小里機材事件と定額残業代

(最一小判昭63.7.14)

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時間外労働の割増賃金に代えて、一定額の手当を支払う場合、

どのような要件が必要となるのでしょうか。

【事件の概要】


Yは、工業用皮革等の加工販売会社です。

Yは、従前より、所定労働時間7時間30分を超えた場合には割増賃金を支払うこととし、

その時間単価は、住宅・皆勤・乗車・役付の各手当は含めず、

基本給のみで算定していました。

しかし、昭和54年から同60年までの間に入社した従業員Xら5名はこれを不服として、

昭和60年4月14日に労働組合を結成してT労組に加盟するとともに、

翌15日に団体交渉を申し入れた際に、

割増賃金を労基法所定の方法で計算し直して支払うよう要求し、

同月19日の団体交渉を経て、同年9月10日にその支払いを求めて提訴しました。

東京地裁の判断は、東京高裁判決でも是認され、

最高裁でも正当として是認することができるとされました。

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【判決の概要】


労基法37条1項は、使用者が労働者に時間外、休日又は深夜労働をさせた場合には、

通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上の率で計算した割増賃金を支払うべき旨を定め、

他方、同条2項及び同法施行規則21条は、

①家族手当、②通勤手当、③別居手当、④子女教育手当、

⑤臨時に支払われた賃金、⑥一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金を割増賃金の計算の基礎から除外しています。

右の割増賃金の目的は、労基法が規定する労働時間及び週休制の原則を定めた趣旨を維持し、

同時に、過重な労働に対する労働者への補償を行わせようとするところにあるのであるから、

右の六項目の除外賃金は制限的に列挙されているものと解するのが相当であり(もとより、実際に支払われる賃金がこれらに当たるか否かは、名目のみにとらわれず、その実質に着目して判断すべきである。)、

請求の原因に対する認否2の(二)の(4)記載のYの主張は採用の限りではありません。

①住宅手当
(前略)賃金における住宅手当が、既婚か未婚かを問わず、

住民票上世帯主である従業員に対して扶養家族の存否、

家族数等に関係なく一律に月額5000円支払われていたものであること及びYにおいては住宅手当の外に「家族手当」という名目の賃金も支払われていたことはいずれも当事者間に争いがなく、

これらの事実によれば、本件住宅手当は、

労基法37条2項所定の家族手当の性質を有するものと解することはできず、

(中略)また他のいずれの除外賃金にも該当しません。
 
②皆勤手当
(前略)本件皆勤手当が労基法施行規則21条3号所定の臨時に支払われた賃金に当たらないことは明らかであり、

(中略)他のいずれの除外賃金にも該当しません。

③乗車手当
(前略)本件乗車手当が労基法37条2項所定の家族手当に当たらないことは明らかであり、

(中略)他のいずれの除外賃金にも該当しません。

④役付手当
(前略)本件役付手当がいずれの除外賃金にも該当しないことが明らかです。

よって、住宅、皆勤、乗車及び役付の各手当は、

時間外労働に対する割増賃金の計算の基礎となる賃金に含まれるものというべきです。

(前略)X1の採用に際し、X1との間の合意に基づき、

労働時間は休憩1時間を含めて午前8時30分から午後5時までであるが、

月15時間の時間外労働を見込んだうえ、

その分の割増賃金を本来の基本給に加えて基本給を決定した(中略)と人事担当者は証言するが、

この証言は、月15時間という数字がX1が担当することとなる営業部門の責任者との相談のうえで出されたものではない旨、

X1入社後X1の時間外労働が15時間を超えているか否かの調査をY社として一切していない旨右の合意をした際に、

月15時間を超える時間外労働に対しては割増賃金が支払われるとの説明をしなかった旨及びその後、

X1の本人尋問の結果及び成立に争いのない(証拠略)の記載に照らして信用することができず、

他に抗弁1の事実を認めるに足りる証拠はありません。

また、仮に、月15時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含める旨の合意がされたとしても、

その基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区分されて合意がされ、

かつ労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ、

その予定割増賃金分を当該月の割増賃金の一部又は全部とすることができるものと解すべきところ、

X1の基本給が上昇する都度(昭和58年その時から昭和60年4月までの間に3回にわたって基本給が上昇したことは当事者間に争いがない。)予定割増賃金分が明確に区分されて合意がされた旨の主張立証も、

労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されていた旨の主張立証もない本件においては、

Y社の主張はいずれにしても採用の限りではありません。

よって、X1の時間外労働に対する割増賃金は、

基本給の全額及び住宅、皆勤及び乗車の各手当の額を計算の基礎として時間外労働の全時間数に対して支払わなければなりません。

【まとめ】


割増賃金を算定する際に、割増の基礎となる賃金から除外されるものは、

法により限定されているが、実際に支払われる賃金がこれらに当たるか否かは、

名目のみにとらわれず、その実質に着目して判断すべきです。

割増賃金は必ずしも労基法37条所定の方法で算定する必要はなく、

異なる計算方法を用いることや、

割増賃金に代えて一定額の手当を支払うことも違法ではないが、

割増賃金の部分とそれ以外の賃金部分とが明確に区別されていること、

労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときは、

その差額を当該賃金の支払期に支払うことが必要です。

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