スポンサーリンク
労働者が退職勧奨を拒否したことへの報復として退職に追い込むため、
又は合理性に乏しい大幅な賃金減額の正当化のための配転命令は、
認めれれるのでしょうか。
【事件の概要】
Yは、染料、油脂、プラスチック等の化学工業製品を扱う専門商社です。
Xは、平成12年4月に総合職としてYに雇用され、
大阪営業部で新規取引先開発営業を担当していました。
Xは、平成16年4月に大阪営業部の課長に命じられていたが、
平成18年頃、Yにおいて、高圧ガス取扱免許の取得が必要となり、
Xに対して免許試験を受験するように打診したが、Xはこれを断りました。
A社長は、平成21年6月26日に社長に就任したが、
その後間もなく、Xに対して出張および接待をしないように指示しました。
平成21年度から23年度までのXの営業成績は、
各年度とも大阪営業部の従業員の中で最下位であり、
Xが入社後に新規開拓に成功した取引先は10件であるが、
このうちYの売上げおよび利益に顕著な貢献をした案件はありませんでした。
平成22年11月30日、同年12月7日、同月9日、Yは、
Xに対して退職勧奨を行ったが、Xはこれを拒否しました。
平成23年1月17日、再度退職勧奨を行ったがXが拒否したため、
Yは、同月21日付けで、Xに対して、
大阪倉庫への配転および大阪営業部課長の職を解きました(「本件降格命令」)。
そこで、Xは、配転命令の無効と配転先での就労義務不存在の確認、
賃金の減額の無効による差額賃金の支払、差額賞与の支払、
不法行為による損害賠償を求めて争いました。
スポンサーリンク
【判決の概要】
2 本件配転命令が配転命令権を濫用したものか(争点(1))について
(1)Yの就業規則33条には、「会社は業務上必要あるときは従業員に職場もしくは職務の変更または転勤を行う。〈2〉前項の異動を命ぜられた従業員は、正当な理由なくこれを拒むことはできない。」との規定があるから(前提事実(2))、
Yは、Xに対し、職場又は職務の変更を命ずる権限を有すると解されます。
そして、使用者の配転命令権は、無制約に行使することができるものではなく、
これを濫用することは許されないところ、
業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、
当該配転命令が他の不当な動機や目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、
特段の事情の存する場合でない限りは、
当該配転命令は権利の濫用になるものではないと解される(最高裁判所昭和61年7月14日第2小法廷判決・裁判集民事148号281頁参照)。
以下においては、上記特段の事情があるか否かを検討します。〔中略〕
(オ)以上の認定判断を総合すると、Xは、Yに入社後、
結果的に十分な営業成績を残すことができなかったが、
これは、Xに割り当てられた業務の性質によるものであり、
Xの適性や能力によるものとは認められない上、
Yは、長期間にわたりXの営業成績を問題視していなかったのであるから、
本件配転命令当時、Xは総合職としての適性及び能力を欠いていなかったものと認められます。〔中略〕
以上の認定判断によれば、Xは営業担当の総合職としての適性を欠いておらず、
YがXを大阪営業部から大阪倉庫に配転する必要性は乏しかったということができます。
(3) 不当な動機及び目的の有無について
ア 上記1(1)の認定事実及び上記(2)の認定判断によれば、
〈1〉Xは営業担当の総合職としての適性を欠いておらず、
Yは、従前、Xの営業成績をことさら問題視していなかったにもかかわらず、
平成22年11月30日、Xに対し、突然退職を勧奨したこと、
〈2〉Yは、その後約2か月にわたり、Xに対し退職勧奨を繰り返したが、
Xがこれを拒否したため、本件配転命令をしたことが認められます。
そして、大阪倉庫には2名の従業員を配置することが必要なほどの業務量はなく、
Xが大阪倉庫において行うべき業務はほとんど存在しないこと、
本件配転命令は、Xの職種を総合職から運搬職に変更し、
これに伴い、賃金水準を大幅に低下させるものであることをも考慮すると、
Yは、Xが退職勧奨を拒否したことに対する報復として退職に追い込むため、
又は合理性に乏しい大幅な賃金の減額を正当化するために本件配転命令をしたことが推認されます。
そうすると、本件配転命令は、業務上の必要性とは別個の不当な動機及び目的によるものということができます。〔中略〕
(4) 通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の有無
ア 上記(2)アで認定判断したとおり、
Xは営業担当の総合職としての適性を欠いていなかったことが認められるところ、
前提事実(4)、(6)のとおり、
本件配転命令は、Xの職種を総合職から運搬職に変更し、
これに伴い賃金を2分の1以下へと大幅に減額するものであることが認められます。
そうすると、本件配転命令は、Xに対し、
社会通念上、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものというべきです。〔中略〕
(5) 本件配転命令の効力
以上によれば、本件配転命令は、業務上の必要性が乏しいにもかかわらず、
業務上の必要性とは別個の不当な動機及び目的の下で行われたものであり、
かつ、Xに対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるから、
権利の濫用として無効というべきです。
3 本件降格命令が人事上の裁量権を逸脱、濫用したものか(争点(2))について
(1)前提事実(5)のとおり、本件降格命令は、
YがXの職種を総合職から運搬職に変更したことに伴うものであるところ、
上記2で認定判断したとおり、その前提となる本件配転命令は、
業務上の必要性が乏しいにもかかわらず、
不当な動機及び目的の下で行われたものであり、
かつ、Xに対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるから、
権利の濫用として無効であり、
また、上記2(2)ア(ウ)で認定判断したとおり、
Yは、本件降格命令までの間、Xについて総合職としての適性を問題視したことはなく、
課長職からの降職を具体的に検討したこともなかったのに、
本件配転命令に伴って突然なされたことからすると、
本件降格命令は、Yの人事上の裁量権の範囲を逸脱したものであり、
権利の濫用として無効というべきです。
4 本件配転命令が不法行為を構成するか(争点(3))について
(1) 不法行為の成否
上記2で認定判断したとおり、Yは、業務上の必要性が乏しいにもかかわらず、
Xが退職勧奨を拒否したため、Xを退職に追い込み、
又は合理性に乏しい賃金の大幅な減額を正当化するという業務上の必要性とは別個の不当な動機及び目的の下で本件配転命令をしたことが認められます。
そうすると、本件配転命令は、社会的相当性を逸脱した嫌がらせであり、
Xの人格権を侵害するものであるから、
民法709条の不法行為を構成するというべきです。
【関連判例】
→「東亜ペイント事件と転勤拒否」
→「ケンウッド事件と異動命令拒否」
→「日東タイヤ事件と出向拒否」
→「九州朝日放送事件と配転命令」
→「精電舎電子工業事件と不当な動機・目的の配転命令」