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私立学校の年金規程に基づく職員の年金制度を、
一方的に廃止する就業規則の変更は許されるのでしょうか。
【事件の概要】
Yは、中学校と高等学校を併設する学校法人です。
Yは、私立学校教職員共済組合規約による年金制度のほか、
Y独自の年金制度(以下「独自年金制度」又は「本件年金制度」という。)をも採用していたところ、
昭和34年5月26日の就業規則の制定に際して、
就業規則上に右両制度に関する規定を置き、
これらを就業規則上の制度として位置づけたもので、
Xらは、以後就業規則の細則(昭和42年3月31日の改正後は「学校法人名古屋学院年金規程」(以下「本件年金規程」という。)となる。)の定めるところに従って本件年金の拠出金の積立てをしていました。
ところが、Y理事会は、昭和53年7月17日開催のY理事会において、
本件年金制度の廃止等を内容とする就業規則及び本件年金規程の改廃の決議をするとともに、
Y理事長職務代行者Aが、Xらに対し、
昭和53年7月26日付け「学院年金・退職金制度に関する理事会決議について(通知)」と題する文書で、
本件年金制度を昭和52年3月に遡って廃止する旨の通告をし、
以後、Xらに対し、本件年金規程に基づくXらの年金受給権は失われたものとして取り扱いました。
そこで、Xらは、本件年金規程廃止の無効、
及び年金を受給し得る地位にあることの確認等を求めて争いました。
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【判決の概要】
一般に新たな就業規則の作成又は変更によって、労働者の既得の権利を奪い、
労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、
原則として許されないところであるが、労働条件の集合的処理、
特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からして、
当該就業規則の作成又は変更に合理性が認められる場合には、
個々の労働者に等しく適用されるものであって、個々の労働者において、
これに同意しないことを理由として、
その適用を排除することはできないものと解されます。
そして、退職年金が、賃金や退職一時金と並んで、
労働者にとって重要な権利であることは論を待つまでもなく明らかであり、
しかも本件年金規程に基づく年金受給権の原資には、
職員の拠出分が含まれているものである上、
その支給条件は明確化されていて、功労報賞的性格よりも、
むしろ権利性の色彩の強いものであるといえるから、
これを剥奪する結果となる就業規則等の改廃については、
そのような不利益を労働者に受忍させることが許容されるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容であることが必要であるというべきです。
そこで、右の見地から検討するに、当裁判所も、独自年金制度の廃止については、
Yの財政窮迫状態から見てその必要があることは顕著であり、
それに加えてそれに対する代償措置が講じられていること等の内容を検討すると、
独自年金制度の廃止によってXらが被ることになる不利益の程度を考慮しても、
なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性があると判断します。
Yが、昭和50年度の時点で行った本件年金制度の将来予測によれば、
本件年金制度を本件年金規程のまま存続させると、
Yの経常会計から本件年金基金に毎年補填をしなければならなくなることが明らかになり、
しかもYは昭和48年に学校敷地の約3分の1を売却して約20億円の債務を弁済して間もなくの時期であり、
財政的な基盤が十分とはいえなかったうえ、
経常会計においては消費支出超過状態が続いていたのであるから、
本件年金制度につき抜本的な改革を要する状態にあったものであることを認めることができます。
そして、本件年金制度を維持しつつ基金の健全化を図る有力な方法として、
適格年金制度に準ずる制度の導入が考えられるが、中信計算結果によれば、
この方法によっては、過去勤務債務額償却のためにYの負担が激増することとなり、
Yの財政状態から見て右制度の導入は不可能であると認められ、
また、職員及びYの拠出金率を引き上げたとしても、一時的な延命策に過ぎず、
いずれは同様の問題が発生することが予想されたことが認められます。
右の必要性との関係から見ると、本件年金制度を廃止し、
昭和52年3月31日時点において算出した年金一時金を凍結し、
退職時に返還すること等を内容とする本件就業規則等の改廃の内容は、
Xら職員に不利益を与えるものであるが、
他方、代償措置として退職金制度の改正、非常勤講師としての再雇用制度の新設等考慮すると、
他に私学共済年金制度が存在することと相まって、Xらが定年後において、
相当程度の生活を維持しうる水準の収入を得ることが可能となっていることが認められるので、
その内容も相当性があるものということができます。
Xらは、いずれも20年以上の勤続となり、拠出金の拠出義務を果たしているから、
本件年金規程による年金受給資格を取得したものであり、
Yは、就業規則の変更によって、この既得の権利を侵害することはできない旨主張するが、
Xらが具体的に本件年金規程による年金受給権を取得したものではなく、
受給資格を満たしたものに過ぎないのであるから、
具体的な年金受給権の取得を前提とする右主張は採用できません。
また、Xらは、Yが、本件年金制度を昭和52年3月末日に遡って廃止する旨定めたことは、
Xらが既に取得した年金受給資格の取得を妨げることになるものであって、
許されない旨主張するが、Xらが具体的な年金受給権を取得するに至っていないのであるから、
権利を侵害するものとして許されないということはできません。
そうすると、本件年金制度を廃止する就業規則の改廃には合理性があるものと認められます。
以上のとおり、本件年金制度の改廃手続に瑕疵があったとは認められず、
その内容にも合理性があったと認められるから、
本件年金制度廃止が無効であるとのXらの主張は理由がありません。
【関連判例】
→「朝日新聞社(会社年金)事件と退職年金支給の停止」
→「幸福銀行事件と退職年金の打切り」
→「松下電器産業グループ(年金減額)事件と年金給付率引下げの相当性」