体に反対し続けていました。
Yは、従組の同意のないまま、労組との合意内容のとおりに就業規則等と賞与の支給率等を変更し(以下「本件第二次変更」という。)、
これらを同年4月1日から実施しました。
そこで、Xらは、2回の就業規則等の変更は、
これに同意していないXらには及ばないとして、
専任職への辞令及び専任職としての給与辞令の各発令の無効確認、
従前の賃金支払を受ける労働契約上の地位にあることの確認並びに、
差額賃金の支払を求めて争いました。
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【判決の概要】
新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、
労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されません。
しかし、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、
当該規則条項が合理的なものである限り、
個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、
その適用を拒むことは許されません。
そして、当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、
その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、
なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、
特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、
労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、
当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、
その効力を生ずるものというべきです。
右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、
使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、
代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、
他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきです。
Yは、60歳定年制の下で、基本的に年功序列型の賃金体系を維持していたところ、
行員の高齢化が進みつつあり、他方、他の地銀では、従来定年年齢がYよりも低かったため55歳以上の行員の割合が小さく、
その賃金水準も低レベルであったというのであるから、
Yとしては、55歳以上の行員について、役職への配置等に関する組織改革とこれによる賃金の抑制を図る必要があったということができます。
そして、右事情に加え、Yの経営効率を示す諸指標が全国の地銀の中で下位を低迷し、
弱点のある経営体質を有していたことや、金融機関間の競争が進展しつつあったこと等を考え合わせると、
本件就業規則等変更は、Yにとって、高度の経営上の必要性があったということができます。
本件就業規則等変更は、まず、55歳到達を理由に行員を管理職階又は監督職階から外して専任職階に発令するようにするものであるが、
右変更は、これに伴う賃金の減額を除けば、
その対象となる行員に格別の不利益を与えるものとは認められません。
したがって、本件就業規則等変更は、職階及び役職制度の変更に限ってみれば、
その合理性を認めることが相当です。
本件就業規則等変更は、変更の対象層、前記の賃金減額幅及び変更後の賃金水準に照らすと、
高年層の行員につき雇用の継続や安定化等を図るものではなく、
逆に、高年層の行員の労働条件をいわゆる定年後在職制度ないし嘱託制度に近いものに一方的に切り下げるものと評価せざるを得ません。
本件就業規則等変更は、多数の行員について労働条件の改善を図る一方で、
一部の行員について賃金を削減するものであって、
従来は右肩上がりのものであった行員の賃金の経年的推移の曲線を変更しようとするものです。
もとより、このような変更も、前述した経営上の必要性に照らし、
企業ないし従業員全体の立場から巨視的、長期的にみれば、
企業体質を強化改善するものとして、その相当性を肯定することができる場合があるものと考えられます。
しかしながら、本件における賃金体系の変更は、短期的にみれば、
特定の層の行員にのみ賃金コスト抑制の負担を負わせているものといわざるを得ず、
その負担の程度も前示のように大幅な不利益を生じさせるものであり、
それらの者は中堅層の労働条件の改善などといった利益を受けないまま退職の時期を迎えることとなるのです。
就業規則の変更によってこのような制度の改正を行う場合には、
一方的に不利益を受ける労働者について不利益性を緩和するなどの経過措置を設けることによる適切な救済を併せ図るべきであり、
それがないままに右労働者に大きな不利益のみを受忍させることには、
相当性がないものというほかありません。
本件の経過措置は、前示の内容、程度に照らし、
本件就業規則等変更の当時既に55歳に近づいていた行員にとっては、
救済ないし緩和措置としての効果が十分ではなく、
Xらは、右経過措置の適用にもかかわらず依然前記のような大幅な賃金の減額をされているものです。
したがって、このような経過措置の下においては、
Xらとの関係で賃金面における本件就業規則等変更の内容の相当性を肯定することはできないものといわざるを得ません。
本件では、行員の約73パーセントを組織する労組が本件第一次変更及び本件第二次変更に同意しています。
しかし、Xらの被る前示の不利益性の程度や内容を勘案すると、
賃金面における変更の合理性を判断する際に労組の同意を大きな考慮要素と評価することは相当ではないというべきです。
企業においては、社会情勢や当該企業を取り巻く経営環境等の変化に伴い、
企業体質の改善や経営の一層の効率化、合理化をする必要に迫られ、
その結果、賃金の低下を含む労働条件の変更をせざるを得ない事態となることがあることはいうまでもなく、
そのような就業規則の変更も、やむを得ない合理的なものとしてその効力を認めるべきときもあり得るところです。
特に、当該企業の存続自体が危ぶまれたり、
経営危機による雇用調整が予想されるなどといった状況にあるときは、
労働条件の変更による人件費抑制の必要性が極度に高い上、
労働者の被る不利益という観点からみても、
失職したときのことを思えばなお受忍すべきものと判断せざるを得ないことがあるので、
各事情の総合考慮の結果次第では、
変更の合理性があると評価することができる場合があるといわなければなりません。
しかしながら、本件では、前示のとおり、
本件就業規則等変更を行う経営上の高度の必要性が認められるとはいっても、
賃金体系の変更は、中堅層の労働条件の改善をする代わり55歳以降の賃金水準を大幅に引き下げたものであって、
差し迫った必要性に基づく総賃金コストの大幅な削減を図ったものなどではなく、
右のような場合に当たらないことは明らかです。
そうすると、以上に検討したところからすれば、
専任職制度の導入に伴う本件就業規則等変更は、
それによる賃金に対する影響の面からみれば、Xらのような高年層の行員に対しては、
専ら大きな不利益のみを与えるものであって、他の諸事情を勘案しても、
変更に同意しないXらに対しこれを法的に受忍させることもやむを得ない程度の高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできません。
したがって、本件就業規則等変更のうち賃金減額の効果を有する部分は、
Xらにその効力を及ぼすことができないというべきです。
【関連判例】
→「秋北バス事件と就業規則の不利益変更」
→「朝日火災海上保険(高田)事件と労働協約の非組合員への拡張適用」
→「大曲市農協事件と就業規則の不利益変更」
→「羽後銀行(北都銀行)事件と少数労働組合の不同意」
→「函館信用金庫事件と就業規則の不利益変更」
→「明石運輸事件と就業規則と労働協約の関係」
→「日音事件と就業規則の周知」
→「中部カラー事件と就業規則の周知」
→「シンワ事件と事業場の過半数代表者の意見聴取義務」