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妻子ある労働者が、教習生と情交関係を持ち、
そのことが近隣住民の噂となったことで、
自動車学校の社会的評価の低下並びに企業秩序の紊乱が生じたとして、
懲戒解雇されたが、当該処分は有効なのでしょうか。
【事件の概要】
Yは、自動車学校の経営等を目的としている株式会社です。
Xは、Yに雇用され、その経営にかかる自動車学校において、
スクールバスの運転の業務に従事してきました。
Xは、妻子ある身でありながら本件自動車学校教習生A(以下Aという)と情交関係を結び、
付近住民に悪評が立ち、Aの親戚から苦情が持込まれる等自動車学校の職員としてあるまじき行為であるとして非難を受け、
Yの社会的信用を失わしめたとして、
Yは、昭和54年6月20日、Xを懲戒解雇しました。
そこで、Xは、従業員の地位を有することを求めて争いました。
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【判決の概要】
(一) 就業規則の解釈
(1)懲戒権は、使用者が、職場秩序維持のために、
職場の規律に違反した被用者に対して制裁を科する権能であるが、
Yにおいては、使用者たるYが懲戒権を有すること、
及び懲戒解雇事由が就業規則において明定され、
Xを含む従業員らは右就業規則を合理的かつ有効なものとして承認し、
そのもとで就労していることが本件弁論の全趣旨により認められるから、
右懲戒解雇規定は、労使双方を規律する法規範性を有するに至っているというべきです。
従って本件懲戒解雇の効力を判断するに当っては、
右解雇規定に定められた解雇事由についての構成要件的解釈とその該当性を中心として判断するのが相当です。
(2)そこで右就業規則に定める解雇事由の要件につき判断するに、
前同条同号は、故意又は重大な過失によって会社に損害を与えた場合を懲戒解雇事由としているが、
前認定にかかるYの事業目的、業務内容及び業務の社会的意義等を総合すれば、
Yにとって単に財産上の利益に限らず、名誉、信用等社会的評価の確保も会社の存立ないし事業の運営に不可決であると解され、
従って右規定にいう会社の「損害」とは、財産上の積極、消極各損害のみならず、
それを発生せしめる虞のある会社の業務阻害、取引阻害を含み、
さらには指定自動車学校として有する社会的評価の低下毀損ないしは同評価の向上阻害までを含むと解するのが相当です。
なお他の解雇以外の懲戒解雇事由との対比上、
右損害は解雇に価する程度に顕著又は重大なものでなければならないことは当然です。
(3)そして右の如き損害を生ぜしめる行為の態様については特に就業規則上限定的表現はないから、
原因としての行為の態様としては結果として前記の如き損害を生ぜしめる一切の行為を指し、
それが企業内非行(就業時間中又はこれに近接した時間内に行われたもの、企業施設内又はこれに近接した場所で行われたもの、若しくは業務関連性のもとで行われたもの)か企業外非行(右以外のもの)かを問わないと解されます。
懲戒権はその目的が職場の秩序の維持、企業運営の保持にある以上、
企業外の行為によって、その結果が企業のうえに生じ職場秩序が紊乱される関係にある場合を特に除外する合理的理由はこれを見出すことができないからです。
尤も企業外の非行によって会社に損害が発生したか否か、
ことに会社の社会的評価の低下毀損が生じたか否かの判定は客観的になすことを要しその判断は慎重でなければなりません。
例えば被用者の企業外の行為は、それ自体が破廉恥なものであっても、
これを評価する者においてあくまで被用者個人の私生活上の行為であり、
使用者の社会的評価とは無関係であるとの理解が得られる場合があり、
かかる場合には企業にとって損害が生じているかの如く見えるが、
客観的には社会的評価の低下は生じないと解されるからです。
(二) 解雇事由の該当性
(1)XとAとの交際のうち、昭和54年3月16日頃までのものは、
自動車学校従業員と教習生との交際であり、
右はスクールバス運行中に知り合ったことから始まり、
同バス内で会話しているうち親密になり、
更に駅前線に乗車させて貰った謝礼の趣旨でXは飲食物の提供を受けており、
これらを総合すると右交際は業務関連性が認められ、企業内の行為ということができます。
そして指定自動車学校の既婚従業員と在籍中の女性教習生が親密な関係になることは、
それ自体が不道徳的行為として非難される虞があるばかりかその従業員が地位を利用して女性教習生に交際を強要したのではないか、
又は女性教習生が免許取得の便宜のため従業員にとり入っているのではないか、
その結果教習課程で得られる法的特典たる仮免許検定、
実技卒業検定等の試験の公正が損われるのではないか等他の教習生にあらぬ波紋と疑惑を生じさせ、
もってYの職場規律、ないしは業務運営に関する教習生の信頼や評価を低下させる虞なしとしないのであって、
Yがかねてより従業員に対し、機会ある毎に女性教習生との関係については厳に公正であるべき旨指導しているのも右の理由によるものと解されます。
すると右指導は単なる道徳上の助言にとどまらず、
Yにおける職場の規律にまでなっていたと解され、
Xが右指導に反して女性教習生と親密な交際を始めたことは右規律違反であり、
しかも右交際が主として勤務時間外に、企業施設外で行われたものではあるが、
前記の如く業務関連性が認められる以上、
企業内の非行として評価すべきものです。
しかしながら交際の程度は喫茶店で数回話合うといった程度であり、
この時期においてはまだ噂が広まっていたとは認められず、
勿論試験の公正が阻害された事実は認められないから、
職場規律違反ではあるが顕著なものではなく、
またその結果、Yに財産上の損害は勿論業務阻害、
取引阻害その他社会的評価の低下毀損等の損害が生じたものとも認められません。
すると、右時期におけるXとAとの交際は就業規則第75条第1号に該当しません。
(2)XとAとの交際のうち、昭和54年3月中旬以降のものは、
Aが本件自動車学校を卒業し免許試験にも合格した後のものであり、
本件自動車学校との関係がなくなった後の交際であるうえ、
Xについていえば、勤務時間外かつ企業施設外での交際であるから、
一私人との交際というべく、右は企業外の行為ということができます。
そこで右交際によってYに「損害」が生じたか否かにつき判断するに、
前認定によると、右期間の交際によってXはAと情交関係に陥り、
近隣の人々の噂となったこと、Aの親戚の者から苦情が持込まれ、
社内班長会議でも問題となり、学校案内所からも苦情が申込まれたこと、
行為の性質、態度からみてXの所為はYと関係のない私生活上の行為であるとの良き理解が得られるとも考えられないことなどを総合すると、
その結果、Yの社会的評価の低下並びに企業秩序の紊乱が生じたと認めるのが相当です。
また教習生の入校が昭和54年4月以降減少しており、
そのうち何名かはXの本件所為の影響と認められることは前認定のとおりであるから、
Yにとっては現実に会社取引上の損失が生じたものというべきです。
すると、以上社会的評価の低下、企業秩序の紊乱、取引上の損失が、
Yの損害として発生したものというべく、それらは多面的であるばかりでなく、
その質的側面を考えるとYにとってその損害は重大であるといわざるを得ず、
右期間のXの所為は就業規則第75条第1号に該当するといわねばなりません。
四 権利濫用について
1 Xの信用失墜行為は、Yの社会的評価の低下、
企業秩序の紊乱及び取引上の損失をもたらしたが、前認定事実によると、
社会的評価の低下、企業秩序の紊乱等は噂が原因となったものであり、
いわば一過性のものというべく、また取引上の損失も質的にはともかく、
損害額として具体的に把握できないことが明らかであり、
これを量的には過大に評価することができないこと、
そしてXとAとの交際は、発端から問題化する過程を含めてA側に原因があり、
AはXとの関係では被害者とはなっていないこと、
Xが所属するYの労働組合も女性教習生と従業員とのトラブルは企業経営に悪影響が出ることを理解しており、
X若しくは他従業員につき同種事件の再発の虞は少いと考えられること等が認められ、
これら諸事情を総合すると、Xの右所為は懲戒解雇事由に該当するが、
これを理由にXを懲戒解雇にすることは著しく妥当を欠くものというべきです。
【関連判例】
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