前田道路事件と安全配慮義務

(高松高判平21.4.23)

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架空出来高の計上等の不正経理を行っていた労働者が、

不正経理の解消等につき上司らにより指導や叱責を受けた後、

うつ病を発症し自殺するに至った場合、

使用者の安全配慮義務違反は認められるのでしょうか。

【事件の概要】


Yは、道路建設を主たる業務とする会社であり、Dは昭和61年にYに入社し、

平成15年4月にT営業所長に就任しました。

Dは、所長に就任した1か月後頃から、

部下に指示して受注高、出来高、原価等につき現実と異なる数値を報告する不正経理を開始しました。

Dの上司は、T営業所の報告する数字に異常があることに気付き、

Dが架空出来高の計上を認めたため、正しい数値に戻すよう指示しました。

平成16年初め頃、Ⅾから「架空出来高」を是正したとの報告を受けて信用し、

それ以上の調査を行わなかったが、実際には是正されていませんでした。

平成16年9月の業績検討会議の席で、

Dの上司がDの部下に対し資料の数字が違うことを注意したが、

これはDにとっては、自分が指示した不正経理について、

面前でその部下が注意されるという状況でした。

その際Dに対して、「会社を辞めれば済むと思っているかも知れないが、辞めても楽にはならないぞ」と叱責するとともに、

「皆が力を合わせて頑張ってやろう」と従業員全員を鼓舞しました。

そして業績検討委員会の3日後、DはT営業所において「怒られるのも、言い訳するのも疲れました。自分の能力のなさにあきれました」といった内容の遺書を遺して自殺しました。

そこで、Dの相続人であるXらは、

Dの死亡は業務命令の限界を超えたノルマ達成を強要されたことによりうつ病を発症したことが原因であるとして、

主位的には不法行為責任、予備的には安全配慮義務違反を理由として、

損害賠償金等の支払を求めて争いました。

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【判決の概要】


Xらは、Dの上司らが、Dに対し、

社会通念上正当と認められる職務上の業務命令の限界を著しく超えた過剰なノルマ達成の強要及び執拗な叱責をしたと主張します。

しかしながら、Yの営業所は、独立採算制を基本にしており、

過去の実績を踏まえて翌年度の目標を立てて年間の事業計画を自主的に作成していたこと、

T営業所の年間事業計画はDの前任者が作成したが、

第80期の年間事業計画はDがT営業所の過去の実績を踏まえて作成し、

四国支店から特に事業計画の増額変更の要請はなかったことが明らかであって、

T営業所における業績環境が困難なものであることを考慮しても、

当初の事業計画の作成及び同計画に基づく目標の達成に関しては、

Dの上司らからDに対する過剰なノルマ達成の強要があったと認めることはできません。

他方で、Dの上司らからの約1800万円の架空出来高を遅くとも平成16年度末までに解消することを目標とする業務改善の指導は、

従前に年間業績で赤字を計上したこともあったことなどのT営業所を取り巻く業績環境に照らすと、

必ずしも達成が容易な目標であったとはいい難いです。

さらに、FはDに対して、平成16年のお盆以降、

毎朝工事日報を報告させ、工事日報の確認に関する指導を行っていたが、

その際にDが落ち込んだ様子を見せるほどの強い叱責をしたことがあったことが認められます。

しかし、T営業所においては、Dが営業所長に就任するまでは、

営業所の事業成績に関するデータの集計結果を四国支店に報告する際に実際とは異なる数値を報告するといった不正経理は行われていなかったが、

Dは、T営業所長に就任した1か月後の平成15年5月ころから、

部下に命じて架空出来高の計上等の不正経理を開始し、

同年6月ころ、これに気付いたGから架空出来高の計上等を是正するよう指示を受けたにもかかわらず、

これを是正することなく漫然と不正経理を続けていたため、

平成16年7月にも、F、G及びIから架空出来高の計上等の解消を図るように再び指示ないし注意を受けていました。

さらに、その当時、T営業所においては、

工事着工後の実発生原価の管理等を正確かつ迅速に行うために必要な工事日報を作成しておらず、

このため、同年8月上旬、T営業所の工事の一部が赤字工事であったことを知ったFから工事日報の提出を求められた際にも、

Fの求めに応じることができませんでした。

このように、Dの上司からDに対して架空出来高の計上等の是正を図るように指示されたにもかかわらず、

それから1年以上が経過した時点においてもその是正がされていなかったことや、

T営業所においては、工事着工後の実発生原価の管理等を正確かつ迅速に行うために必要な工事日報が作成されていなかったことなどを考慮に入れると、

Dの上司らがDに対して不正経理の解消や工事日報の作成についてある程度の厳しい改善指導をすることは、

Dの上司らのなすべき正当な業務の範囲内にあるものというべきであり、

社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超えるものと評価することはできないから、

上記のようなDに対する上司らの叱責等が違法なものということはできません。

Dの上司らがDに対して行った指導や叱責は、

社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超えた過剰なノルマ達成の強要や執拗な叱責に該当するとは認められないから、

Dの上司らの行為は不法行為に当たらないというべきです。

Xらは、(1)恒常的な長時間労働、(2)計画目標の達成の強要、

(3)有能な人材の配置等支援の欠如、(4)Dに対する叱責と架空出来高の改善命令、

(5)業務検討会議における叱責、(6)メンタルヘルス対策の欠如等を挙げ、

Yの安全配慮義務違反を主張します。

(1)については、Dの死亡前直近6か月のDの所定外労働時間の推計は、

平成16年3月88.5時間、4月63時間から73時間、5月50.25時間から59.75時間、

6月73.25時間から84.75時間、7月52.25時間から60.75時間、

8月56.25時間から65.25時間であり、

その平均は63.9時間から74.2時間であって、

Dが恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していたとは認められない上、

往復の通勤時間に約2時間を要することとなったのは、

DがT営業所長就任後に松山市内に自宅を購入したためであるから、

Xらの(1)の主張は採用できません。

また、(2)、(4)、(5)については、

上司らがDに対して過剰なノルマの達成や架空出来高の改善を強要したり、

社会通念上正当と認められる職務上の業務命令の限度を著しく超えた執拗な叱責を行ったと認めることはできないから、

Xらのこれらの主張は採用することができません。

更に(3)についても、Dが上司らに対してT営業所の所員の補強を要請した事実は認められない上、

HのT営業所からの異動は、T営業所の粗利益の向上等を目的としたものであって、

Dもこれを事前に了解していたのであるから、

Xらのの主張は採用できません。

の主張は採用できない。

(6)については、平成16年5月19日に四国支店において職場のメンタルヘルス等についての管理者研修が実施され、

Dを含む管理者が受講しているのであって、

Yにおいてメンタルヘルス対策が何ら執られていないということはできません。

また、同年7月から9月ころにかけてのDの様子について、

T営業所のDの部下らには、Dに元気がないあるいはDが疲れていると感じていた者はいたものの、

Dが精神的な疾患に罹っているかもしれないとか、

Dに自殺の可能性があると感じていた者がいなかったことは原判決認定のとおりであり、

さらに、Dの上司らは、Dが行った架空出来高の計上額は約1800万円であると認識していたのであって、

これを遅くとも平成16年度末までに解消することを目標とする業務改善の指導は、

必ずしも達成が容易な目標ではなかったものの、

T営業所の業績環境にかんがみると、

不可能を強いるものということはできないのであり、

架空出来高の計上の解消を求めることによりDが強度の心理的負荷を受け、

精神的疾患を発症するなどして自殺に至るということについては、

Dの上司らに予見可能性はなかったというほかありません。

したがって、Xらの(6)の主張は採用することができません。

以上のとおり、安全配慮義務違反を基礎付ける事実としてXらが主張する事実はいずれも採用することができず、

Yに安全配慮義務違反があったと認めることはできません。

【関連判例】


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