ユタカ精工事件と契約締結過程の損害回避義務

(大阪地判平17.9.9)

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契約締結過程において、労働者を勧誘した使用者は、

労働者に著しい損害が発生しないようにする信義則上の義務はあるのでしょうか。

【事件の概要】


Xは、銀行に勤務しており、支店長等を歴任していたが、

Y社(かねてから営業不振が続き、再建策を模索していた)の代表者Aと個人的に付き合いのあったことから、

平成15年10月9日、Y社への入社と再建への協力を要請されました。

Xは、その後Y社への転職を決意し、同年12月1日、

勤務先の銀行に対して平成16年3月末日をもって中途退職する旨の退職届を提出しました。

その後、Xは、平成16年1月にはY社の銀行との融資依頼交渉に、

Y社の顧問という名刺をもって同席したり、

しばしばY社の本社を訪問することがありました。

その間、勤務条件について話をすることはありませんでした。

平成16年3月24日になって初めて、XとY社との間で、

Xの給与について話合いがなされました。

Y社はXに対して月額30万円以上は出せないとしたのに対して、

Xは、月額60万円程度と予想していたため、

XY間で給与についての合意に至らず、

翌日の25日の話合いでも合意が成立しませんでした(Xは、勤務先の銀行を平成16年3月末日に退職している)。

平成16年4月1日、Y社はXに対して採用することはできない旨告げました。

そこで、Xは、主位的に、Y社との間で始期を平成16年4月1日とする雇用契約が締結されていたとして雇用契約上の地位確認等を求め、

予備的に、Y社の契約締結上の過失によって損害賠償をこうむったとして損害賠償の請求を行いました。

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【判決の概要】


Yは、Xに対し、Yへの入社と再建への協力を要請していたと認めることができるが、

その後、条件等の合意がされないまま推移しており、

結局、平成16年4月1日までの間、

XとYとの間に雇用契約が締結し(ママ)た認めることはできません。
 
その理由は次のとおりである。

(1)Xに対する入社依頼

Yは、平成15年10月9日、Xに対し、Yの再建への協力を依頼し、

Yへの入社を要請したことが認められます。

この点について、Fは、必ずしも明確な証言をしていないが、

Yは、Xの求めに応じ、平成15年内に、

過去3期分の決算書(〈証拠略〉)だけでなく、

Yの第三者に対する貸付に関する証書類(〈証拠略〉)やYの経営計画や再生ファンドの申請の資料(〈証拠略〉。これらは平成15年11月7日ころに送付された。)をXに送付しており、

これらの資料の重要度からすると、

社外の人物に対して送付する資料とは考えられず、

Xの入社を前提として送付したということができます。

(2)留保の有無

もっとも、Yが、Xの入社を希望していたとしても、

全くの無条件で、Xを受け入れる用意があったかどうかは別問題というべきです。

むしろ、Yが、平成15年10月9日の時点で、Xに協力依頼をした時点では、

雇用契約の条件は何ら定められておらず、

Yとしても、Xとの間でいろいろな条件を詰めた上で、

Xの採用を予定していたと考えるのが自然です。

したがって、上記の資料を提供したことなどをもって、

Yが、Xに対し、雇用契約の申込みをし、

Xが応諾することによって直ちに雇用契約が成立する状態にあったと認定することは困難というべきです。

企業が新卒者を採用する場合と異なり(新卒者の採用の場合は、就業規則等で給与などの条件が定められていることが通常である。)、

Yが、Xを採用する場合において、給与の額をいくらにするかは、

雇用契約におけるもっとも重要な要素ということができ、

本件において、給与についての合意がなされずにいた時点では、

Xの雇用契約について合意が成立したとはいえません。

Yは、Xに対し、Yへの入社を依頼しながら、

その後、何も決めることなく推移し、平成16年3月25日(ママ)おいても、

雇用契約を締結することがなく終わったというべきであり、

XとYとの間に、雇用契約が締結されたと認めることはできません。

Yが、Xに対し、Yへの入社と再建への協力をした時点で、

Xは、銀行に勤務しており、XがYに入社するためには、

就職先を退職する必要があり、仮に、Xが就職先を退職した後に、

XとYとの間の雇用契約が締結できなくなった場合は、

Xは職を失うことになるのであるから、

このような事情を認識できたYとしては、相手方であるXが、

そのような状況に陥ることのないよう、雇用条件などを事前に伝え、

相手方であるXにおいて、勤務先を退職してまで、

Yとの雇用契約を締結するべきかどうかを考慮する機会を与え、

また、仮にそのような状況に至った後の場合であっても、

できるだけ損害が少なくなるよう、

早期に、その後の対処方法を考慮する機会を与えるべきです。

Xは、平成15年10月9日、Yの代表者であるAから、

直接、Yへの入社と再建への協力を依頼されたものであり、

当時のXとしては、Xさえ承諾すれば、

相当よい条件で雇用されると期待したことが認められます。

しかも、平成16年1月に入ってからも、Yの顧問という肩書の名刺を与えられ、

Yと金融機関との交渉(Yにとってきわめて重要な交渉であった。)に同席を求められたことから、

この時点においても、Yへの入社を強く期待されていると認識していたとしてもやむを得ません。

Yとしては、Xに対する評価を修正した結果、

Xとの雇用契約を締結しないでおきたいと考えるようになった場合、

あるいは、一定の条件でしか雇用することができないと判断するに至った場合(たとえば、月額30万円以上の給与を支給することができないと考える場合)、

できるだけ早期にその旨をXに対して伝えるべきであったといえます。

Xに対しYへの入社と再建への協力を依頼したのはYであることを考えると、

上記義務の程度は、より高いということができます。

Yが、Xの経理や銀行関係の実務についての知識について疑念を感じ始めたのが正確にいつかなのか、

必ずしもその正確な時期を特定することはできないが、

平成16年1月21日以降、ほどなく、仮にXを採用するにしても、

一定の条件(30万円未満の給与)でしか採用することができないという判断に至ったと認めることができるのであるから、

その時点で、Xに対し、その旨を告げる必要があり、

これを怠ったYには、上記義務違反があったといわざるを得ません。

Yは、XとYは、雇用契約締結に向けての交渉に未だ入っておらず、

契約のための準備段階にまで至っていないと主張します。

たしかに、給与を含めた条件についての交渉は、

平成16年3月24日までされることはなかったが、

一方で、YからXに対しYの業績に関する重要な資料が交付されたり、

Yにとって重要な会合への出席を依頼するなどの事情を考慮すると、

Yとしては、Xが上記契約締結のために行う準備に際し、

発生する出費などについて、

不要な出費が生じることのないよう配慮する信義則上の誠実義務が(ママ)認めるべきであると考えます。

Yは、Xの経理及び銀行関係の実務についての知識が皆無であることが判明したような場合、

契約締結自由の原則が尊重されるべきであると主張するが、

Yに契約締結の自由があるのは当然としても、

Xの能力を理由として契約締結をしないと考えるのであれば、

その判断がなされた時点で、早期にその旨を伝える必要があるというべきです。

Yは、X自らがYとの雇用契約の締結を辞退したから、

契約締結上の過失を理由とする責任を負うことはないと主張します。

仮に、X自ら雇用契約の締結を辞退したとしても、

Yにおいて、Xに対し、条件を提示するのが遅すぎたため、

その結果、Xが損害を被った場合は、

なお、Yにおいて、契約締結上の過失に基づく責任を負うというべきです。

本件においては、Yが、Xの想定しているであろう給与に比べると、

著しく低額である金額の給与でしか雇用契約を締結することはできないと判断するに至ったにもかかわらず、

これをXに告げず、Xから給与の協議の申入れを受けるまで放置したことは、

契約締結過程における信義誠実義務に違反しているというべきです。

【まとめ】


契約締結過程において、勧誘した側(雇用主)が採用を断念する決定をした場合には、

速やかに相手にその旨を伝えて、

相手方に著しい損害が発生しないようにする信義則上の義務があり、

この義務に反して、相手方に損害を与えた場合には、

これを賠償する責任があります。

【関連判例】


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