東亜交通事件と研修費用

(大阪高判平22.4.22)

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タクシー乗務員として勤務することを前提として、

第2種免許を取得するための教習費等を貸し付ける制度を設け、

実働800日の乗務日数を完了した場合には、

返済義務を免除するという返還合意は、

労基法16条に違反するものなのでしょうか。

【事件の概要】


Yは、Xらをタクシー乗務員として雇用するにあたり、

それぞれ50万円を貸し付ける内容の金銭消費貸借契約を締結しました。

同契約に基づいて、①普通自動車第二種免許(第2種免許)を取得するための自動車教習所における授業料、及び自動車教習所への交通費、

②大阪タクシーセンターの研修及び上記教習所の教習に関する教習費(日額1万円)、

③就職支度金(4回に分けて合計20万円)をそれぞれ貸し渡すこととする合意をしました。

Xらは、本件契約における貸金について、消費貸借契約は要物性を満たしていないから成立しておらず、

また、本件契約が労働基準法に違反することから、法的に返済義務がないことを前提に、

Yが、①タクシー乗務員を募集する新聞や看板において第2種免許の取得費用や教習費、

就職支度金を支給するとの虚偽の広告を行ったこと、

②本件契約は労働関係の維持を強制するものであり、労働基準法16条に違反すること、

③法的知識のないXらに対し「何時解雇されても解雇手当やその他の要求は一切しません」と記載のある雇用契約書を作成させたことを不法行為とし、

Yに対し、損害賠償を請求しました。

一方、Yは、Xに対して、貸金の返済を求めました。

なお、Yは、タクシー乗務員として勤務することを前提として、

第2種免許を取得するための教習費等を貸し付ける制度を設け、

実働800日の乗務日数を完了した場合には、

返済義務を免除することとしていました。

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【判決の概要】


以上によれば、Aの具体的な説明内容や方法については、

これを認めるに足りる的確な証拠はないというべきであり、

この面談の段階では、XらがYから受領した書面もなく、

金銭消費貸借契約書の作成も後日のことであって、

Xらとしては、求人広告やY本社の看板の記載の印象が強く残っていたと推認できるから、

証拠上、Xらが同募集要項の内容、

特に金銭消費貸借契約の貸付の対象となる費目について正確に理解できたとは認められません。

2 争点(1)(Yの支出した教習費等はXらに返還を求めることができるものか)について
 
(1) 教習費等の賃金性について

上記1で認定した事実によれば、

①Yは、「2種免許取得費会社負担」「教習期間中日給1万支給」「支度金20万円住宅提供可」などと記載された新聞広告や看板を出し、

XらはそれによりYに就職すれば上記のような待遇を受けられると誤解した可能性があること、

②AはXらとの面談の際上記広告等の記載内容と異なる点についてXらが正確に理解できる程度に説明したとは証拠上認められないこと、

③その後YがXらから徴求した金銭消費貸借契約書には、50万円との記載はあるが、

その内訳の記載はなく、かつ、この段階では教習費等は支給や立替払いもされていないこと、

④その後Xらは教習費等の支給等を受け、

「就職支度金」と明記された領収証を作成してYに交付したが、

この領収証にも貸付金であることを示す記載はないこと、

⑤一方、YはXらに教習費や就職支度金を下車勤手当欄に記載した給与支給明細書を渡していたこと、

⑥すべての教習費等の支給等が終わった直後の平成16年7月初めに、

YはXらから貸付金の明細を記載した明細書(本件X1明細書及び本件X2明細書)を徴求したが、

この段階ではXらが初乗務した日から4か月を経過していたことが認められます。

そして、「教習期間中日給1万支給」「支度金20万円」との記載は、

教習費や就職支度金が賃金であるとの誤解を招きかねないものであり、

一方YはXらに対し、社内教習(この時点ではXらはYの指揮監督下にあったと認めるのが相当である。)のときまでに、

実際の労働条件が上記の記載とは異なることを明確に説明していないというべきであるから、

Yは労基法15条1項に規定する労働条件明示義務を尽くしていないといわざるをえません。

加えて、教習費及び就職支度金については、給与支給明細書上手当欄に記載され、

必然的に諸々の控除の対象となっているし、

特にX1の平成16年2月27日支給(乙17の給与規定によれば、1月21日から2月20日までの期間を対象とするものであるところ、Yの主張によれば、X1が乗務を開始した2月28日をもって労働契約を締結したというのであるから、本来2月末の給与支給はないはずである。)に係る給与支給明細書では、

所得税等の控除の項目に記載があるほか、

収入の項目としては下車勤手当欄にしか記載がありません(〈証拠略〉)。

以上によれば、教習費及び就職支度金については、賃金的性格を有するもので、

YはXらにそのように表示してきたものであり、

就職後4か月以上も経過した後に徴求した本件X1明細書及び本件X2明細書の記載をもって、

これが貸付金であると主張することは、

信義則上も許されないというほかありません。

Xらが上記各明細書を作成交付したことは、上記判断を左右するものではありません。

一方、自動車教習所の授業料及び交通費については、

自動車教習所の教習を受けることはXらの自由意思に委ねられ、

Yの指揮監督下にもないから業務とはいえず、

また、2種免許の取得はXらに固有の資格として、

Xらに利益となることであるから、本来Xらが負担すべき費用であって、

元々賃金的性格を有するとはいえません。

新聞広告等でも「2種免許取得費会社負担」とされていたが、

一旦は会社が負担するという意味では虚偽の記載をしたとまではいえません。

X2本人(原審)も、これらの費用については、

ある程度納得して本件X2明細書を作成したと述べています。

したがって、これらの費用については、

Yが消費貸借の対象とすることも許されるというべきです。

(2) 自動車教習所の授業料及び交通費に関する消費貸借契約の成立について

前記1の認定事実によれば、X2は平成16年1月17日に、X1は同月23日に、

それぞれYに対し金銭消費貸借契約書を差し入れて借入れの申込みをし、

Yが自動車教習所の授業料を立て替えて支払い、

交通費をX2に支給したことにより、

各金額について消費貸借契約が成立したと認めるのが相当です。

(3) 労基法16条違反の主張について

Xらは、800日乗務日数の完了を返還免除の条件とする教習費等の返還合意は、

労基法16条に違反し無効であると主張します。

しかし、前記(1)で説示したとおり、

自動車教習所の授業料及び交通費を金銭消費貸借の目的とすることは許されるもので、

その返還合意はXらに不利益を及ぼすものではないから、

Xらの上記主張は採用できません。

(4) まとめ

以上によれば、X2は、Yに対し、不当利得金31万円の返還を請求できます。

しかし、YはX2明細書により貸付の対象を確認し、

返還請求できる根拠があると考えていたものといえるから、

悪意の受益者であるとは認められません。

したがって、X2は、本訴状送達の日の翌日である平成19年12月23日以降の民法所定年5分の割合(不当利得金の性質に照らして商事法定利率は採用できない。)による遅延損害金を請求できるにとどまります。

また、YはX1に対し、金銭消費貸借契約に基づき、

21万5250円及びこれに対する平成20年2月7日以降の遅延損害金の支払を求めることができます。

3 争点(2)(Yによる不法行為)について

(1) 虚偽広告について

前記1の認定によれば、Yが教習費及び就職支度金の支給について虚偽の広告をしたということはできるが、

Yはその返還をXらに請求できないから、Xらに損害はありません。

また、自動車教習所の授業料等については虚偽であるとは認められません。

(2) 労基法16条違反について

前記のとおり労基法16条違反の事実は認められません。

(3) 違法な労働契約について

証拠(〈証拠略〉)によれば、XらがYと労働契約を締結するに際して作成交付した契約書には、

「本期間中何時解雇されても解雇手当てやその他の要求は一切致しません」との記載があることが認められ、

この記載内容は違法であると認められるが、

この記載によりXらが劣悪な労働環境の下で勤務せざるをえなくなったとまでは認められません。

(4) まとめ

以上のとおりであり、Yには労基法の規定に反するような事実があったことは認められるものの、

そのことにより直接財産的損害が発生したとは認められず、

また、慰謝料請求を理由づけるような内容の違法行為があったとも認められません。

【まとめ】


タクシー乗務員として勤務することを前提として、

第2種免許を取得するための教習費等を貸し付ける制度を設け、

実働800日の乗務日数を完了した場合には、

返済義務を免除するという返還合意は、

労基法16条に違反しません。

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