黒川建設事件と親会社の労働契約上の責任

(東京地判平13.7.25)

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親会社が子会社を実質的には一事業部門として完全に支配しているなど、

子会社の法人格がまったくの形骸にすぎない場合、

子会社を退職した労働者は、親会社に対して、

退職金等の支払の請求はできるのでしょうか。

【事件の概要】


X1は、Sグループ内の旧Y1建設に就職し、同社の取締役就任を経て、

旧Y1建設の各部門を分社・独立して設立された株式会社Y1、

及びS事務所の取締役に就任しました。

その後、S事務所の代表取締役(Y1の取締役は退任)を務めていたX1は、

S事務所を退職しました。

その際、X1に対して、従業員としての退職金は支払われませんでした。

そこで、X1は、S事務所の法人格は全くの形骸にすぎないとして、

Sグループの社主Y2とS事務所の親会社であるY1に対し、

退職金及び未払賃金の支払を請求しました。

また、同じくS事務所の取締役を努めていたX2も、

退職にあたり退職が支払われなかったため、同様の訴えを請求しました。

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【判決の概要】


Sグループにおいては、少なくとも退職金の算定に関しては、

取締役という地位は、係長、課長、部長と同様、

部長の上位に位置する管理職の一つと捉えられ、

Sグループの従業員は役員に就任した後も退職金規定にいう「従業員」たる身分を失わず、

役員就任の期間も通算して退職金の額を算出することを当然の前提としていたということができます。

上記事実によれば、Xらは、S企画設計事務所の代表取締役又は取締役に就任した後も、

本件就業規則60条(又はSグループ就業規則59条)により退職金支給を受ける「従業員」であるというべきであり、

これに反するYらの主張は採用できません。〔中略〕

およそ法人格の付与は社会的に存在する団体についてその価値を評価してなされる立法政策によるものであって、

これを権利主体として表現せしめるに値すると認めるときに法的技術に基づいて行われるものです。

従って、法人格が全くの形骸にすぎない場合、

またはそれが法律の適用を回避するために濫用されるが如き場合においては、

法人格を認めることは、法人格なるものの本来の目的に照らして許すべからざるものというべきであり、

法人格を否認すべきことが要請される場合を生じます(最高裁昭和44年2月27日第1小法廷判決民集23巻2号511ページ参照)。

そして、株式会社において、法人格が全くの形骸にすぎないというためには、

単に当該会社の業務に対し他の会社または株主らが、

株主たる権利を行使し、利用することにより、

当該株式会社に対し支配を及ぼしているというのみでは足りず(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律9条は他社の事業活動を支配することを主たる事業とする持株会社を原則として適法とすることが参照されるべきである。)、

当該会社の業務執行、財産管理、会計区分等の実態を総合考慮して、

法人としての実体が形骸にすぎないかどうかを判断するべきです。〔中略〕

S企画設計事務所は、外形的には独立の法主体であるとはいうものの、

実質的には、設立の当初から、事業の執行及び財産管理、

人事その他内部的及び外部的な業務執行の主要なものについて、

極めて制限された範囲内でしか独自の決定権限を与えられていない会社であり、

その実態は、分社・独立前、Aの建設本部に属する設計部であったときと同様、

Sグループの中核企業であるY1建設の一事業部門と何ら変わるところはなかったというべきです。

そして、Y2は、そのようなS企画設計事務所を、

同社の代表取締役であった時期はもとより、そうでない時期においても、

S企画設計事務所の代表取締役あるいはY1建設の代表取締役としての立場を超え、

Sグループの社主として、

直接自己の意のままに自由に支配・操作して事業活動を継続していたのであるから、

S企画設計事務所の株式会社としての実体は、

もはや形骸化しており、これに法人格を認めることは、

法人格の本来の目的に照らして許すべからざるものであって、

S企画設計事務所の法人格は否認されるというべきです。

そして、本件においては、S企画設計事務所は、

Y1建設の一営業部門としてY1に帰属しその支配下にある側面と、

同時に、社主であるY2の直接の支配下に属する側面をも二重に併せ持っていたことからすれば、

法人格否認の法理が適用される結果、

Yらは、いずれもS企画設計事務所を実質的に支配するものとして、

S企画設計事務所がXらに対して負う未払賃金債務及び退職金債務について、

同社とは別個の法主体であることを理由に、

その責任を免れることはできないというべきです。

【まとめ】


単なる支配関係を超えて、

親会社が子会社を実質的には一事業部門として完全に支配しているなど、

子会社の法人格がまったくの形骸にすぎないと評価される場合は、

「法人格否認の法理」を適用して、子会社の法人格を否認することにより、

親会社に対して労働契約上の責任を負わせることもある。

【関連判例】


「朝日放送事件と使用者」
「サガテレビ事件と黙示の労働契約」
「徳島船井電機事件と親会社の労働契約上の責任」
「大映映像ほか事件と黙示の労働契約の成立」