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自己に対するいじめや差別的な処遇があるとして弁護士に相談した労働者が、
弁護士に相談する際に、
人事情報や顧客情報等の記載された書類を無断で交付したとして懲戒解雇されたが、
その処分は有効なのでしょうか。
【事件の概要】
Yは、機関投資家に対する資産運用及び投資信託の設定・運用などを主たる業務とする株式会社です。
Yで、顧客担当責任者の地位にあったXは、
Yにおいて、自己に対するいじめ・差別的な処遇があるとして、
担当弁護士に相談した際に、
Yの見込み顧客リスト、既存の顧客らからの通信文、
営業日報、Yのアプローチ方法を記した書類・人事情報に関する書類を、
Yの承諾無しに開示・交付しました。
Yは、Xのこれらの行為が、
秘密保持義務を課している就業規則の規定に違反するとして、
懲戒解雇処分としました。
そこで、Xは、懲戒解雇は無効であるとして、
労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び未払い賃金の支払を求めて争いました。
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【判決の概要】
従業員が企業の機密をみだりに開示すれば、
企業の業務に支障が生ずることは明らかであるから、
企業の従業員は、労働契約上の義務として、
業務上知り得た企業の機密をみだりに開示しない義務を負担していると解するのが相当です。
このことは、本件就業規則の秘密保持条項が原告に効力を有するか否かに関わらないというべきです。
まして、Xは、入社時にYの企業秘密を漏洩しない旨の誓約書を差し入れ、
また、秘密保持をうたった「職務遂行ガイドライン」を遵守することを約しているのであるから、
Xが秘密保持義務を負うことは明らかです。
そして、前述のとおり、Yのような投資顧問業者にとって、
顧客に関連する情報管理を行うことは、
企業運営上、極めて重要なことであり、
Xは、Y社の前身社の年金営業部長、合併後も投資顧問部の公的資金顧客、
企業年金既存顧客担当の責任者という立場であったのであるから、
その企業秘密に関する情報管理を厳格にすべき職責にあった者です。
してみれば、Xが、Yの許可なしに、企業機密を含む本件各書類を業務以外の目的で使用したり、
第三者に開示、交付することは、特段の事情のない限り、
許されないというべきです。
これに反するXの主張は採用できません。〔中略〕
弁護士は、その職責に鑑みれば、正式な委任関係に立つ前の段階であっても、
法律相談に応じる場合には、相談者から必要な事実関係、
情報を知らされなければ適切な判断ができないし、
職務上知り得た秘密を保持する義務を有するから(弁護士法23条)、
相談者が自己の相談について必要であると考える情報については、
たとえその中に企業機密に関する情報が含まれている場合であっても、
企業の許可を得なくてもこれを弁護士に開示することは許されるというべきです。
証拠(〈証拠略〉)によれば、日本弁護士連合会の広報においても、
弁護士に相談する場合は、「すべてを弁護士に打ち明ける」「関係している全ての書類を持参する」「書類は実物を見せる」ことを勧めていることが認められ、
このことからしても、上記のように解するのが相当です。
Xが本件各書類をF弁護士に開示、交付したのは、
自己の救済を求めるという目的のためであり、
それは不当な目的とはいえないこと、
Xは、F弁護士からXより提出された諸資料はXの同意なしに第三者に開示しないとの確約書を得ていることを併せ考えると、
XがF弁護士に本件各書類を開示、交付したことについては、
特段の事情があるというべきであるから、
Xが秘密保持義務に違反したとはいえません。〔中略〕
本件就業規則がXに対し効力を有するとしても、
Xが本件各書類をF弁護士に開示、交付したことは、
本件就業規則56条3号及び14号に該当するとはいえないか、
仮に形式的には該当するとしても、
その目的、手段に鑑みて違法性を帯びるものではないというべきです。
Xが本件各書類をF弁護士に開示、交付した目的、態様、
本件各書類の返還に応じなかった当時の事情からすれば、
本件懲戒解雇は、懲戒解雇事由を欠くか、
または軽微な懲戒解雇事由に基づいてされたものであるから、
懲戒解雇権の濫用として無効であり、
これを普通解雇とみても、同様に解雇権の濫用として無効であるというべきです。
【関連判例】
→「日経クイック情報事件と私用メール」
→「K工業技術専門学校事件と私用メール」
→「グレイワールドワイド事件と私用メール」
→「古河鉱業足尾製作所事件と企業秘密の漏洩」
→「日本リーバ事件と企業秘密の漏洩」
→「フォセコ・ジャパン・リミテッド事件と競業行為の禁止」
→「ダイオーズサービシーズ事件と秘密保持義務」
→「大阪いずみ市民生協事件と内部告発」
→「財団法人骨髄移植推進財団事件と内部告発」
→「トナミ運輸事件と内部告発」
→「日本鋼管鶴見造船所事件と学歴詐称」
→「近藤化学工業事件と学歴詐称」
→「正興産業事件と学歴詐称」