日本ポラロイド事件とサイニングボーナスの返還

(東京地判平15.3.31)

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労働者が雇用契約締結の際に受領したサイニングボーナスについて、

雇用開始日から1年以内に自発的に退社した場合は返還するという規定は、

有効なのでしょうか。

【事件の概要】


X社は、米国法人P社の100%子会社で、

P社製品の国内販売を営んでいました。

Xは、Yと雇用契約を締結しました。

その際、雇用開始日から1年以内に自発的に退職した場合には返還するとの条件付きで、

サイニングボーナス200万円を支給しました。

しかし、Yが雇用開始日から7か月で退職したため、

Xは、Yに対してサイニングボーナスの返還を求めました。

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【判決の概要】


ア 労働基準法5条は、使用者が暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって労働者の意思に反して労働を強制してはならないと定め、

また、同法16条は、使用者が労働契約の不履行について違約金を定め、

又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない旨定めています。

これらの規定の趣旨は、労働者の足止めや身分的従属を回避して、

労働者の不当な人身拘束を防止しようとするところにあると解されます。

したがって、暴行、脅迫、監禁といった物理的手段のほか、

労働者に労務提供に先行して経済的給付を与え、

一定期間労働しない場合は当該給付を返還する等の約定を締結し、

一定期間の労働関係の下に拘束するという、いわゆる経済的足止め策も、

その経済的給付の性質、態様、当該給付の返還を定める約定の内容に照らし、

それが当該労働者の意思に反して労働を強制することになるような不当な拘束手段であるといえるときは、

労働基準法5条、16条に反し、当該給付の返還を求める約定は、

同法13条、民法90条により無効であるというのが相当です。

イ 本件サイニングボーナスが一定期間企業に拘束されることに対する対価としての性質をも有していることから、

本件報酬約定に定める本件サイニングボーナスの給付及びその返還規定は、

Yの労務提供に先行して一定額の金員を交付して、

Yを自らの意思で退職させることなく1年間X会社に拘束することを意図した経済的足止め策に他なりません。

そして、当該返還規定は、「自発的に」退職した場合に本件サイニングボーナスを返還することを定めているから、

労働者であるYの帰責事由を要件とした本件雇用契約の解約を念頭に置いたものであって、

返還される本件サイニングボーナスがYの債務不履行による違約金又は賠償額の予定に相当する性質を有していることも認められます。

ところで、本件サイニングボーナスの額は200万円であり、

Yの平成13年の年俸1650万円の半年間の収入のうちの4分の1未満であるけれども、

月額支給分(基本給と役職手当の合計は110万円である。)の約2倍の金額に相当するものです。

そして、本件報酬約定には、分割払いや支払日など返還方法について明確な定めがない以上、

本来、退職時に一度に全額返すことは、

その半分程度の月収しか得ていないYにとって必ずしも容易ではないことが推認できるし、

その返還をためらうがゆえに、Yの意思に反し、

本件雇用契約に基づく労働関係の拘束に甘んじざるを得ない効果をYに与えるものであると認めるのが相当です(これに反するX会社の主張は採用できない。一度支給された賃金をどのように使うかは労働者の自由であり、サイニングボーナスの額に比べ毎月の支給額が極めて高額であるといったような特段の事情がない限り、退職に際し、使用者から一度に100万円を超す相当額の賃金(サイニングボーナス)の返還を求められれば、通常の労働者は退職を躊躇するとみるのが相当である。また、X会社はYに返済計画では話合いの余地がある旨提案したことが認められるけれども、そうであるからといって、本件報酬約定の性質が変わるものではない。)。

したがって、本件報酬約定に定める本件サイニングボーナスの給付及びその返還規定は、

本件サイニングボーナスの性質、態様、本件報酬約定の内容に照らし、

それがYの意思に反して労働を強制することになるような不当な拘束手段であるといえるから、

労働基準法5条、16条に反し、

本件報酬約定のうち本件サイニングボーナス返還規定は、

同法13条、民法90条により無効であるというのが相当です。

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