NTT東日本北海道支店事件と過失相殺

(最一小判平20.3.27)

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業務上の過重負荷と基礎疾患とが共に原因となって労働者が死亡した場合、

使用者の不法行為を理由とする損害賠償の額を定めるに当たり、

使用者による過失相殺の主張は認められるのでしょうか。

【事件の概要】


Aは、昭和37年に日本電信電話公社に入社して旭川事業所に配属され、

その後、その雇用関係は、同公社からB株式会社を経てYに引き継がれました。

Aは、平成5年5月に職場の定期健康診断で心電図の異常を指摘され、

同年7月に市立旭川病院に入院して精密検査を受けた結果、

陳旧性心筋梗塞と診断されました。

その際、Aには、遺伝的に総コレステロール値が高くなる疾患で、

虚血性心疾患の危険因子となる家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)が認められました。

Aは、同年8月及び同年12月に同病院に入院して経皮的経管的冠状動脈血管形成術の手術を受けるなどしたが、

結局、冠状動脈の2枝に障害のある状態は改善されず、

その後は内服治療を続けることとなりました。

Yにおいては、平成13年4月以降、事業構造改革が進められていたところ、

Aは、これに伴う雇用形態及び処遇体系の選択に当たり、

Yとの雇用契約を継続し、60歳を定年として法人営業等の業務に従事することなどを条件とする「60歳満了型」を選択したため、

同14年4月24日付けで法人営業部門に配置換えとなり、

法人営業に必要な技能等の習得を目的とする研修(以下「本件研修」という。)への参加を命じられました。

本件研修は、同日から約2か月間にわたって、

札幌市内や東京都内のYの研修施設等で行われたものであり、

その研修期間中、研修施設やホテルでの宿泊を伴うものでした。

Aは、平成14年6月7日、札幌市内での研修終了後に旭川市内の自宅に帰宅し、

日曜日である同月9日の午前中、

墓参りのため北海道樺戸郡新十津川町所在の先祖の墓に1人で出かけたが、

同日午後10時過ぎころ、先祖の墓の前で死亡しているのを発見されました。

Aの直接の死因は急性心筋虚血であるが、

これは、Yにおける事業構造改革に伴う雇用形態及び処遇体系の選択の際の精神的ストレス並びに本件研修への参加に伴う精神的、肉体的ストレスが、

前記のとおりの基礎疾患を有していたAの冠状動脈の状態を自然の経過を超えて増悪させ,

心筋梗塞などの冠状動脈疾患等が発症したことによるものでした。

そこで、Aの相続人であるXらが、Aが急性心筋虚血で死亡したのは、

YがAの健康状態に対して十分な注意を払わずにAをして宿泊を伴う研修に参加させたことなどが原因であるとして、

Yに対し、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償を求めて争いました。

原審は、Yの不法行為を理由とするXらに対する損害賠償の額を定めるに当たり、

過失相殺に関する規定(民法722条2項)の類推適用をしませんでした。

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【判決の概要】


被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾患とが共に原因となって損害が発生した場合において、

当該疾患の態、程度等に照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、

裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、

民法722条2項の規定を類推適用して、被害者の疾患をしんしゃくすることができます(最高裁昭和63年(オ)第1094号平成4年6月25日第1小法廷判決・民集46巻4号400頁参照)。

このことは、労災事故による損害賠償請求の場合においても、

基本的に同様であると解されます。

また、同項の規定による過失相殺については、

賠償義務者から過失相殺の主張がなくとも、

裁判所は訴訟にあらわれた資料に基づき被害者に過失があると認めるべき場合には、

損害賠償の額を定めるに当たり、

職権をもってこれをしんしゃくすることができます(最高裁昭和39年(オ)第437号同41年6月21日第3小法廷判決・民集20巻5号1078頁参照)。

このことは、同項の規定を類推適用する場合においても、別異に解すべき理由はありません。

前記事実関係等によれば、Aが急性心筋虚血により死亡するに至ったことについては、

業務上の過重負荷とAが有していた基礎疾患とが共に原因となったものということができるところ、

家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)にり患し、冠状動脈の2枝に障害があり、

陳旧性心筋梗塞の合併症を有していたというAの基礎疾患の態様、程度、

本件における不法行為の態様等に照らせば、

YにAの死亡による損害の全部を賠償させることは、

公平を失するものといわざるを得ません。

原審は、前記3(1)記載の理由により、

Yが原審において過失相殺に関する規定の類推適用を主張することは訴訟上の信義則に反するものとして許されないというのであるが、

そもそも、裁判所が過失相殺に関する規定を類推適用するには賠償義務者によるその旨の主張を要しないことは前述のとおりであり、

この点をおくとしても、前記2(2)記載の本件訴訟の経過にかんがみれば、

第1審の段階ではYにおいてAが家族性高コレステロール血症にり患していた事実を認識していなかったことがうかがわれるのであって、

Yの上記主張が訴訟上の信義則に反するものということもできません。

そうすると、Yの不法行為を理由とするXらに対する損害賠償の額を定めるに当たり過失相殺に関する規定(民法722条2項)の類推適用をしなかった原審の判断には、

過失相殺に関する法令の解釈適用を誤った違法があるというべきです。

以上のとおり、原審の前記判断には、

判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があります。

論旨は理由があり、原判決は破棄を免れません。

そして、本件については、更に審理を尽くさせるため、

原審に差し戻すのが相当です。

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