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労働者は、契約締結の過程において、
採用に必要な情報を正確に相手方に伝える信義則上の義務はあるのでしょうか。
【事件の概要】
Yは、WEBマーケティングのサービスを提供する会社です。
Xは、Yに雇用され、平成25年12月から稼働していました。
しかし、Yは、Xの経歴能力の詐称等を理由として、
平成26年4月25日限りでXを普通解雇としました(以下「本件解雇」)。
Xは、本件解雇は解雇権の濫用として無効であると主張して、
雇用契約上の地位確認を求めるとともに、
Yに対して、賃金等の支払いを請求しました(本訴事件)。
一方、Yは、Xは職歴、システムエンジニアとしての能力および日本語の能力を詐称してYを誤解させて雇用契約を締結させたものであり、
これは詐欺に当たると主張して、
Xに対して、不法行為による損害賠償等の支払いを請求しました(反訴事件)。
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【判決の概要】
Xは、Yとの雇用関係において重要な職歴、職業上の能力及び日本語の能力を詐称してYに本件雇用契約を締結させ、
その結果、Yは、Xに業務を任せることができず、
業務を他の従業員に委ねたり、
別の開発者の派遣を受けたりして対応せざるを得なくなったものであり、
このほかに、Xが外部研究資料の無断転用(論文の盗用)を行って報告書を作成、
提出するという重大問題を起こしていること、
このことも含めて、様々な事柄について指摘、指導等を受けても容易に問題点が改まらず、
かえって逆ギレや開き直りの態度すら見せていたことなど、
一連の事実経過を踏まえると、Xについては、
少なくとも就業規則19条1号(業務能力が著しく劣ると判断される、または業務成績が著しく不良のとき)及び同条3号(社員の就業状況が著しく不良で就業に適さないと認めたとき)所定の解雇事由が認められます。
そして、かかるXの言動は、Yとの間の信頼関係を破壊するに足る悪質なものといわざるを得ません。
以上によれば、本件解雇は、
客観的かつ合理的な理由があり、社会通念上も相当というべきです。
企業において、使用者は、労働者を雇用して、
個々の労働者の能力を適切に把握し、
その適性等を勘案して労働力を適切に配置した上で、
業務上の目標達成を図るところ、
この労使関係は、相互の信頼関係を基礎とする継続的契約関係であるから、
使用者は、労働力の評価に直接関わる事項や企業秩序の維持に関係する事項について必要かつ合理的な範囲で申告を求め、
あるいは確認をすることが認められ、
これに対し、労働者は、使用者による全人格的判断の一資料である自己の経歴等について虚偽の事実を述べたり、
真実を秘匿してその判断を誤らせることがないように留意すべき信義則上の義務を負うものと解するのが相当です。
そうすると、労働者による経歴等の詐称は、
かかる信義則上の義務に反する行為であるといえるが、
経歴等の詐称が解雇事由として認められるか否かについては、
使用者が当該労働者のどのような経歴等を採用に当たり重視したのか、
また、これと対応して、詐称された経歴等の内容、
詐称の程度及びその詐称による企業秩序への危険の程度等を総合的に判断する必要があります。
そもそも雇用関係は、仕事の完成に対し報酬が支払われる請負関係とは異なり、
労働者が使用者の指揮命令下において業務に従事し、
この労働力の提供に対し使用者が賃金を支払うことを本質とするものであり、
使用者は、個々の労働者の能力を適切に把握し、
その適性等を勘案して労働力を適切に配置した上で、
指揮命令等を通じて業務上の目標達成や労働者の能力向上を図るべき立場にあります。
そうすると、労働者が、その労働力の評価に直接関わる事項や企業秩序の維持に関係する事項について必要かつ合理的な範囲で申告を求められ、
あるいは確認をされたのに対し、
事実と異なる申告をして採用された場合には、
使用者は、当該労働者を懲戒したり解雇したりすることがあり得るし、
労働者が指揮命令等に従わない場合にも同様であるとしても、
こういった労働者の言動が直ちに不法行為を構成し、
当該労働者に支払われた賃金が全て不法行為と相当因果関係のある損害になるものと解するのは相当ではありません。
また、使用者が業務上の目標とした仕事について労働者の能力不足の故に不測の支出を要した場合であっても、
当該支出をもって不法行為による損害とするのは相当ではありません。
労働者が、前記のように申告を求められ、あるいは確認をされたのに対し、
事実と異なる申告をするにとどまらず、
より積極的に当該申告を前提に賃金の上乗せを求めたり何らかの支出を働きかけるなどした場合に、
これが詐欺という違法な権利侵害として不法行為を構成するに至り、
上乗せした賃金等が不法行為と相当因果関係のある損害になるものと解するのが相当です。
Xは、本件面接時に自己の職歴、職業上の能力及び日本語の能力を詐称し、
この詐称に係る職歴等を前提として、
Yから提示を受けた賃金月額40万円を増額するように繰り返し求め、
Yに月額60万円まで賃金を増額させたものであるから、
この賃金増額に係るXの言動は詐欺という違法な権利侵害として不法行為を構成し、
増額分の賃金月額20万円、
すなわち賃金の3分の1相当額が不法行為と相当因果関係のある損害になるものと解するのが相当です。
【まとめ】
使用者は、労働者に対して、労働能力の評価に直接関わる事項や、
企業の秩序維持に関する事項について、
必要かつ合理的な範囲で申告を求めることができ、
申告を求められた労働者は、
採用に必要な情報を正確に相手方に伝える信義則上の義務があります。
【関連判例】
→「三菱樹脂事件と均等待遇」
→「大日本印刷事件と採用内定」
→「神戸弘陵学園事件と試用期間」
→「炭研精工事件と経歴詐称」
→「慶応病院看護婦不採用事件と採用の自由」
→「かなざわ総本舗事件と労働契約締結の準備段階での過失」
→「わいわいランド(解雇)事件と労働契約締結における信義則違反」
→「ユタカ精工事件と契約締結過程の損害回避義務」