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退職年金の支給を受けていた者が、
企業の経営状態の悪化を理由に、
一方的に退職年金の支給を打ち切られることは許されるのでしょうか。
【事件の概要】
銀行Yの元従業員であったXら207名は、
昭和37年に創設された公的年金を補完する趣旨の退職年金制度(退職金規程が設けられ、改訂規程が規定されていた)に基づきYから退職年金の支給を受けていた、あるいは受ける予定であったが、
Yではバブル経済崩壊後の経営状態の悪化を理由に平成8年に既定超過部分を廃止し、
同年以降は毎年赤字を計上したため、
平成11年に金融再生委員会から金融整理管財人による業務・財産の管理を命じる処分を受けるに至ったことから、
退職年金の支給契約が解約されるとともに、
一時金として3か月分相当分が支払われるのみで、
以後の退職年金の支給が打ち切られました。
そこで、Xらは、退職年金の打切り措置は違法であるとして、
支給開始月以降死亡までの毎月の年金額の支払を求めて争いました。
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【判決の概要】
Yの退職年金は、就業規則としての性質を有する退職金規程において、
退職金の一種類であると位置づけられ、勤続満20年以上の退職者であること、
満60歳に達すること、申出をすることを要件として、
その申出の翌月から別紙支給額一覧表の算定基準によって算定した規程額を支給するというものであって、
支給要件は一義的に明定されており、
これらの支給要件を満たす者には原則として右退職金規程による規程額が一律に支給されるものであるから、
右退職金規程を内容とする労働契約によってYにその支払が義務づけられた退職金の一部というべきです。
Yの退職年金は、それまでの退職金の一部を年金支給形式にしたというものではなく、
退職者の老後の生活保障を主たる目的として、無拠出で新たに創設、導入されたものであり、
そのことは社内誌を通じるなどして当時の社員にも周知されていたこと、
満20年という長期勤続要件を満たして始めて支給されるものであること、
その支給額は別紙支給額一覧表のとおり勤続年数と在職中の職位のみによって算定するものとされており、
少なくとも直接には在職中の賃金を基準としていないこと(もっとも、Yでは退職一時金も勤続年数と職位が主たる算定要素とされている。)、
終身支給とされ、さらに、配偶者に対してまで規程額の半額が終身支給されることとなっていること、
経済状勢、社会保障制度といった外部的事情の変動による改訂を予定していること(右改訂条項は、退職金規程全体にかかる付則の章に置かれてはいるが、退職年金制度の創設とあわせて退職金規程に持込まれたとの経緯からして、主として同制度の改訂を念頭においているものと考えられる。)、
退職後の行為をも支給打切事由としていること(退職金規程27条3号)、
Yの給与水準は同業他行の上位にあることや本件退職年金を除いたとしても被告の退職に伴う一時金等の給付は同業他行に比べて遜色のないものであることが認められ、
これらに加え、制度創設以来すでに長期間が経過して定着してきており、
労働者のこれに対する期待も大きいと考えられることなどの諸事情に鑑みると、
Yの退職年金は賃金の後払的性格は希薄というほかなく、
当初は生活保障のための恩恵的なものとして導入されたものではあるが、
現在では功労報償的な性格が強いものになっているというべきです。
とはいえ、本件退職年金が前記のとおり退職金規程に支給基準の明定された退職金の一部であることは否定できないし、
満20年以上の勤続者でなければその支給を受けられないものであり、
さらに受給資格者内でも勤続年数が長期になるほど支給額も増大するとされていることからすると、
その間の労働に対する対償、すなわち労働基準法11条にいう賃金としての性格が全く否定されるものではありません。
まず、Yは、右支給打切は、XらとYとの間に締結された退職年金支給契約において、
Yに留保された改訂権を行使したものであり、右改訂権には解約権まで含むと主張します。
しかしながら、その前提とする退職年金支給契約の締結が認められないことは既に述べたとおりです。
さらに敷衍すれば、Yは年金支給通知書の裏面の記載をもって、
個別の支給契約において改訂権を留保したと主張するのであるが、
その交付に際し、Xら各自と改訂権留保について契約交渉した形跡などは全く窺われず、
前記認定のとおり、右通知書は、Yが一方的に交付するものであり、
契約書として授受されているものとは認められないし、
受給資格を満たした退職者からの退職年金支給の申出に対して、
Yにはこれを拒否する自由はないと解されるにもかかわらず、
裏面に改訂権留保の趣旨を記載した右通知書を交付することによって、
Yに一方的に有利な改訂権を留保した退職年金支給契約が個別に成立するなどと解することは到底できません。
なお、退職年金請求権の発生根拠がYの退職金規程を内容とする労働契約にあるとした場合でも、
退職金規程にはYの改訂権が規定されているから、
退職者が取得した退職年金請求権にはYの改訂権が留保されていると解することも一応は考えられないではないが、
退職金規程に規定されている改訂権は、あくまで退職金規程の改訂権であり、
その適用を受ける在職者に対する関係で退職年金制度を改訂する権限であって、
退職金規程の適用を受けなくなった退職者が支給要件を満たしたことによって取得した退職年金受給権を個別に解約する権利を留保したものでないことは明らかです。
したがって、この点でも、YがXらの退職年金受給権を喪失させる解約権を有していたとは認められません。
したがって、本件支給打切が個別に締結された退職年金支給契約で留保した解約権を行使したものであるというYの右主張は採用できません。
そこで、Yは、予備的に、一般原則にいう事情変更の原則によって、
Xらとの退職年金支給契約を解約したと主張します。
Yが主張する事情変更とは、本件退職年金制度創設後、企業年金が整備され、
Yにおいても厚生年金基金(調整年金)を採用したこと、
バブル経済崩壊後の業績悪化により退職年金支給原資と見込んでいた社内留保金も底をつき欠損を生じるに至っていること、
そしてその破綻処理において金融再生法の適用を受け費用最小化の要請を受けていることをいうものと解さます。
確かに、Yの退職年金は、右認定のとおり、老後の生活保障を主たる目的として創設されたものであり、
その創設後本件支給打切までの間に、Yが主張する業績悪化等の事情の変更が生じていることが認められるし、
退職年金支給を継続した場合これに要する費用は100億円を超えると推計され、
これが金融再生法等に基づき迅速になされるべき破綻処理の阻害要因にもなり得るというのであるから、
Yとしては、本件支給打切の必要性が極めて大きいことは首肯できるところです。
しかしながら、前記のとおり、Xらの退職年金請求権は、
すでに支給要件を満たしたことによって具体的かつ確定的に発生した金銭債権であり、
その法的性格も功労報償的な性格が強いとはいえ、
なお、労働基準法にいう賃金としての性格を否定されないものであって、
Yの裁量によって支給の有無や支給額を左右することができるものではないのであるから、
これに事情変更の原則を適用できる場合があるとしても、
少なくとも通常の金銭債権に対すると同等の要件による保護が与えられなければなりません。
しかるに、Yは退職年金創設以来本件支給打切に至るまで37年間にも及んでこれを存続、
定着させてきており、この間、昭和40年代に入って企業年金も次第に整備されるようになり、
現にYもすでにその頃、厚生年金基金を採用しているのであって、
社会保障制度の整備、充実は最近に至って始められたというものではないのみならず、
老齢化社会を前にしてさらなる充実が求められている実情にあり、
Xらもその支給を前提に退職後の生活設計をしており、
支給継続に対する期待は大きいと考えられ、これらの諸事情に照らすと、
社会保障制度の充実等を理由に本件退職年金を存続させる意義が消失しているとまではいえません。
また、Xらが主張する退職年金請求権は、基本権としての終期が死亡時までという不確定期限付になっているため、
総支給額を確定することができないとはいえ、支給基準が明確で単純な金銭債権であるから、
これに対してYとしては平均余命を参考にするなどしてその支給に必要な経費を予測し、
その支給原資を社内留保するなどすることはできたし、
早期に退職年金規程を改訂して経費増大を抑制するなどの対処をとることもできたのであって、
社内留保金を払底させたのはY自らの経営判断の過誤によるものというほかなく、
その間にバブル経済崩壊といわれる経済状勢の変動があったとしても、
それらが事情変更の原則にいう事情の変更に該当するものとはいえません。
さらに、Yは退職年金支給打切に際して、Xら各自の退職年金月額の3か月分相当を支払っているが、
右の程度では、単に打ち切り時期を3か月後に設定したというのと何らの径庭はなく、
退職年金請求権の法的性格に照らし到底適正妥当な代償措置と認め得るものではありません。
これに関して、Yは金融再生法による費用最小化の要請があることを強調するが、
同法にいう費用最小化の要請は、畢竟、公的資金投入を最小限に抑えるため、
不必要な資金流出を抑制するという破綻処理の一般原則を述べたものにすぎず、
すでに具体的に発生し、破綻した金融機関が現に支払義務を負うに至っている預金債権以外の負債について、
当該金融機関において一方的にその負担を免れる権限を認めたものではありません。
当該債務を免れるためには、そのための実体的要件及び手続的要件を満たすことが必要であることは当然です。
しかるに、本件では、右のとおり、事情変更の原則に該当する事情変更が存したとは認められないし、
本件支給打切に見合う代償措置が講じられているとも認められないから、
費用最小化の要請をいかに重視したとしても、
事情変更の原則を適用して本件支給打切を正当化することはできないというほかありません。
以上によれば、本件支給打切は違法であり無効というべきです。
【関連判例】
→「小田急電鉄事件と懲戒解雇に伴う退職金不支給」
→「ソニー生命保険事件と退職金の不支給条項」
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