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1か月単位の変形労働時間制を採用している場合、
いったん特定された労働時間を変更することは許されるのでしょうか。
【事件の概要】
Yは、旅客運送業を営む会社であり、
労基法32条の2に基づく1か月単位の変形労働時間制を採用しています。
就業規則には毎月25日までに翌月の勤務指定を行うとするほか、
業務上の必要がある場合は指定した勤務を変更するとの規定が置かれていました。
Yは、Xらに対して、乗務員の事故予防のための現場訓練への参加や、
年次休暇取得などによる乗務員の欠員を理由に、
いったん地上勤務に指定されていた勤務を乗務員勤務への勤務変更を命じるとともに、
勤務変更後の勤務時間のうち変更前の勤務時間を超過する部分についても、
勤務変更後も週当たりの労働時間が40時間以内であれば賃金を支給しなくてよいとして、
割増賃金を支払いませんでした。
そこで、Xらは、一旦特定された労働時間は変更が認められず、
勤務変更後の変更前の勤務時間を超過する部分は時間外労働であるとして、
割増賃金の支払を求めて争いました。
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【判決の概要】
【1審判決の概要】
ア、変形労働時間制とは、当該事業場における事業の性質から、
連続操業や長時間勤務のための交替制労働を行う等、
労基法32条の定める法定労働時間とは異なる労働時間の不均等配分を行う必要のある場合に対応すべく、
法が、総労働時間を一定期間にわたって平均して、
同条の規制に適合するよう所定労働時間を設定することを認めた制度です。
そして、Yの採用する同法32条の2に基づく1か月単位の変形労働時間制においては、
一方で当該事業の性質からくる労働力の不均等配分の必要性を充たすとともに、
他方でこれにより規則正しい日常生活が乱されて健康を害したり、
余暇時間や私生活の設計を困難にさせたりする労働者の生活上の不利益を最小限にとどめるよう配慮すべく、
各勤務日の勤務時間については変形開始前にあらかじめ「特定」することで、
労使の両利益のバランスを図ることを要求しているのです。
イ、そこで、上記のような、同条に基づく1か月単位の変形労働時間制がその要件として労働時間の「特定」を要求した趣旨に鑑みると、
同条の「特定」の要件を満たすためには、労働者の労働時間を早期に明らかにし、
勤務の不均等配分が労働者の生活にいかなる影響を及ぼすかを明示して、
労働者が労働時間外における生活設計をたてられるように配慮することが必要不可欠であり、
そのためには、各日及び週における労働時間をできる限り具体的に特定することが必要であると解するのが相当です。
そして、変形期間を平均して、1週間当たりの労働時間が同法32条の定める1週間40時間の法定労働時間を超えないことという同法32条の2の要件からは、
他の日及び週の労働時間をどれだけ減らして超過時間分を吸収するかを示す必要があるため、
法定労働時間を超過する勤務時間のみならず、
変形期間内の各日及び週の所定労働時間を全て特定する必要があり、
さらに、常時10人以上を使用する事業場においては、
始業・終業時刻を就業規則において定めることを義務づけられていることから(同法89条1号)、
結局、かかる事業場においては、就業規則において変形期間内の毎労働日の労働時間を、
始業時刻、終業時刻とともに定めなければならないと解するのが相当です。
ウ、しかしながら、他方で、交通機関の運営等の公共性を有する事業を目的とする一定の事業場においては、
当該事業がその利用者の生活に重大な影響を与えるため、
災害や事故の発生等の緊急事態、労働者の年休取得や病欠等による要員不足等により、
事業の運営が滞りかねない事態が発生した場合には、
これらの事態に迅速に対応して事業を円滑に遂行すべく、
労働者に対しあらかじめ指定した勤務を変更して勤務させる必要性が非常に高いといえるから、
利用者への悪影響を最小限にとどめるために職務上やむを得ない事情が存する場合には、
労働者が勤務変更に応じざるを得ない事態が想定しえます。
エ、この点、同法には、同法32条の2に基づく1か月単位の変形労働時間制における勤務変更についての規定が一切存在しないが、
同条が「特定」を要するとした趣旨及び一定の事業場における高度な勤務変更の必要性に照らすと、
同法が1か月単位の変形労働時間制について勤務変更の許否に関する定めを置いていないのは、
使用者が任意に勤務変更をなすことが許されないとの意味を有するに止まり、
勤務指定前には予見することが不可能であったやむを得ない事由の発生した場合についてまで、
勤務変更を可能とする規定を就業規則等で定めることを一切禁じた趣旨に出たものとまではいえないと解すべきです。
オ、したがって、公共性を有する事業を目的とする一定の事業場においては、
同条に基づく1か月単位の変形労働時間制に関して、
勤務指定前に予見することが不可能なやむを得ない事由が発生した場合につき、
使用者が勤務指定を行った後もこれを変更しうるとする変更条項を就業規則等で定め、
これを使用者の裁量に一定程度まで委ねたとしても、
直ちに当該就業規則等の定めが同条の要求する「特定」の要件を充たさないとして違法となるものではないと解するのが相当です。
カ、ただし、勤務変更が、勤務時間の延長、休養時間の短縮及びそれに伴う生活設計の変更等により労働者の生活利益に対して少なからぬ影響を与えることが多いのは確かであるから、
使用者は、勤務変更をなし得る旨の変更条項を就業規則で定めるに際し、
同条が「特定」を要求した趣旨を没却せぬよう、
当該変更規定において、勤務変更が勤務指定前に予見できなかった業務の必要上やむを得ない事由に基づく場合のみに限定して認められる例外的措置であることを明示すべきであり、
のみならず、労働者の生活設計に対する十分な配慮の必要性からすれば、
労働者から見てどのような場合に勤務変更が行われるかを予測することが可能な程度に変更事由を具体的に定めることが必要であるというべきであって、
使用者が任意に勤務変更しうると解釈しうるような条項では、
同条の要求する「特定」の要件を充たさないものとして無効であるというべきです。
そこで、本件について検討するに、
Yは、鉄道事業という交通運送事業を目的とする会社であって、
その事業内容は、一定の運行予定時刻に従って多数の乗客等をその目的地まで運び、
その利便を図るという公共性の高いものです。
そして、このような公共交通機関において、
災害の発生、機材の故障、事故の発生等により、
ひとたびあらかじめ定められた運行時刻に従った運行が遅延、停止する事態、
あるいは、労働者の年休取得、病欠等により列車の運行に必要な要員が確保できず運行が中止される事態が生じた場合には、
利用者の生活に重大な悪影響を及ぼすことは不可避であることから、
これを防止するため、災害や事故等の緊急事態ないし労働者の年休取得や病欠等に対し緊急の勤務変更を行う高度の必要性を有するものといえます。
しかしながら、・・・Y就業規則55条1項ただし書は、
「ただし、業務上の必要がある場合は、指定した勤務を変更する。」と規定するだけの一般的抽象的な規定となっているのであり、
その解釈いかんによっては、
Yが業務上の必要さえあればほとんど任意に勤務変更をなすことも許容される余地があり、
労働者にとって、いかなる場合に勤務変更命令が発せられるかを同条項から予測することは、
著しく困難であるといわざるを得ません。
よって、同条項の勤務変更規定は、
労基法32条の2で法が要求する勤務時間の「特定」の要件を充たさないものとして、
その効力は、認められないと解するのが相当です。
よって、本件におけるXらに対する勤務変更がY就業規則55条1項ただし書に基づいてなされたものであり、
他の乗務員の年休取得、病欠ないし現車訓練の実施のためという勤務変更の理由が、
同条項の定める業務上の必要のある場合に該当するものであり、
かつ、労働者が従前の運用からかかる場合が勤務変更事由にあたることを予見できたとしても、
同勤務変更は、労基法32条の2の定める「特定」の要件に反する違法な就業規則の定めに基づくものとして、
無効であると解するのが相当です。
【控訴審判決の概要】
次のとおり補正するほかは、原判決の「第3争点に対する判断」の説示と同一であるから、
これを引用します。
Yは、同項ただし書は勤務特定の要件ではなく、
特定後の変更の要件を規定するものであるから、
労基法32条の2違反の問題は生じないと主張するが、
同条の規定に従って一旦特定された勤務を使用者が任意に変更し得ることとなった場合には、
同条が要求する「特定」の趣旨が没却されてしまうのであって、
同項ただし書の有効性を判断する上で、同条の「特定」の趣旨を勘案すべきであるから、
同主張も失当です。
カ、ただし、勤務変更が、勤務時間の延長、休養時間の短縮及びそれに伴う生活設計の変更等により労働者の生活に対し、
少なからず影響を与え、不利益を及ぼすおそれがあるから、
勤務変更は、業務上のやむを得ない必要がある場合に限定的かつ例外的措置として認められるにとどまるものと解するのが相当であり、
使用者は、就業規則等において勤務を変更し得る旨の変更条項を定めるに当たっては、
同条が変形労働時間制における労働時間の「特定」を要求している趣旨にかんがみ、
一旦特定された労働時間の変更が使用者の恣意によりみだりに変更されることを防止するとともに、
労働者にどのような場合に勤務変更が行われるかを了知させるため、
上記のような変更が許される例外的、限定的事由を具体的に記載し、
その場合に限って勤務変更を行う旨定めることを要するものと解すべきであって、
使用者が任意に勤務変更しうると解釈しうるような条項では、
同条の要求する「特定」の要件を充たさないものとして無効であるというべきです。
【労働基準法32条の2】
使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、又は就業規則その他これに準ずるものにより、一箇月以内の一定の期間を平均し一週間当たりの労働時間が前条第一項の労働時間を超えない定めをしたときは、同条の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる。
◯2 使用者は、厚生労働省令で定めるところにより、前項の協定を行政官庁に届け出なければならない。
【関連判例】
→「大星ビル管理事件と仮眠時間」
→「阪急トラベルサポート事件とみなし労働時間」
→「光和商事事件と事業場外みなし労働時間制」
→「大林ファシリティーズ事件と不活動時間」
→「京都銀行事件と黙示の指示による労働時間」
→「JR東日本(横浜土木技術センター)事件と1か月単位の変形労働時間制」