日音事件と就業規則の周知

(東京地判平18.1.25)

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就業規則の周知について、労働契約法7条、10条にいう、

労働契約の内容を決定・変更する効力の発生要件としての「周知」とは、

どのようなものなのでしょうか。

【事件の概要】


Yは、各種音響設備の設計・施工及び管理業等を業としており、

カラオケ設備の販売とレンタルを中心業務としている会社です。

訴外キャンシステム株式会社(以下「キャン社」という)は、

有線音楽放送事業等を業とする会社であり、

Yとキャン社は、代表取締役も同一であり、

両社間における人事異動も会社内部における人事異動のように相互に行われており、

両者は関連会社です。

Yの従業員であったXらは、いずれもYに対し、同社を退職する意思表示をし、

書面を送付しました。

Xらは、Yの退職金規程に基づき退職金の支払を求めたところ、

Yは、Xらには退職金規程に規定する退職金不支給条項に該当する事由があったなどとして、

退職金の支払を拒否しました。

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【判決の概要】


Xらの退職金支払請求に対し、Yは、

本件退職金不支給条項及び就業規則第45条の懲戒解雇条項を根拠に、

退職金支払を拒絶します。

これに対し、Xらは、退職金規程、就業規則(以下、本争点の説示の項においては、特段の断りのない限り、両者を併せて「就業規則」という)は、

従業員に周知されていないなどの理由から法的効力がなく、

また、いわゆる就業規則の不利益変更の法理により法的効力がないと主張します。

そこで、以下においては、Yの就業規則が効力を有しているのか否かを判断することにします。

(2)Yの就業規則の効力(争点2)について

ア、就業規則の効力についての判断基準

就業規則が法的効力を有するためには、従業員代表の意見聴取、

労基署への届出までは要せず、従業員に対し、

実質的に周知の措置がとられていれば足りると解するのが相当です。

なぜなら、使用者が義務を履践しないことにより就業規則の効力を免れるのは相当ではないからです。

そして、ここにいうところの実質的な周知とは、従業員の大半が就業規則の内容を知り、

又は知ることのできる状態に置かれていれば足りる解するのが相当です。

以上の観点から、Yにおいて、就業規則の実質的な周知の措置がとられていたか否かについて判断することにします。

イ、事実認定
(ア) Y本社及び同新宿支店

証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められます。

a Y本社及び同新宿支店は、同一フロア内にあり仕切りもなく、

実質的に見て同一の事業所の観を呈していました。

b Y本社の営業部長であったX8は、鍵の付いていない自己の机の引出し中に、

キャン社から送付されてきた就業規則を保管していました。

c Y本社及び同新宿支店では、従業員に対し、

就業規則の存在及び内容を秘密にしておくようなことはなく、

従業員において知りたければ、

X8、X6を通じて、いつでも知ることができるようになっていました。

(イ) Y千葉支店

a 証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められます。

Y千葉支店では、Yの就業規則は、黒い背表紙のファイルに入れて支店の書棚に置いてあり、

書棚には鍵はかかっていなかったため、同支店の従業員はいつでも見ることができました。

また、同じファイルに遅刻、欠勤、有給休暇等の勤怠の申請用紙も入っており、

Y千葉支店の従業員はそこから用紙をとっていたことから、

当該ファイルの存在をよく知っており、ファイルに就業規則があることも十分に認識していました。

b また、証拠(〈証拠略〉)によれば、Y千葉支店長であるX2は、

Yに就業規則が存在すると認識しており、

Yからこれを見せないといわれたことはないことが認められます。

c これに対し、X2は、Y千葉支店にはYの就業規則は置いておらず、

キャン社の就業規則も見たことがないと供述します(〈証拠略〉)。

しかし、X2は、Y千葉支店の支店長であるところ、

通常、就業規則の内容を知らないで従業員の管理をすることは困難であり、

X2の前記供述を採用することはできません。

(ウ) Y大阪支店

証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によれば、Y大阪支店では、

就業規則は事務用の書棚にファイルされて置いてあり、

同支店の従業員であればいつでも閲覧できるようになっていたことが認められます。

これに対し、X3は、Yの就業規則を在職中一度も見たことはないと陳述します(〈証拠略〉)。

しかし、X3は、Y大阪支店の支店長であり、

通常、就業規則の内容を知らないで従業員の管理をすることは困難であり、

X3の前記陳述を採用することはできません。

ウ、小括

以上によれば、Yの従業員の大半は、就業規則の内容を知ることのできる状態に置かれていたと評価するのが相当であり、

Yの就業規則は法的効力を有しているというべきです。

なお、付言するに、Xらの本件退職金請求は、

Yの退職金規程に基づき請求しているところ、

そもそも退職金規程が法的効力がないというのであれば、

Xらの請求はその余の点を判断するまでもなく法的根拠を失い、

理由がないことになるのであるが、それでよいのでしょうか。

それとも、Xらの主張は、退職金規程のうち、退職金支払の規定は効力があり、

本件退職金不支給条項の規定は効力がないと主張するのでしょうか。

しかし、一つの退職金規程において、

ある部分は有効で、ある部分は無効であるというのは、

一体として制定されている規程上、そのように解するのは困難です。

以上のように、当裁判所としては、XらがYの退職金規程、就業規則が、

実質的な周知を欠き無効であると主張することは、

Xらの本件請求と矛盾するものであり、その真意を測りかねるのであるが、

前記の判断のとおり、Yの退職金規程、就業規則はいずれも法的効力を有していると解するのが相当であるので、

これ以上は言及しないことにします。

【労働契約法7条】


労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

【労働契約法10条】


使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

【まとめ】


労働契約法7条、10条にいう、

労働契約の内容を決定・変更する効力の発生要件としての「周知」とは、

実質的に見て就業規則の適用を受ける事業場の従業員が、

就業規則の内容を知ろうと思えば知りうる状態に置くこと(実質的周知)を意味すると解されています。

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