中山書店事件と年俸額の確定

(東京地判平19.3.26)

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年俸額の労使合意が達成されない場合に、

使用者が一方的に年俸額を決定することはできるのでしょうか。

【事件の概要】


Yは、出版業等を営む会社です。

Xらは、Yに正社員として勤務しています。

Yでは、主任以上の役職者以外の従業員のほとんどに、

「一般管理職」の肩書きを付与していて、Xらも「一般管理職」です。

Yは、平成13年2月頃、一般管理職に新たに年俸制を導入すること、

就業規則とは別に個別に年俸契約にすることを表明しました。

その後、平成14年8月に就業規則改正が行われ、

「労使双方面談のうえ原則として7月中に次年度の年俸を決定する」と定められました。

XらとYの間では、平成15年8月までの年俸額については合意に基づく決定がなされていたが、

同年9月以降についてはYの提示した年俸額にXらが同意しなかったため、

両者間で協議が継続しています。

この間、Yは、提示額を上回る年俸額が確定した場合は、

差額を支給することとしつつ、

提示した年俸額に基づいて月例賃金等を支払っています。

そこで、Xらは、Yに対し、

一連の経過の中で合意されているはずの年俸額と実払額との差額、

及び既に合意されている年俸額を基礎とした残業代と実払残業代との差額の支払を求めて争いました。

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【判決の概要】


Yは、貢献度に応じた人件費の配分をすることによって、

社員の勤労意欲の向上を図ることを一番の目的とし、

社員の経営参加意識の向上を図ることを副次的な目的として、

年功給による賃金制度から年功的要素を排除した賃金制度として年俸制を採用することを決定したのであるから、

当然に、Xら社員の同意なくして年俸額を減額することがあり得る制度として年俸制が設計されていると解されるし、

そうである以上、社員に対してもその旨の説明がされるのが通常であると解されます。
〔中略〕

そうすると、X1及びX3は、上記認定のとおりの説明を受けた上で、

X1及びX3の給与を年俸制とすることに同意した(前提事実(4),イ,(ア)及び同(4),ウ,(ア))のであるから、

X1及びX3が同意をした年俸制は、少なくとも、

X1及びX3の同意なくして年俸額を減額することが可能であり、

年俸額の10パーセントが時間外手当相当分として含まれる制度であったと認めるのが相当です。〔中略〕

Yが、原則として全社員の出席が予定されているモーニングミーティングにおいて、

年俸制に関する説明を行ったことや、Yの説明を受けて、

社員らが年俸制に関する話合いをした部署があることは前記のとおりであるし、

この当時、Yの社員は48名程度にすぎなかった(前提事実(3),ア)というのであるから、

Yがした年俸制に関する説明は社員全体に広く認識されていたと認めることができます。〔中略〕

そうすると、X2は、年俸制に関してYが行った説明を認識した上で、

平成14年2月、X2の給与を年俸制とすることにYとの間で合意した(前提事実(4),ア,(イ))と認めることができるし、

このとき作成された年俸同意書(乙15)に「内10%は時間外手当て相当分とする」旨の記載もあることからすれば、

X2も、少なくとも、X2の同意なくして年俸額を減額することが可能であり、

年俸額の10パーセントが時間外手当相当分として含まれる制度としての年俸制に同意したと認めるのが相当です。〔中略〕

前提事実(5)、証人Bの証言、X2の供述によれば、

Yは、モーニングミーティングにおいて、

一般管理職にも年俸制が実施されることになったので、

この内容を盛込んだ就業規則等の改正を行う旨あらかじめ説明した上で、

旧就業規則等を改正し、新給与規定に第26条を新設したことが認められます。

そうすると、新給与規定第26条を新設したことがいわゆる就業規則の不利益変更にあたると見ることはできないし、

第55期以降の一般管理職を含む管理職の賃金については同条の規律を受けることになると解されるところ、

同条が定める年俸制も、

前記(1)及び(2)と同様の内容の制度であると認めることができます。〔中略〕

甲3、弁論の全趣旨によれば、旧給与規定第17条及びその別表は、

管理職には管理職手当を支給するとした上で、

就業規則上の職制にはない管理職についてもその金額を定めているほか、

管理職に対して職務手当を支給する旨規定しているところ、

Yは、旧給与規定当時、一般管理職に対しても、

管理職手当及び職務手当を支給していたことが認められるのであって、

このような事情からすれば、Yにおいて管理職とは、

部長、次長、主任及び一般管理職を指すと理解されていたと認められる上、

就業規則改正に至る上記のとおりの経緯や、

乙28や乙42の1ないし3をも斟酌すれば、

新給与規定第26条は一般管理職にも適用があると認めるのが相当です。

以上によれば、同意なくして年俸額を減額することは許されないとするXらの主張は理由がありません。

本件年俸制が、Xら社員の同意なくして社員の年俸額を減額することが可能な制度であることは前記1のとおりであるところ、

年俸額に関するYと社員との合意は、1年という期間を設定してされていることは前提事実(4)のとおりであるから、

その合意の効力も、設定された期間においてのみ存在すると解するのが相当です。〔中略〕

そして、本件年俸制において、社員の年俸額は、

Yと当該社員との面談を経て決定に至ることは前記1のとおりであるが、

両者の協議が整わない場合には、

使用者であるYが社員との協議を打ち切って、

その年俸額を決定することができると解するのが相当であり、

この場合には、Yのした決定に承服できない当該社員は、

Yが決定した年俸額がその裁量権を逸脱したものかどうかについて訴訟上争うことができると解するのが相当です。

しかしながら、Yが上記決定権を行使せず、

年俸額に関する社員との協議を継続し、

社員もこの協議に応じながら労務の提供を継続する場合には、

Yが提案した年俸額よりも低い金額で合意が成立することは通常想定し得ないから、

Yが提案した金額を年俸額の最低額とする旨の合意がされていると解することができ、

したがって、社員は、Yが提案した金額をYに請求することができる(同金額を前提として算定される残業代についても同様)が、

これを上回る年俸額についての合意がない以上、

Y提案額を上回る金員をYに請求することはできないと解するのが相当です。

そして、前提事実(4)、乙17ないし22、25、証人Bの証言によれば、

Xらが請求している賃金差額に関しては、

XらとYとの間で未だ年俸額に関する協議が継続されており、

Yは、後日協議が整った場合には遡って是正することを前提とし、

Yが提案した年俸額を基準として、

Xらに対する給与の支給をしていることが認められます。

そうすると、争点(3)について判断するまでもなく、

既に合意等されている年俸額と実際の支払額との差額の支払を求めるXらの請求は理由がありません。

【関連判例】


「日本システム開発研究所事件と年俸制」
「ハクスイテック事件と年俸制の導入」
「ノイズ研究所事件と年俸制の導入」