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1か月単位の変形労働時間制の対象労働者に対して、
対象期間開始後に変形期間開始前になされた対象期間中の勤務指定を、
就業規則に基づいてする変更命令は有効なのでしょうか。
【事件の概要】
Yは、日本国有鉄道( 以下「国鉄」という。) が経営していた旅客鉄道事業のうち、
東北及び関東の各地方に係るものを引き継いで昭和62年4月1日発足した旅客鉄道会社です。
Xらは、Y東京地域本社の所管下の事業所である横浜土木技術センター( 以下「センター」という。) に所属するYの社員です。
Yは、労働基準法32条の2に基づく、
1か月単位の変形労働時間制を採用していました。
事業所の長が、所属社員( 従業員)であるXらについて、
変形労働時間制の対象となる単位期間( 以下「変形期間」という。) の開始前にした当該期間中の勤務指定を、
当該期間が開始した後に、
就業規則に定める「業務上の必要性がある場合、指定した勤務及び制定した休日等を変更する」旨の規定に基づいて変更する命令を通知したものにつき、
Xらが、Yに対し、右命令は労基法32条の2に違反する無効のものであるから、
右命令に基づいてXらが従事した労働は所定外労働に当たると主張して、
右労働時間について算定した割増賃金等の支払を求めて争いました。
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【判決の概要】
1か月単位の変形労働時間制を初めとする労基法所定の変形労働時間制は、
一定期間の枠内で総労働時間を不均等に配分することを必要とする事業経営上のニーズが増大するという社会経済情勢の変化に伴い、
労働者の生活設計を損なわない範囲内において労働時間を弾力化し、
併せて労働時間の短縮をも実現するという目的に基づくものと考えられます。
そこで、労基法32条の2にいう「就業規則その他これに準ずるもの」による「定め」の意義を検討すると、
右「定め」は、法定労働時間を超える日及び週がいつであるか、その日、週に何時間の労働をさせるかについて、
これらをできる限り具体的に特定するものでなければならないものと解するのが相当です。
このことは、同条が「その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる」ものとしていることからも明らかであるが、
要するに、1か月単位の変形労働時間制においては、
使用者が日又は週につき法定労働時間を超えて労働させることが可能になるため、
労働時間の過密な集中を招くおそれがあり、
労働者の生活に与える影響が通常の労働時間制の場合に比して大きいことから、
各日及び各週の労働時間をできる限り具体的に特定させることによって、
労働者の生活設計に与える不利益を最小限にとどめる必要があるからです。
そして、前記のとおり、労基法32条の2が就業規則による労働時間の特定を要求した趣旨が、
労働者の生活に与える不利益を最小限にとどめようとするところにあるとすれば、
就業規則上、労働者の生活に対して大きな不利益を及ぼすことのないような内容の変更条項を定めることは、
同条が特定を要求した趣旨に反しないものというべきであるし、
他面、就業規則に具体的変更事由を記載した変更条項を置き、
当該変更条項に基づいて労働時間を変更するのは、
就業規則の「定め」によって労働時間を特定することを求める労基法32条の2の文理面にも反しないものという
べきです。
もっとも、労基法32条の2が就業規則による労働時間の特定を要求した趣旨が、
以上のとおりであることからすれば、就業規則の変更条項は、
労働者から見てどのような場合に変更が行われるのかを予測することが可能な程度に変更事由を具体的に定めることが必要であるというべきであって、
もしも、変更条項が、労働者から見てどのような場合に変更が行われるのかを予測することが可能な程度に変更事由を具体的に定めていないようなものである場合には、
使用者の裁量により労働時間を変更することと何ら選ぶところがない結果となるから、
右変更条項は、労基法32条の2に定める1か月単位の変形労働時間制の制度の趣旨に合致せず、
同条が求める「特定」の要件に欠ける違法、無効なものとなるというべきです。
そこで、Y就業規則63条2項にいう「業務上の必要がある場合、指定した勤務を変更する」との定めを見ると、
特定した労働時間を変更する場合の具体的な変更事由を何ら明示することのない、
包括的な内容のものであるから、社員においてどのような場合に変更が行われるのかを予測することが到底不可能であることは明らかであり、
労基法32条の2に定める1か月単位の変形労働時間制の制度の趣旨に合致せず、
同条が求める「特定」の要件に欠ける違法、無効なものというべきです。
そうすると、同条項に基づき、Yが、本件工事に係る検査官の都合により竣工検査の日程が変更されたことを理由として、
Xらの勤務について行った本件各命令は、
その内容とする勤務を命ずるについての業務上の必要性が認められるとしても、
労基法32条の2との関係では、同条が求める「特定」の要件を欠く違法なものとして効力を有しないものといわざるを得ません。
以上によれば、本件各命令、特に、本件各変更部分に係る労働による労働時間は、
Y就業規則53条(1)号にいう所定労働時間に当たらず、
したがって、同規則111条1項にいう「正規の勤務時間外」の勤務に係る労働時間として、
同規則上の割増賃金の一種である超過勤務手当( 同規則106条(1) 号参照) の支給対象となることが明らかです。
【労働基準法32条の2】
使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。
◯2 使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、前項の協定を行政官庁に届け出なければならない。
【まとめ】
就業規則の変更条項は、労働者から見て、
どのような場合に変更が行われるのかを予測することが可能な程度に、
変更事由を具体的に定めることが必要であるというべきです。
そうでないと、使用者の裁量により労働時間を変更することと何ら選ぶところがない結果となるから、
変更条項は、労基法32条の2に定める1か月単位の変形労働時間制の制度の趣旨に合致せず、
同条が求める「特定」の要件に欠ける違法、無効なものとなるというべきです。
【関連判例】
→「大星ビル管理事件と仮眠時間」
→「阪急トラベルサポート事件とみなし労働時間」
→「光和商事事件と事業場外みなし労働時間制」
→「大林ファシリティーズ事件と不活動時間」
→「京都銀行事件と黙示の指示による労働時間」
→「JR西日本(広島支社)事件と1か月単位の変形労働時間制」