マルヤタクシー事件と経歴詐称

(仙台地判昭60.9.19)

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労働者が雇用契約を締結するにあたり、

既に刑の消滅した前科及び前歴を履歴書に記載しなかったことで解雇されたが、

当該処分は有効なのでしょうか。

【事件の概要】


Yは、一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー事業)を主たる目的とする会社です。

Xは、昭和52年11月、Yと期限の定めのない雇用契約を締結しました。

Xは、Yに運転手として入社後、昭和54年3月1日から本件解雇時までは、

Y営業所副所長として主に運行収益の管理、

乗客からの配車注文の応待等にあたっていました。

Xは、有罪判決たる前科及びその他の犯罪歴たる前歴があるにもかかわらず、

Yが本件雇用契約を締結するにあたって提出を求めた履歴書の「賞罰」欄にこれを記載しませんでした。

Yは、Xの不誠実な経歴秘匿を知り、その他にもXには背信行為があったため、

Xを解雇しました。

そこで、Xは、解雇の無効を主張し、

雇用契約上の権利を有することの確認及び未払いの賃金の支払を求めて争いました。

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【判決の概要】


使用者が雇用契約を締結するにあたって相手方たる労働者の労働力を的確に把握したいと願うことは、

雇用契約が労働力の提供に対する賃金の支払という有償双務関係を継続的に形成するものであることからすれば、

当然の要求ともいえ、

遺漏のない雇用契約の締結を期する使用者から学歴、職歴、犯罪歴等その労働力の評価に客観的に見て影響を与える事項につき告知を求められた労働者は原則としてこれに正確に応答すべき信義則上の義務を負担していると考えられ、

したがって、使用者から右のような労働力を評価する資料を獲得するための手段として履歴書の提出を求められた労働者は、

当然これに真実を記載すべき信義則上の義務を負うものであって、

その履歴書中に「賞罰」に関する記載欄がある限り、

同欄に自己の前科を正確に記載しなければならないものというべきです(なお、履歴書の賞罰欄にいう「罰」とは一般に確定した有罪判決(いわゆる「前科」)を意味するから、使用者から格別の言及がない限り同欄に起訴猶予事案等の犯罪歴(いわゆる「前歴」)まで記載すべき事由はないと解される。)(中略)

しかしながら、犯罪者の更生にとって労働の機会の確保が何をおいてもの課題であるのは今更いうまでもないところであって、

既に刑の消滅した前科について使用者があれこれ詮策し、

これを理由に労働の場の提供を拒絶するような取扱いを一般に是認するとすれば、

それは更生を目指す労働者にとって過酷な桎梏となり、

結果において、刑の消滅制度の実効性を著しく減殺させ同制度の指向する政策目標に沿わない事態を招来させることも明らかです。

したがって、このような刑の消滅制度の存在を前提に、

同制度の趣旨を斟酌したうえで前科の秘匿に関する労使双方の利益の調節を図るとすれば、

職種あるいは雇用契約の内容等に照らすと、

既に刑の消滅した前科といえどもその存在が労働力の評価に重大な影響を及ぼさざるを得ないといった特段の事情のない限りは、

労働者は使用者に対し既に刑の消滅をきたしている前科まで告知すべき信義則上の義務を負担するものではないと解するのが相当であり、

使用者もこのような場合において、

消滅した前科の不告知自体を理由に労働者を解雇することはできないというべきです。
(中略)

これを本件についてみると、

Yは、Xが本件雇用契約を締結するにあたり既に刑の消滅した前科及び前歴を履歴書に記載しなかったこと自体をもって解雇事由とするものであるが、

Yの営業内容は前記のとおり一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー事業)で、

二度にわたる履歴書提出時におけるXの労務内容もその一般運転乗務員というにすぎないものであるから、

これらYの業務及びXの労務内容がXに前記前科までYに告知すべきとの特段の事情を生ぜしめるとは到底いえないし、

他に本件雇用契約において右特段の事情にあたる事実を認めさせるに足りる証拠もありません。

そうすると、本件においてXは、Yから提出を求められた履歴書の賞罰欄に自己の前科、

前歴まで記載すべき信義則上の義務はなかったというべきであり、

これらを記載しなかったこと自体をもって解雇事由とする被告の主張は結局採用しえないものです。

ところで、解雇は使用者の一方的な意思表示によって効力を発生するものであるから、

その承認なるものは本来法的な意味をもたないものと考えられるのであるが、

労働者の当該解雇への対応が以後解雇の効力を争わない旨の意思表明と評価できるか、

あるいは、当該解雇の意思表示に使用者からの合意解約の申出も含まれていると認められるような状況において使用者と労働者との間で雇用契約を合意解約したと評価できる場合には、

解雇の承認があったものとして、

当該解雇の本来の効力にかかわらず原則として雇用契約は消滅し、

以後労働者は解雇の効力を争いえなくなるものと解するのが相当です。

しかるところ、本件解雇後のX、Y間の交渉の内容は前記認定のとおりであって、

Xは一貫して解雇の撤回とそのうえでの合意による本件雇用契約の解消を求めていたのに対し、

Yは終始これを拒絶していたものであるから、

X、Y間に前記解雇の承認というべき法的状態が形成されていたとみることができないことは明らかです。

【まとめ】


既に刑の消滅した前科といえども、

その存在が労働力の評価に重大な影響を及ぼさざるを得ないといった特段の事情のない限りは、

労働者は使用者に対し既に刑の消滅をきたしている前科まで告知すべき信義則上の義務を負担するものではありません。

使用者もこのような場合において、

消滅した前科の不告知自体を理由に労働者を解雇することはできません。

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