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労働者の年休申請が年休開始時季に接近していて、
使用者に年休時季変更を事前に判断する余裕がなかった場合、
時季変更権の行使はできないのでしょうか。
【事件の概要】
三原市立α小学校の教務主任の職にあったXが、
同校のA校長から年休取得の許可を得た上で、
広島県教職員組合(広教組)の平成13年度定期大会(本件定期大会)に参加したところ、
許可後に、違法な時季変更権を行使され、
これを前提として欠勤を理由とする給与・勤勉手当の減額、
教務主任の命課換え、文書訓告をされるという不利益を受けました。
そこで、Xは、精神的苦痛を被ったとして、三原市と広島県に対し、
国家賠償法に基づき、慰謝料等の支払を求めて争いました。
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【判決の概要】
年休は、労働者がその有する休暇日数の範囲内で、
具体的な休暇の始期と終期を特定して時季指定をしたときは、
客観的に労基法39条4項ただし書所定の事由(請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合)が存在し、
かつ、これを理由として使用者が時季変更権の行使をしないかぎり、
労働者の時季指定によって年休が成立し、当該労働日における就労義務が消滅するもの、
すなわち、年休の時季指定の効果は、
使用者の適法な時季変更権の行使を解除条件として発生するのであって、
年休の成立要件として、使用者の承認の観念を容れる余地はないものと解すべきです(最高裁昭和41年(オ)第848号昭和48年3月2日第2小法廷判決・民集27巻2号191頁)。
したがって、このような意味での労働者からの時季指定に対し、
使用者側から承認ないし不承認の意思表示がされたと認められる場合においては、
それらの意思表示は、それぞれ、時季変更権を行使しない旨の意思表示ないし時季変更権行使の意思表示としての意味を持つものというべきです。
そして、そのような意思表示がされていない場合における時季変更権の行使は勿論、
年休が一旦承認された場合においても、その後に予測し得ない事情の変更が生じるなど、
やむを得ない理由があれば、その後の時季変更権の行使(年休承認の撤回)が許されないわけではないが、
時季変更権の行使は適切な時期に遅滞なくされるべきであり、
特に、承認等によって労働者に休暇取得の期待を生じさせているような場合には、
その期待を保護する必要があります。
この意味で、時季変更権の行使に必要な合理的期間を徒過した不適切な時期における時季変更権の行使ないし一旦与えた承認の撤回は、
労基法39条4項ただし書に該当する事由が客観的に認められる場合であっても、
権利の濫用ないし信義則上許されないものとして違法、無効と解すべきです。
本件においては、前記認定のとおり、
県教委は、6月1日のA校長からの市教委を介した問合わせに対し、
年休届を受理した上で、場合によっては時季変更権を行使することなどの方針を決定しているところ、
このような処理を前提とする「受理」は、直接的には上記のような年休取得の要件に直接関わるものではなく、
内部手続上求められている事実上の措置にすぎず、この意味での「受理」がされたからといって、
これが直ちに年休の承認(時季変更権不行使の意思表示)を意味するものということはできません。
しかし、このような意味の「受理」であっても、個別的、具体的な場合において、
それが同時に、申請者に対する年休の承認(時季変更権不行使)の意思表示をも兼ね併せた意味で用いられ、
又は用いたものと認められる場合があることは別論です。
本件においては、6月1日に年休届が提出された際、
A校長は、Xに対し、再考を要請し、さらに、検討のために時間が必要であるとして回答を留保した後、
6月3日と4日に、特に4日午前9時30分ころには、
最終確認のためにされたXからの電話に対して、いずれも年休を受理する旨回答し、
ほかには連絡先を確認する程度のやりとりに止まったことは前記認定のとおりです。
その内容からすれば、それが時季変更権の行使の留保を前提とするものであることが明示されていたということはできません。
このようなA校長の対応は、一方では、年休の受理について使用者側の判断を前提とする行為として位置づけており、
他方で、受理の表明に際し、時季変更権の行使などが留保されていることを示すものでもなく、
これを一連の経過に即して客観的にみれば、少なくとも同人が6月4日午前に「年休を受理する」旨の回答をしたことは、
上記のような「受理」の意味に止まらず、6月5日の年休を承認したもの、
すなわち同日についての時季変更権を行使しないとの意思を表示したものと認めるのが相当です。
したがって、これを前提とする限り、6月4日午後6時ころに、
A校長がXに対して時季変更権を行使する旨伝えたことは、
既にされた年休の承認(時季変更権不行使の意思表示)を撤回する旨の意思表示を意味するというべきです。
そして、そのような形態での時季変更権の行使であっても、
前述のとおり、事情によっては許されないものではなく、
また、本件主任研修の実施日に休暇を与えることが労基法39条4項ただし書にいわゆる「事業の正常な運営を妨げる」場合に当たるとしても、
本件では、前記認定のとおり、A校長が年休の承認をしたものというべき6月4日午前の時点において、
6月5日に本件主任研修が開催される予定であることは明白な事実であって、
承認後に予測できない事態が生じたというものではなく(仮に、A校長において、県教委から時季変更権を行使すべき旨の具体的な指示があることを予測していなかったとしても、前記の事情からすれば当然予測すべき事柄である。)、
むしろ、そのような問題があったからこそ検討に時間を要するとして判断を留保し、
その結果として、受理する旨の回答をしたものです。
そして、6月1日のXによる時季指定の後、A校長が時季変更権を行使する機会は十分に存したものであり、
遅くとも6月4日午前のXからの最終確認の電話の際には、
これを行使すべきものであったということができます。
さらに、A校長が時季変更権を行使する旨の意思表示をしたのは6月4日午後6時ころのことであって、
その時点においては、既に本件定期大会は同日から開催されていて、
Xは同日に引き続き翌日も本件定期大会に参加するために、予約した宿泊場所に赴いており、
また本件定期大会の運営についてもXの参加を前提とした準備や打合せがされていて、
この時点で時季変更権の行使(年休承認の撤回)をすることは、
Xは勿論、その関係者にも予期せぬ不利益を与えるものです。
これらの事情を総合すれば、本件主任研修の必要性ないし非代替性を考慮したとしても、
6月4日午後6時ころにされたA校長の時季変更権の行使(年休承認の撤回)は、
既に時季変更権の行使のために必要と考えられる合理的期間を徒過した後にされたものと認められ、
信義則上許されず、違法かつ無効なものというべきです。
【労働基準法39条(年次有給休暇)】
使用者は、その雇入れ日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない。
◯2 使用者は、一年六箇月以上継続勤務した労働者に対しては、雇入れの日から起算して六箇月を超えて継続勤務する日(以下「六箇月経過日」という。)から起算した継続勤務年数一年ごとに、前項の日数に、次の表の上欄の掲げる六箇月経過日から起算した継続勤務年数の区分に応じ同表の下欄に掲げる労働日を加算した有給休暇を与えなければならない。ただし、継続勤務した期間を六箇月経過日から一年ごとに区分した各期間(最後に一年未満の期間を生じたときは、当該期間)の初日の前日の属する期間において出勤した日数が全労働日の八割未満である者に対しては、当該初日以後の一年間においては有給休暇を与えることを要しない。
「六箇月経過日から起算した 「労働日」
継続勤務年数」
一年 一労働日
二年 二労働日
三年 四労働日
四年 六労働日
五年 八労働日
六年以上 十労働日
◯5 使用者は、前各号の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。
【まとめ】
時季変更権の行使に必要な合理的期間を徒過した不適切な時期における時季変更権の行使は、
労基法39条4項ただし書に該当する事由が客観的に認められる場合であっても、
権利の濫用ないし信義則上許されないものとして違法、無効となります。
【関連判例】
→「此花電報電話局事件と時季変更権」
→「弘前電報電話局事件と使用者の配慮」
→「横手統制電話中継所事件と配慮の無い時季変更権の行使」
→「高知郵便局計画休暇事件と時季変更権」
→「西日本ジェイアールバス事件と「事業の正常な運営を妨げる場合」」
→「電電公社関東電気通信局事件と使用者の配慮」