パリス観光事件と遺族への保険金の支払

(広島高判平10.12.14)

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受取人を使用者とする生命保険契約において、

労働者の死亡によって、

使用者が保険金の全額を受け取ることは許されるのでしょうか。

【事件の概要】


Yは、パチンコ店を経営する会社です。

Y代表者の実子でもあるAは、Yの支店統括責任者として、

包括的権限を委譲されて勤務していました。

AがYから締結権限を委ねられて、生命保険会社との間で、

被保険者をA、保険金受取人をYとする「定期保険特約付終身保険契約」を締結していたところ、

Aが死亡したため、その保険金がYに支払われたが、

保険会社に交付された付保規定には、

「保険金の全部またはその相当部分は、死亡退職金または弔慰金の支払に充当する」旨の規定があることから、

Aの妻であるXは、AとYの間で右保険金をAの相続人に支払う旨の合意が成立しているとして、

不当利得返還請求権に基づき右保険金の引渡しを求めて争いました。

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【判決の概要】


本件付保規定の文言からすれば、保険契約者であるYは少なくともAが死亡するまでの間に死亡退職金規程等を整備しておくべきであったというべきであるが、

A死亡当時においてYの会社内で死亡退職金規程等が作成されていなかったことは前記のとおりであり、

「全部またはその相当部分」という本件付保規定の文言のみでは、

遺族に支給されるべき金額を具体的に確定することはできません。

したがって、本件付保規定の趣旨目的、支払を受けた保険金額、

本件各契約の保険料及び保険金についての税務上の処理、

本件各契約が締結された経緯、Yが支払った保険料、

Aの死亡当時の収入その他諸般の事情を考慮し、

社会通念上相当と認められる額を決定するほかないと解されます。

本件各契約は、他人を被保険者としその死亡を保険事故とする他人の生命の保険であるから、

被保険者の同意がなければ効力を生じません(商法674条1項)。

このように被保険者の同意が保険契約の効力要件とされるのは、

保険が賭博的に悪用されたり、

他人の死亡を期待し積極的又は消極的に保険事故を招来したりするおそれを防止するためです。

このような商法674条1項の立法趣旨と前記認定の本件付保規定が徴されるに至った経緯を併せると、

従業員の死亡によって使用者が大きな利得を得る結果となることは、

商法674条1項及び本件付保規定の趣旨を没却することになり、

許されないと考えられます。

もっとも、従業員の死亡それ自体によって使用者に経済的損失が生じることはありうるから(代替雇用者の採用・育成費用等)、

このような経済的損失を填補するためであれば、

使用者が保険金の一部を取得することにも合理性があると考えられ、

右の限度で使用者の利益を考慮する限りにおいては、前記(二)の弊害も生じないと考えられます。

また、Aの意思についてみても、

〔1〕Aは、本件各契約締結当時は、未だ認知されてはいなかったものの、

控訴人の代表者であるBの実子であって、かなりの期間Bの仕事を手伝うなどしていたこと、

〔2〕本件各契約の死亡保険金は5000万円ないし8000万円とかなり高額であり、

その保険料はYが支払うことが予定されていたこと、

〔3〕本件各契約当時、Yにおいては死亡退職金規程等が作成されておらず、

また、従業員に退職金を支給する慣行が存在したことを認めるに足りる証拠もないこと等を併せると、

本件付保規定の「この生命保険契約に基づき支払われる保険金の全部またはその相当部分は、死亡退職金または弔慰金の支払いに充当するものとする」との文言のみから、

Aにおいて保険金全額をAの遺族が取得しうると期待していた事実まで推認することはできず、

その一部をYが取得することはAにおいても容認していたと推認するのが相当です。

本件においてXらに支給される額が死亡退職金ないし弔慰金として一般の死亡退職金ないし弔慰金の水準を超える高額のものとなったとしても、

やむを得ないというべきであるが、

他方、本件各契約締結に際し、

本件各契約にかかる保険金の一部をYが取得することについてはAも了解していたと推認できることは前記(四)のとおりであり、

また、Yが前記(五)の金員を支出している点も、

YがXらに支払う金額を定めるについて斟酌すべきと考えられます。

これらの事情と前記認定のAのYにおける勤務状況及び収入を総合すれば、

本件においてYがXらに引き渡すべき金員は、

Yが取得した死亡保険金8000万円の半額である4000万円が相当というべきです。

【関連判例】


「住友軽金属工業(団体定期保険第2)事件と保険金の支払」
「文化シャッター事件と被保険者の同意」