文化シャッター事件と被保険者の同意

(静岡地浜松支判平9.3.24)

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被保険者である労働者の同意がなく締結された団体定期保険契約は、

有効に成立しているのでしょうか。

【事件の概要】


Yは、生命保険8社と、従業員全体を被保険団体とするAグループ団体定期保険契約を締結していました。

この契約締結にあたり、生命保険会社とYの間では、

保険契約の趣旨として「本契約は会社における福利厚生に基づく給付に充当することを目的として締結されたもので、Yは本契約における保険金・給付金等の全部または一部を弔慰金規程に則り支払う金額に充当することとする。」などと定めた条項が、

協定書もしくは覚書等の書面に記入されていました。

しかし、本件団体定期保険契約締結にあたって、Yは各支社の統括部長に対し、

締結の前後を通して全従業員が本件団体定期保険の被保険者になっていることを通知しただけで、

個々の従業員からの同意は得ていませんでした。

Aは、静岡工事センター初代所長に就任後まもなくクモ膜下出血により急死しました。

死亡保険金の受取人は保険契約者であるYが指定されており、

Yはこの保険金を受け取り、

その後Yは死亡退職金規程に基づき死亡退職金等をAの遺族に支払いました。

Aの妻や子であるXらは、受取人をYとすることについて、

Aの同意を得ていないが本件団体定期保険契約は有効であり、

XらはYに保険金の引渡を求めることができるとして争いました。

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【判決の概要」


Xらは、Yと各生命保険会社との間には、本件団体定期保険契約締結にあたり、

保険金を弔慰金制度によって支払う当該死亡者の弔慰金に充当する旨定めた協定書又は覚書が存在し、

この協定書又は覚書はYの全従業員の労働条件を定めたものとして就業規則としての効力を有する旨主張します。

成立に争いのない(証拠略)によれば、Yと右各生命保険会社との間においては、

保険金の全部又は一部を被告の弔慰金規程によって支払う金額に充当する旨の合意があることが認められることになります。

しかしながら、右の合意がそれ自体としてはYと各生命保険会社との間の合意にすぎないことはいうまでもないところ、

(人証略)によれば、Yの従業員であった同証人は本件のような団体定期保険契約の存在を全く知らなかったことが認められるだけでなく、

右の合意について、労働者の意見が聴取されたとか、行政庁への届出がなされたとか、

あるいは、事業場への掲示等によって労働者に対する周知が図られたとかいうような手続のいずれかが履践されたことを認めるに足りる証拠もないから、

右の合意をもって、単なるYと各生命保険会社との間の合意を超え、

Yとその従業員との間の就業規則となっているとまで認めることは到底できないというべきであるし、

他に、Xら主張の協定書又は覚書の記載内容がYにおける就業規則の内容となっていることを窺わせるに足りる事実関係を認めることもできません。

したがって、Xらの右主張は採用できません。

Xらは、Yが本件団体定期保険契約を締結することによって既存の弔慰金支給規程とは別に保険金相当額を弔慰金として支払う旨の黙示の弔慰金規程を設定したと主張します。

Yが各生命保険会社との間で締結した本件団体定期保険契約において、

その契約の趣旨として表示されている内容は右三に判示したとおりであるが、

これをもって直ちにXら主張の黙示の設定を推認することはできないし、

他に、これを推認させるべき事実関係を認めるに足りる証拠もありません。

よって、Xらの右主張は採用できません。

本件団体定期保険契約は、Yと各生命保険会社との間において、

被保険者をYの従業員全員とし、

保険料負担者及び保険金受取人をともにYとして締結された団体生命保険契約であることが認められるから、

商法674条1項本文にいう他人の死亡を保険事故として保険金が支払われる保険契約とみることができます。

本件団体定期保険契約が商法674条1項本文の適用を受ける保険契約である以上、

保険契約締結にあたっては被保険者の同意を得る必要があります。

ところが、本件団体定期保険契約があらかじめ被保険者であるAを含めた個々の従業員の個別的な同意を得ずに締結されたものであることは当事者間に争いがありません。

この点について、Yは、たしかにAを含めた従業員の一人一人について個別的同意は得ていないが、

各支社の統括部長に対し、

本件団体定期保険契約締結時の前後を通して口頭で本件団体定期保険契約の被保険者になっていることを通知しているのであって(Yは、これを「団体的同意」と呼ぶ)、

この団体的同意をもって商法674条1項本文の要求する被保険者の同意としては充分であり、

本件団体定期保険契約は有効である旨主張するので、

以下、本件団体定期保険契約の有効性について検討します。

商法674条1項本文が他人の死亡を保険事故とする保険契約の締結について、

その他人である被保険者の同意を得ることを契約の効力発生要件とした趣旨は、

この種の保険は一般に被保険者の生命に対する犯罪の発生を誘発する危険性があること、

保険契約者ないし保険金受取人が不労の利得を取得する目的のために利用する危険性があること、

一般・社会的倫理として同意を得ずに他人の死亡をいわゆる射倖契約上の条件とすることは他人の人格を無視し、

公序良俗に反するおそれがあることなどからこれらを防止するためであるということができます。

たとえ団体定期保険契約の場合であっても、

当該「他人」である従業員各人がその保険契約の存在を知らされていないとするならば、

右規定がその他人の同意を必要とした趣旨を損ない、

公序良俗に反する結果になることはその他の場合と少しも異なるところはないので、

同意は被保険者個々人の個別的具体的なものでなければならないというべきです。

Yの主張する団体的同意では、

各支社の統括部長からそれ以下の個々の従業員に保険契約を締結することを周知し、

これに応ずることを確認することまでが予定されていないので、

そのようなものは到底商法674条1項本文が要求している被保険者の同意とみることはできません。

Yは、Yのような多数の従業員を抱える大企業にとって、

個々の従業員の同意を得ることは事実上不可能である旨主張するが、

適切な手段・方法を講じさえすれば、

Yのような大企業であっても商法674条1項本文の趣旨を充足するに足りる措置をとることは充分に可能であると考えられるところであるし、

仮に、何らかの事情でそれができないのであれば、

そもそも本件におけるような団体定期保険契約を結ばなければよいだけのことです。

したがって、本件団体定期保険契約は、

商法674条1項本文の要求する被保険者の同意を得ていないものとして、

無効であるというべきです。

前記3のとおり、本件団体定期保険契約は、

商法674条1項本文の要求する被保険者の同意を得て締結されたものではないため、

保険契約全体が無効になるのであり、

保険金受取人の指定のみが無効になることにはなりません。

したがって、Xらの保険金引渡請求にも何らの根拠を見いだすことができないといわざるを得ません。

【関連判例】


「住友軽金属工業(団体定期保険第2)事件と保険金の支払」
「パリス観光事件と遺族への保険金の支払」