スポンサーリンク
過重な長時間労働と発注先からの新たな品質管理基準への対応を迫られる中、
リーダーへ昇格するなどの心理的負荷等が更に加わり自殺するに至った労働者に対して、
使用者の注意義務違反は認められるのでしょうか。
【事件の概要】
Yは、自動車部品、農業用機械部品等の製造・販売を目的とする会社です。
Xは、1996年にYに入社し、塗装業務に従事していました。
2002年3月、Yではクレーム削減目標を掲げ、
製造工程での対策を強化することとなり、
さらに受注の増加も加わったことにより、Xの残業が増加していました。
2002年4月、Xは班のリーダーに昇格し、心理的・肉体的に追いつめられ、
同年5月14日に自殺するに至りました。
そこで、Xの妻及びその子らは、
Yの安全配慮義務違反による損害賠償等を求めて争いました。
Xの1か月当たりの時間外労働・休日労働時間は、
自殺の1か月前が118時間11分、2か月前が118時間32分、3か月前が84時間48分でした。
また、上記期間内におけるXの連続勤務は最高13日間であり、
深夜10時を越えて勤務したのは12日間あります。
スポンサーリンク
【判決の概要】
Xの上記時間外労働・休日労働の時間数は、
Y社の三六協定に定める1か月当たりの時間外労働時間の月45時間を著しく超過し、
本件自殺から1か月前の期間及び同1か月から2か月間の期間は約2.6倍に至っています。
同協定においては、上記の目安を超えて労使が協議の上延長することができる時間は1か月当たり61時間とされているが、
Xの上記期間における時間外労働・休日労働時間はかかる61時間も大きく超えるものです。
平均残業時間が60時間以上となるとライフイベントの合計点数は極めて高く(ストレス度が強くなる。)なるとされ、
さらに長時間労働は、心身の余力や予備力を低下させ、
ストレス対処能力を大幅に低下させ、
その結果、ちょっとしたストレスフルな出来事に対してもパニックに陥りやすい状態が作られるとの専門的知見を勘案すれば、
このような顕著な時間外・休日労働は、
それ自体で過酷な肉体的・心理的負荷を与えるものであったといえます。
Xは、本件自殺3か月前から過重な長時間労働に従事したことによる肉体的・心理的負荷に、
1か月余り前には、発注先からの新たな品質管理基準への対応が会社として迫られる中、
リーダーへ昇格するなどの心理的負荷等が更に加わるという正に過重労働の最中に、
他に特段の動機がうかがわれない状況で、本件自殺に及んでいるものであり、
その経過からして、本件自殺と業務との間に因果関係があります。
Y社は、Xを過重な長時間労働の環境に置き、これに加え、
Xがリーダーへ昇格したことなど心理的負担の増加要因が発生していたにもかかわらず、
Xの実際の業務の負担量や職場環境などに何らの配慮をすることなく、
その状態を漫然と放置していたのであって、
かかるY社の行為は、不法行為における過失(注意義務違反)をも構成します。
Xの変調が表面化してから自殺へ至るまでの経過は急進的であり、
X本人や家族にとっても専門医の診療を受けるなどの行動を取ることは容易でなかったといえます。
他方、Xの就労状況からすれば、同人からの訴えを待つまでもなく、
使用者であるY社が当然に労働時間の抑制その他適切な措置を取るべきであったといえるから、
この点で、Xの側に過失を認めることはできません。
また、本件自殺の原因について家族関係などの個人的な要因を認めることはできず、
Xの性格などに上記損害額を減額すべき要因を認めることはできません。
したがって、本件において、過失相殺を認めることは相当でありません。
【関連判例】
→「川義事件と安全配慮義務」
→「陸上自衛隊八戸車両整備工場事件と国の安全配慮義務」
→「三菱重工業神戸造船所事件と元請企業の安全配慮義務」
→「高知営林署事件と国の安全配慮義務」
→「電通過労自殺事件と長時間労働」
→「前田道路事件と安全配慮義務」
→「日本政策金融公庫(うつ病・自殺)事件と安全配慮義務」
→「東芝(うつ病・解雇)事件と過失相殺」
→「NTT東日本北海道支店事件と過失相殺」