S社(性同一性障害者解雇)事件と身だしなみに関する服務命令

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性同一性障害の診断を受け、

家裁で女性名への改名を認められた労働者が、

女性の服装、化粧等をして出勤したことを理由とする懲戒解雇は、

有効なのでしょうか。

【事件の概要】


株式会社Yの本社調査部に勤務する社員で、

性同一性障害の診断を受けてカウンセリングを開始し、

翌年に家裁で女性名への改名を認められたXは、

製作部製作課への配置転換を内示されたため、

女性として就労することを認めて欲しい旨の申出をしました。

その後、Yから確認書を示された際にも、

Yが本件申出を承認しなければ配置転換を拒否する旨を回答していたが、

Yから正式に配転命令の辞令が発せられました。

それに対しXは、の写し及び本件申出を承認しないとの通知書(写)を破棄したものをYに送付したり、

引継ぎ業務も行わず2週間出社しなかったり、

その後、配転先に出社した際にも、女性の服装、化粧等をしていたため、

出社しては服務命令違反を理由に自宅待機命令が発せられるといったことを繰り返していました。

そのため、Yは、業務命令(女装で出勤しないこと等)に全く従わなかったことを理由に、

Xを懲戒解雇しました。

そこで、Xは、Yに対し、本件懲戒解雇は無効であると主張して、

地位保全及び賃金・賞与の仮払いを求めて争いました。

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【判決の概要】


Xが在籍していた調査部において、Yの組織変更の一環として、

調査業務を外注にし、Y社員が外注者への管理業務に集中することにより人員を削減する方針を立てたこと、

他方、製作部において、増員が必要になった企画開発部開発編集課への異動により欠員1名が生じ、

調査部からこの欠員を補充することになったこと、

この補充者について、調査業務の外注によりXが従事していた調査業務をなくす方針であったこと、

外注者への管理業務につき他に適任者がいたこと、

Xにとって、製作部における印刷出版等に関する業務が、

未経験であり、有益になるであろうこと等の事情により、

調査部員6名の中からXを選んだことが認められます。

これらの事実によれば、本件配転命令は、Yにおける業務上の必要に基づき、

合理的な人選を経て行われたものであり、相当なものと認められます。

Xが、3月5日から4月17日までの出勤日、

Yから本件服務命令によりYから女性の容姿をすることを禁止されていたが、

これに従わずに女性の容姿をして出社し続け、

その都度、Yから自宅待機を命じられたことは、前提となる事実(4)イ、オのとおりです。

たしかに、Xは、従前は男性として、男性の容姿をして債務者に就労していたが、

1月22日、Yに対し、初めて女性の容姿をして就労すること等を認めるように求める本件申出をし、

3月4日、本件申出がYから承認されなかった後に最初に出社した日、

突然、女性の容姿をして出社し、配転先である製作部製作課に現れたのであり、

Y社員がXのこのような行動を全く予期していなかったであろうことを考えると、

Y社員(特に人事担当者や配転先である製作部製作課の社員)は、

女性の容姿をしたXを見聞きして、ショックを受け、

強い違和感を抱いたものと認められます。

そして、Y社員の多くが、当時、Xがこのような行動をするに至った理由をほとんど認識していなかったであろうことに加え、

一般に、身体上の性と異なる性の容姿をする者に対し、

その当否はさておき、興味本位で見たり、嫌悪感を抱いたりする者が相当数存すること〈証拠略〉、

性同一性障害者の存在、同障害の症例及び対処方法について、

医学的見地から専門的に検討され、これに関する情報が一般に提供されるようになったのが、

最近になってからであること〈証拠略〉に照らすと、

Y社員のうち相当数が、女性の容姿をして就労しようとするXに対し、

嫌悪感を抱いたものと認められます。

また、Yの取引先や顧客のうち相当数が、女性の容姿をしたXを見て違和感を抱き、

Xが従前に男性として就労していたことを知り、

Xに対し嫌悪感を抱くおそれがあることは認められます。

さらに、一般に、労働者が使用者に対し、

従前と異なる性の容姿をすることを認めてほしいと申し出ることが極めて稀であること、

本件申出が、専らX側の事情に基づくものである上、

Y及びその社員に配慮を求めるものであることを考えると、

Yが、Xの行動による社内外への影響を憂慮し、当面の混乱を避けるために、

Xに対して女性の容姿をして就労しないよう求めること自体は、

一応理由があるといえます。

しかし、Xが、平成○年○月○日以降、○に通い、性同一性障害(性転換症)との診断を受け、

精神療法等の治療を受けていること、

同年○月○日、妻との調停離婚が成立したこと、

Xが受診した上記○の医師が作成した平成○年○月○日付け診断書において、

Xについて、女性としての性自認が確立しており、

今後変化することもないと思われる、

職場以外において女性装による生活状態に入っている旨記載されていること、

Xが、同年7月2日、家庭裁判所の許可を受けて、

戸籍上の名を通常、男性名である「○」から、女性名とも読める「○」に変更したことは、

前提となる事実(8)のとおりです。

そして、疎明資料(〈証拠略〉)によれば、性同一性障害(性転換症)は、

生物学的には自分の身体がどちらの性に属しているかを認識しながら、

人格的には別の性に属していると確信し、日常生活においても別の性の役割を果たし、

別の性になろうという状態をいい、

医学的にも承認されつつある概念であることが認められ、

また、疎明資料(〈証拠略〉)によれば、

Xが、幼少のころから男性として生活し、成長することに強い違和感を覚え、

次第に女性としての自己を自覚するようになったこと、

Xは、性同一性障害として精神科で医師の診療を受け、ホルモン療法を受けたことから、

精神的、肉体的に女性化が進み、平成13年12月ころには、

男性の容姿をしてYで就労することが精神、肉体の両面において次第に困難になっていたことが認められます。

これらによれば、Xは、本件申出をした当時には、

性同一性障害(性転換症)として、精神的、肉体的に女性として行動することを強く求めており、

他者から男性としての行動を要求され又は女性としての行動を抑制されると、

多大な精神的苦痛を被る状態にあったということができます。

そして、Yにおいて、Xの業務内容、就労環境等について、

本件申出に基づき、Y、X双方の事情を踏まえた適切な配慮をした場合においても、

なお、女性の容姿をしたXを就労させることが、

Yにおける企業秩序又は業務遂行において、著しい支障を来すと認めるに足りる疎明はありません。

以上によれば、Xによる本件服務命令違反行為は、

懲戒解雇事由である就業規則88条9号の「会社の指示・命令に背き改悛せず」に当たり、

また、57条の服務義務に違反するものとして、

懲戒解雇事由である88条13号の「その他就業規則に定めたことに故意に違反し」には当たり得るが、

前記ウ、エの各事情を考えると、前記イの事情をもって、

懲戒解雇に相当するまで重大かつ悪質な企業秩序違反であると認めることはできません。

よって、解雇事由〔5〕は、懲戒解雇の相当性を認めさせるものではありません。

本件解雇は権利の濫用に当たり無効です。

【関連判例】


「イースタン・エアポートモータース事件と身だしなみに関する命令」
「東谷山家事件と身だしなみに関する命令」