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業務上重要な秘密である長期経営計画の基本方針である計画基本案を、
他に漏らした労働者が懲戒解雇されたが、
当該処分は有効なのでしょうか。
【事件の概要】
Yは、石炭と非鉄金属(主として銅)との採掘販売業・鉱山土木機械製造販売業等を営み、
高崎市には足尾製作所高崎工場を有し、
そこで鉱山採掘用のさく岩機等を製造しています。
X1は、昭和27年3月3日、X2は、昭和29年4月1日、
それぞれYに工員として期間の定めなく採用されました。
X1は、工場業務課営業係において製品の受注納入等の業務に、
X2は、工場製造課においてさく岩機部品の切削作業に従事していました。
Xらは、労働組合役員であり日本共産党員でもありました。
昭和35年、Yは、昭和38年上期末における生産機種、台数、金額、収支、
賃金形態の変更・資格制度の採用等による能率向上等を具体的数字を列挙して示した3カ年計画を決定しました。
Xらは、本計画の複写を入手し、同年春から夏にかけて、
Y従業員である党員で組織された古河細胞における会議でこれを配布し対策を検討し、
同年夏ごろ開催の細胞総会においては、
党の地区委幹部(Y従業員ではない者)の出席指導を求めさらに検討を行いました。
Yは、昭和37年7月20日、業務上の重要秘密の漏洩等を理由に、
Xらを懲戒解雇しました。
そこで、Xらは、解雇の無効を求めて争いました。
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【判決の概要】
本件計画の核心は、会社の昭和38年上期末の業務状態を具体的数字を列挙して示していることにあります。
これが対外関係に洩れた場合の影響は次のとおりです。
会社は昭和35年8・9月当時東洋工業株式会社とともにさく岩機製造業界を二分し、
わずかにリードしていたものの次第に追いあげられてゆく状況にありました。
当時、もし右会社・需要家・関連業者が本件計画を知れば、
3年後の工場の生産規模等の全般的状況を把握し、
さらに会社が3年間さく岩機につき新製品を出さず、
旧来の型式のさく岩機の生産をつづけ、
かつその値上をもくろんでいること、
工場ですでに開発し製鉄業者等に販売しているクラストブレーカーを値上すること、
会社は従前、ビツトロツドを一部外注に仰ぐものと、
一部足尾工場(昭和35年まで)及び高崎工場(昭和35年から)で生産するものとにわけ、
外注品を社外販売用さく岩機に装着し、
自社製品を自社経営の各鉱山で使用するさく岩機に装着していたのであるが、
今後は自社製品を大増産し、社外販売用さく岩機にも装着し、
もって製品の品質の信用度を高めようとしていること、
本件計画の実施期間満了時たる昭和38年上期末の機械原価とその内訳の明細、
各製品のマージン額・マージン率により明らかにされた会社の製品値引きその他販売競争力の限界、
独立の販売会社設立と中央倉庫の設置とにより販売力の強化をはかることなどを掌握することができます。
この場合競争会社では3年間にこれに対抗して新製品の発売、
競争製品の値引等の措置を実施し、需要家は値引要求、製品買控えの対策をとりうるので、
会社は競争上大きな打撃をうけることが予想されます。
また、本件計画が対内関係に洩れたときの影響は次のとおりです。
本件計画にもとづく労働条件の変化、とくに賃上げ・奨励給能率給の導入等賃金改訂、
販売会社の設立と中央倉庫の設置とに伴う従業員の出向・異動、
職組長の資格制度採用と待遇改善、能率向上等は、
その実施に当って事前に公表しあるいは組合と協議すべき事項もあるが、
その際でも会社当局において時期・順序・相手方等につき、
労使関係等諸般の情況を慎重に検討した上ですることを要し、
もしかような手順をふまないうちにその内容が組合・従業員に洩れるときは、
当時の新管理方式実施直後の労使関係にかんがみ、
労働条件の切下・管理体制整備による労働強化等の疑問・不安を組合や従業員間にひきおこすおそれがありました。
従ってこれらは会社当局による公表あるいは組合との協議開始までは秘密とすべきものです。
そして昭和35年8・9月当時右の各事項はいずれも会社によって公表されず組合にも示されていませんでした。(中略)
右認定事実によれば、本件計画は、昭和35年8・9月当時会社の業務上重要な事項であって、
会社が従業員に対しその事項を他に洩らさないよう要求し、
懲戒罰をもってこれを強制するに足りる秘密性をそなえていたというべきです。(中略)
右事実によると、X1とX2とは、いずれも本件複写に掲げられた本件計画が会社の業務上重要な秘密であること、
及び洩らした先が社外であることを認識していたというべく、
本件複写に「秘」の表示を欠くからといって秘密の認識がなかったとは到底いえません。
以上説明のとおり、X1とX2とは共同して本件計画を、
それが会社の業務上重要な秘密であることを知りながら、
西毛地区委及び古河細胞に洩らしたというべきです。(中略)
労働者は労働契約にもとづく附随的義務として、
信義則上、使用者の利益をことさらに害するような行為を避けるべき責務を負うが、
その一つとして使用者の業務上の秘密を洩らさないとの義務を負うものと解せられます。
信義則の支配、従ってこの義務は労働者すべてに共通です。
もとより使用者の業務上の秘密といっても、
その秘密にかかわり合う程度は労働者各人の職務内容により異るが、
管理職でないからといってこの義務を免れることはなく、
又自己の担当する職務外の事項であっても、これを秘密と知りながら洩らすことも許されません。
このことは、工員をもって組織する組合の加入する足製連が会社と結んだ労協、
及び工員のみを対象とする就規が、従業員に右のような義務があることを前提として、
それぞれ会社の業務上重要な秘密を洩らした者を懲戒解雇する旨定めていることからも、
明らかです。(中略)
懲戒は企業秩序をみだす行為に対する制裁であり、
労協57条3号、就規73条6号は、
会社の業務上重要な秘密が守られることを企業秩序維持の一つの柱と考え、
これを他に洩らした者に懲戒解雇をもって臨むことを定めたものです。
懲戒制度の目的からみれば、この構成要件は必要かつ十分であって、
このほかに、労協等に明文がないにもかかわらず、
敢てX1ら主張のような情報取得の反社会性、暴露行為の目的及び結果の反社会性、
さらに企業秩序の侵害のような要件を必要とするものとは解せられません。
所論は、たとえば公共性を有する報道機関による取材、報道等との関連において、
秘密漏洩行為に刑事罰を科するかどうかの問題につき、
或は検討を要する事項ではあり得ても、
企業秩序という私的利益を守るために科せられる懲戒処分につき、
労協・就規・労働契約上明示の規定なくして、
当然に妥当するものではありません。
X1らの本件計画漏洩行為が、日本共産党員としての立場にもとづき、
本件計画反対のための組合の態勢づくりの目的に出たことは前記認定のとおりです。
その限りではX1らは党の立場に立って組合の利益と組合内における党の地位向上をはかったといえるが、
これを組合活動ということはできません。
すなわち、X1らの本件計画漏洩行為は前示のように組合にも秘匿されたので、
これが組合の承認にもとづくとはいえず、また組合がかような行為を組合活動として承認し、
その責を負うべき筋合とは考えられないからです。
のみならず、組合の加入する足製連は、
労協57条3号においてかような行為をする組合員に対し会社が懲戒を行うことを承認しており、
この条項は組合にも効力を及ぼすので、
特段の事情のない本件ではX1らの右行為は組合活動としても到底正当性を取得しません。
X1らは組合に加入し、かつ会社と労働契約を結び、
その結果労協57条3号、就規73条6号の適用を受け、
会社に対する関係で、会社の業務上重要な秘密を洩らさないという制限を受けるに至ったものです。
かような制限は、X1らが会社と右のような労働契約関係にあるかぎり、
政治活動が憲法21条により国家に対する関係で保障されていることを考慮しても、
その効力に疑をさしはさむ余地はありません。
従ってX1らの本件計画漏洩行為が政治活動にもあたるとしても、
これが労協・就規の前記条項に該当する以上、
X1らは懲戒責任を免れることはありません。(中略)
X1及びX2の本件計画漏洩は前述のような行為の目的・態様・情状に照らし、
極めて重大であって、両名の関与の方法に若干の差異があり、
行為後2年を経過したとはいえ、
これだけで両名一律に懲戒解雇の措置をとっても敢て不当とはいえません。
このことは、別紙一のように労協自身業務上重要な秘密を他に洩した者には懲戒解雇をもって臨み(57条3号)、
情状酌量の余地ある者又は改悛の情顕著と認められる者につき処分を軽減しうる(61条)旨定めているところ、
両名にとくにかような軽減事由ありとは考えられないことからも明らかです。
のみならず、X1の業務課副課長P5排斥・P8のさく販出向妨害・離席等、
X2の非能率・離席等・生産票記入指示違反・遅刻・早退・欠勤の各事実を加え、
さらに前記認定の各情状をも考慮すれば、会社が労協60条を適用して、
X1とX2とを懲戒するのに解雇を選択したことが、
合理的理由を欠くものとはいえず、
その意味において懲戒権能の濫用であるとすることはできません。
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