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労働者が勤務先からの帰宅途中に、介護のため義父宅に寄り、
その後、自宅へ帰宅している時に事故にあって障害を負った場合、
通勤災害と認められるのでしょうか。
【事件の概要】
Xは、B建材店に勤務し、自宅から会社に通勤していました。
帰路は、身体障害者であるXの義父の介護のために、
月曜日から土曜日までの勤務日のうち4日間程度、義父宅に立ち寄り、
Xの妻が作った夕食を温めたり、入浴の介助をするなどしていました。
Xは、平成13年2月26日、勤務終了後、午後6時30分ころ、
義父を介護するため、勤務先から義父宅へ徒歩で向かいました。
Xは、午後6時50分ころ、義父宅に到着し、義父の夕食の用意などの介護を行い、
その後、同日午後8時30分ころ、義父宅を出てX宅へ向かいました。
Xは、X宅へ向かう途中、8時45分ころ、原動機付き自転車と衝突し、
頭部外傷、頭蓋骨骨折、脳挫傷等の傷害を負いました。
Xは、この事故を通勤災害に当たるとして、羽曳野労基署長Yに対して、
休業給付を請求したが、Yは、不支給処分をしました。
そこで、Xは、処分の取消を求めて争いました。
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【判決の概要】
当裁判所は、Xの本件請求は、理由があるから認容するのが相当であると判断します。
〔中略〕
上記(2)認定の事実(原判決11頁5行目から17行目まで)によれば、
〔1〕義父は、85才の高齢であり、両下肢機能全廃のため、
食事の世話、入浴の介助、簡易トイレにおける排泄物の処理といった日常生活全般について介護が不可欠な状態であったところ、
〔2〕X夫婦は義父宅の近隣に居住しており、
独身で帰宅の遅い義兄と同居している義父の介護を行うことができる親族は他にいなかったことから、
Xは、週4日間程度これらの介護を行い、
Xの妻もほぼ毎日父のために食事の世話やリハビリの送迎をしてきたこと等を指摘することができます。
これらの諸事情に照らすと、Xの義父に対する上記介護は、
「労働者本人又はその家族の衣、食、保健、衛生など家庭生活を営むうえでの必要な行為」というべきであるから、
労災保険規則8条1号所定の「日用品の購入その他これに準ずる行為」に当たるものと認められます。〔中略〕
しかしながら、合理的な経路とは、事業場と自宅との間を往復する場合に、
一般に労働者が用いると認められる経路をいい、
必ずしも最短距離の唯一の経路を指すものでないから、
この合理的な経路も、一人の労働者にとって一つとは限らず、
合理的な経路が複数ある場合には、
そのうちのどれを労働者が選択しようが自由であると解されています。
また、徒歩で通勤する場合に、この合理的な経路である限り、
労働者が道路のいずれの側を通行するかは問わないと解するのが相当です。
すなわち、事業場と自宅が道路の同一側に存しない場合には、
いずれの側を通行することも合理的な経路となり、
また、事業場と自宅が同一側に存したとしても、
道路状況によっては、道路の反対側を通行するほうが安全である場合もあり、
最短距離をもって合理的な経路と定めていないことに照らせば、
片側のみをその合理的な経路とし、
道路の反対側を通行することが合理的な経路を外れていると解釈することは相当ではありません。
これを本件についてみるに、Xは、自宅から事業場への往路については、
原判決別紙通勤経路図の往路と記載された経路を通行し、
復路については、同図の復路と記載された経路を通行していたのであり、
これらの経路がいずれも合理的な経路であることは、
Yも認めているところです。
そして、上記(1)で認定したとおり(原判決14頁1行目から5行目まで)、
本件交差点は特に規模の大きな交差点ではない上、
証拠(〈証拠略〉)によれば、Yが唯一合理的通勤経路(退路)であるという本件交差点より西の東西道路北側には路側帯があるものの、
傾斜していたり、電柱が路側帯内に立っていたりして、通りにくい状態であること、
本件交差点では南北道路が東西道路に対して優先道路となっており、
東西道路には一時停止の規制があるため、
東西道路においては自動車が渋滞することもあり、
時間帯によっては更に通りにくい状態となること、
東西道路の南側には路側帯はないものの、
平坦であって歩行に支障はないことが認められるところ、
これらの具体的道路状況にかんがみると、
Xが本件交差点東側を南下した後、
そこから西に向かって帰る経路も合理的なものとして通常の経路というべきです。
また、同図面の復路と記載された経路を往路に使用したとしても、
合理的な経路と認められるから、
Xが東西道路の南側を通行して本件交差点東側を南から北に横断することも合理的経路の一つというべきです。
したがって、本件交差点付近についてみれば、
本件交差点より北の南北道路の両側及び本件交差点より西の東西道路の両側と本件交差点全体が合理的な経路と解するのが相当です。
証拠(〈証拠略〉)によれば、Xは、本件交差点に至った後、
その東側を南から北へ約3m渡った地点で本件事故に遭ったことが認められるのであるから、
Xが本来の合理的な通勤経路に復した後に本件事故が生じたものと認めるのが相当です。〔中略〕
しかしながら、労働政策審議会がすべての事象について議論することは困難であるから、
上記「日用品の購入その他これに準ずる行為」に該当するか否かは社会常識に照らして判断されるべきであって、
たとえ労働政策審議会の議論を経ていないとしても、
時代の変化に応じて、これに該当すると解釈することも許されないわけではありません。
これを本件についてみるに、乙第12号証の「通勤災害保護制度についての意見書」によれば、
高齢化社会を迎えて、在宅介護の要請はますます大きくなっており、
通勤災害との関係でも介護等の利益を立法上考慮すべき時期に来ていることが認められるから、
たとえ労働政策審議会において介護に関する議論がされていないとしても、
介護が「労働者本人又はその家族の衣、食、保健、衛生など家庭生活を営むうえで必要な行為」である場合には、
当該行為は「日用品の購入その他これに準ずる行為」に該当すると解するのが相当です。
Xの義父に対する介護が「労働者本人又はその家族の衣、食、保健、衛生など家庭生活を営むうえで必要な行為」であることは、
前記認定のとおりであるから、
「日用品の購入その他これに準ずる行為」に該当するものというべきです。
【労災保険法7条】
第七条 この法律による保険給付は、次に掲げる保険給付とする。
一 労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡(以下「業務災害」という。)に関する保険給付
二 労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡(以下「通勤災害」という。)に関する保険給付
三 二次健康診断等給付
◯2 前項第二号の通勤とは、労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとする。
一 住居と就業の場所との間の往復
二 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
三 第一号に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当するものに限る。)
◯3 労働者が、前項各号に掲げる移動の経路を逸脱し、又は同項各号に掲げる移動を中断した場合においては、当該逸脱又は中断の間及びその後の同項各号に掲げる移動は、第一項第二号の通勤としない。ただし、当該逸脱又は中断が、日常生活上必要な行為であつて厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のものである場合は、当該逸脱又は中断の間を除き、この限りでない。
【関連判例】
→「横浜南労基署長(東京海上横浜支店)事件と業務起因性」
→「神戸東労基署長(ゴールドリングジャパン)事件と出張中の疾病」
→「大館労基署長(四戸電気工事店)事件と業務上の疾病」
→「十和田労基署長事件と通勤途上の災害」
→「行橋労基署長事件と歓送迎会終了後の送迎行為」
→「福井労基署長(足羽道路企業)事件と業務遂行性」
→「鳴門労基署長(松浦商店)事件と出張中の労働災害」
→「国・中央労基署長(通勤災害)事件と飲酒を伴う会合」
→「能代労基署長(日動建設)事件と「住居・就業の場所」」
→「札幌中央労基署長(札幌市農業センター)事件と合理的な往復経路の「逸脱・中断」」