日本政策金融公庫(うつ病・自殺)事件と安全配慮義務

(大阪高判平26.7.17)

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うつ病を発症し自殺するに至った労働者に対して、

使用者の安全配慮義務違反は認められるのでしょうか。

【事件の概要】


Aは、大学卒業後の平成2年4月からYに勤務し、

平成13年7月からはYの甲支店、平成17年4月からは乙支店に勤務していました。

Aは、甲支店及び乙支店で農業融資担当業務に従事し、筆頭調査役でした。

Aの自殺直前の時間外労働時間は、甲支店在職中の自殺8か月前で109時間15分、

7か月前で49時間43分、6か月前で37時間22分、5か月前で99時間38分、

4か月前で64時間3分でした。

一方、乙支店在職中の自殺3か月前で0分、2か月前で31時間35分、

1か月前で24時間10分でした。

また、AとXは、平成17年4月18日、同居を開始しました。

このような事情のもと、Aは、平成17年7月7日、

うつ病の発症に伴って生じる希死念慮により自殺しました。

そこで、Aの相続人であるXらは、

AがYにおいて担当していた業務が過重であったために精神疾患(うつ病)を発症させこれによって自殺したと主張して、

Yに対し、安全配慮義務違反又は不法行為による損害賠償請求しました。

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【判決の概要】


争点1(業務とうつ病の発症との相当因果関係)について

(1)亡Aの担当業務の客観的な過重性について

ア、亡Aが従事した業務の内容からみた過重性の有無について

公庫は農林漁業や食品産業への融資を行う政策金融機関であり、

融資に当たっては政策的観点から自治体や農林漁業等に関わる関係官署との連絡・調整が必要になるなど、

その業務には民間金融機関とは異なる特性があるが、

基本的には、市中銀行、信用金庫等の民間金融機関の融資部門と同様に融資業務(貸付先の開拓から始まり、審査、貸付実行、債権管理を経て、債権回収で終わるもので、この一連の経過は官民で変わりはない。)及びこれに関連ないし付随する業務を行うのであり、

公庫の上記の特性を踏まえても、公庫の融資を担当する職員にとって、

融資業務それ自体が特に心理的負担の大きいものとは認め難いです。

高松支店及び長崎支店の職員の担当する融資業務が公庫の職員の平均的な業務量からみても過重なものであったとは認め難いです。

農業融資を担当するのが10年振りであるとか、

亡Aがかつて農業融資を担当していた当時にはなかった融資制度が新たに設けられたなどの上記事情を勘案しても、

亡Aの高松支店G課における業務量が過重であったとは直ちには認め難いです。

亡AがH課長から担当案件数の調整を受けていたことをもって、

直ちに、同課において亡Aが担当していた業務が亡Aにとって過重なものであったと認めることもできません。

U証人の上記証言部分(略)は採用できず、U証人の上記証言をもって、

直ちに亡Aの担当業務が過重であったとか、

その当時、亡Aに強い心理的負担があったとは認め難いです。

長崎支店P課での亡Aの担当業務が過重であったとは到底認められません。

高松支店G課における亡Aの業務が滞留するなどの事情も認められないことからすれば、

亡Aの担当業務をことさら軽減すべきであった事情があったとは認められません。

したがって、一審Xらの上記主張は採用することができません。

亡Aは、高松支店G課及び長崎支店P課に勤務している間、

心身の調子が悪い為に(あるいはその他の理由にせよ)遅刻又は早退をしたこともなく、

公庫の定期健康診断において、あるいはそのほかの機会に上司や同僚に対し、

心身の調子が悪いことを訴えたこともなく、

大腸ポリープ及び不妊相談のほかには医師の診察を受けたこともないのであって、

これらの事実は、亡Aの担当業務が少なくとも亡Aの心身に悪影響を及ぼすような過重性はなかったことを裏付けるものです。

融資業務に伴う担保権の設定あるいは解除という金融機関にとって日常的な業務であることをも勘案すれば、

これが、亡Aにとって大きな負担となる業務であったとは認め難いです。

そして、そのような多数の担保物件がある融資案件は当該1件だけであったことからすれば、

それによる負担は一時的なものであったと認められます。

T社長の当初の申出では平成17年3月末までに繰上償還額を確定しなければならなかったが、

T社長からの更なる申出で、繰上償還時期は、同年4月以降にずれ込み、

当該業務を後任者に引き継ぐ見込みとなったこと(そして、現に当該業務は後任者に引き継がれた。)、

かつ、公庫の融資残高を維持し、

担保の追加設定もあり得るという柔軟性のある申出について検討することになったことからすれば、

亡Aにとって、この対処に係る業務がその業務量及び内容に照らして加重なものであったとか大きな心理的負荷がかかるものであったとは認められません。

J職員の業務の一部を分担したことによって亡Aの業務が加重されたとは認められません。

亡Aは、平成17年6月23日ころ、同月26日をもって全国22の各支店に一斉に設置される農業新規参入融資相談窓口を担当するよう指示されたが、

本件自殺までの間に、具体的に相談を担当することはありませんでした(証拠略)。

したがって、上記窓口の担当者になったことによって、

亡Aの業務が加重されたとは認められません。

イ、亡Aの労働時間等からみた過重性の有無について

平成16年11月分の109時間15分、平成17年2月分の99時間38分は長時間労働ともみられるが、

上記時間外労働時間にはいずれも早出出勤による始業時刻(午前9時)までの時間外労働時間が含まれているところ、

終業時刻(午後5時20分)後の時間外労働時間についてみれば、

平成16年11月分が約72時間、平成17年2月分が約71時間となり、

毎日平均3時間半程度残業していたことになるが、

それほどの長時間の時間外労働とはいえない上、

長時間労働が2か月以上継続しておらず、

長時間労働が恒常的であったということはできません。

早出出勤の理由が亡Aがその担当業務を処理するのに通常の(終業時刻後の)残業だけでは時間が足りなかったことによるものとは直ちにいえません。

亡Aは一審X3と婚姻していても単身生活であり、

社宅にいても職場に出ても特に生活上異なるところはないことから早出出勤をすることにし、

食堂に寄り、あるいはコンビニで朝食を買って職場で朝食をとったり、

仕事柄一般紙の朝刊だけでなく、経済新聞の朝刊に目を通したり、

その日の仕事の準備等をしていたとみるのが相当であり、

業務が過重のために終業時刻後の残業だけでは足りないことから早出出勤をしていたとは認められません。

以上によれば、本件自殺の7か月前から(高松支店勤務及び長崎支店勤務を通じて)の労働時間等から検討しても亡Aの業務が過重であったとは認められません。

また、亡Aの業務内容に照らして業務の困難度が高度であったとか、

労働密度が過重であったという事情もみられないことからすれば、

この点からみても亡Aの業務が過重であったとは認められません。

業務以外の亡Aの生活の変化による心理的負荷が認められることを総合すれば、

亡Aの発症した軽症うつ病と亡Eの担当した業務との間に相当因果関係があるということはできません。

争点2(公庫の安全配慮義務違反又は注意義務違反)について

亡Aの発症した軽症うつ病と亡Aが公庫で担当した業務との間に相当因果関係があるということができないことは、

上記認定のとおりであり、一審Xらの上記主張は、

その前提を欠くことになり、理由がなく、採用することができません。

亡Aは、平成17年4月1日から同年7月6日までのうちの就業日数65日のうち、

終業時刻と同時に退出した日が31日、午後8時より前に退出した日が11日あり、

このような勤務状況からみても余裕のない状態で具体的案件の処理が日常的に滞っていたなどという様子はみられず、

また、亡Aは、職場で、同僚らに心身の異常を訴えたことはなく、

心身の不調のために遅刻、早退をしたこともなく、

公庫での定期健康診断(長崎支店での定期健康診断は同年6月23日に実施された。)でも、

亡Aに心身の異常は認められず、

さらに、亡Aは職場での歓迎会等の行事や支店の職員で行った野球の練習にも参加していた(同月18日)ことは前記認定のとおりです。

そうすると、長崎支店の上司らにおいて、

亡Aの担当する業務により亡Aの心身の健康が損なわれることを具体的に予見することは困難であったと認められ、

長崎支店の上司らにおいて、

平成17年4月1日から同年6月20日ころまでの間、

亡Aの心身の健康が損なわれないように亡Aの担当業務を削減するなどの措置を執るべき注意義務があったとか、

このような措置を執らなかったことをもって、

亡Aに対する安全配慮義務等の注意義務に違反したことになるということはできません。

したがって、この点からも、一審Xらの主張は採用することができません。

【関連判例】


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