全日本空輸事件と休職処分

(東京地判平11.2.15)

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業務外の時間・場所で生じ、

内容としても男女関係のもつれから生じた偶発的なトラブルによって、

傷害容疑により逮捕・起訴された労働者が休職処分されたが、

当該処分は有効なのでしょうか。

【事件の概要】


Yは、定期航空運送事業等を業とする株式会社です。

Xは、昭和46年5月に操縦士訓練生としてYに入社し、

平成4年6月に機長資格操縦士に昇格しました。

平成8年4月17日に、Xと男女関係にあったYの元客室乗務員Aを床上に引き倒して傷害を負わせたとして、

同月22日に逮捕され、同24日に公訴提起され、

同日略式命令を受けて釈放されました。

本件刑事事件についてXは正式裁判を求め、

平成9年11月20日、無罪の判決がなされました(確定)。

Yは、Xに対し、平成8年4月25日に乗務停止の措置をとり、

同年5月20日には、就業規則37条5号の規定(業務外での事由で刑事上の訴追を受けたとき)に基づき、

無給の休職に付しました。

Xは、刑事事件の無罪判決後の平成9年11月28日に、

起訴休職処分を解かれて復職しました。

そこで、Xは、休職処分の無効確認及び休職期間中の賃金の支払を求めて争いました。

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【判決の概要】


Yの就業規則37条5号及び39条2項は、

従業員が起訴されたときは休職させる場合があり、

賃金はその都度決定する旨を定めています。

このような起訴休職制度の趣旨は、

刑事事件で起訴された従業員をそのまま就業させると、

職務内容又は公訴事実の内容によっては、職場秩序が乱されたり、

企業の社会的信用が害され、

また、当該従業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずることを避けることにあると認められます。

したがって、従業員が起訴された事実のみで、

形式的に起訴休職の規定の適用が認められるものではなく、

職務の性質、公訴事実の内容、身柄拘束の有無など諸般の事情に照らし、

起訴された従業員が引き続き就労することにより、

Yの対外的信用が失墜し、又は職場秩序の維持に障害が生ずるおそれがあるか、

あるいは当該従業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがある場合でなければならず、

また、休職によって被る従業員の不利益の程度が、

起訴の対象となった事実が確定的に認められた場合に行われる可能性のある懲戒処分の内容と比較して明らかに均衡を欠く場合ではないことを要するというべきです。

本件について、まず、Xの労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがあるか否かを検討するに、

Xは、本件刑事事件につき、

本件休職処分がされた時点で身柄の拘束を受けていたわけではなく、

公判期日への出頭も有給休暇の取得により十分に可能であったと認められるから、

Xが労務を継続的に給付するにあたっての障害は存しないものと認められます。

他方、Yの業務は、航空機の運行であるため、

絶対的な安全性が要求されるものであり、

また、機長は、安全運行の直接の責任者であるから、

高度の精神的安定性及び責任感が要求されるものと認められ、

私生活上の問題であっても、

それだけで職務と一切無関係であるということはできないといえます。

そして、運行乗務員のストレスや感情昂進といった心理的影響が運行の安全に支障をきたす可能性のあることが認められ(〈証拠略〉)、

XとAとの男女関係に関し、

Xに家庭内不和によるストレスを生じる可能性があり、

また、本件刑事事件において無罪を主張して争うことにより一定のストレスや感情昂進を生じる可能性のあることも認められるが、

本件休職処分の時点では、

Xが逮捕されて略式命令を受けた日から約1か月を経過していることからして、

これらが運行乗務員に日常生じる可能性のあるストレスや感情昂進の程度を超えて安全運行に影響を与える可能性を認めるに足りる証拠はありません。

したがって、Xの労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがあるものとは認められません。

次に、本件刑事事件の係属にもかかわらず、

Xを業務に従事させることがYの対外的信用を失墜し、

又は職場秩序の維持に障害が生じるおそれがあるか否かを検討します。

前記前提となる事実及び証拠により認定した事実によれば、

Yの営む事業は定期航空運送事業であり公共性を有すること、

平成8年4月22日に警察官がY東京空港支店に臨場して捜索を行ったこと、

同月24日及び25日にY広報室に報道機関3社からXの逮捕について取材が行われ、

もし、傷害で逮捕されたパイロットを予定どおり乗務させるということになれば安全上のことも含めて会社の常識を問わざるを得ない等と述べた記者がいたこと、

平成8年10月と同年12月に2つの週刊誌に本件の記事が掲載されたことが認められます。

しかしながら、他方、証拠によれば、

本件刑事事件の公訴事実の内容は、

安静加療10日間を要する頚部捻挫等の傷害で、

その態様も手で被害者の肩を掴んで引き倒すというものであり、

Xは当初罰金10万円の略式命令を受けたものであり、

本件休職処分の時点で本件刑事事件の内容は、

略式命令で終了する事案であることが明らかとなっていたこと、

本件はYの業務とは、時間・場所・内容とも関係のない、

いわゆる男女関係のもつれが原因で生じたものであり、

マスコミからの取材も、平成8年4月25日より後は、

同年9月に週刊誌記者が取材をするまで途絶え(人証略)、

4月24日、25日に取材した新聞社等も結局Xの逮捕について報道せず、

Xの逮捕事実については、新聞社及びテレビ局も、

報道することが相当な公益にかかわる事件ではないと判断したものと認められます。

また、Yは、Yに勤務する他の客室乗務員は、

元の同僚に暴力をふるった機長の下で乗務しても、信頼関係の維持が困難となり、

安全運行に悪影響が生じる旨主張し、これに沿う証拠も存在するが(〈証拠略〉)、

客室乗務員は専門的職業意識に基づき自らの業務を遂行するもので、

本件刑事事件の公訴事実のごとく、Yの業務外の時間・場所で生じ、

内容としても男女関係のもつれから生じた偶発的なトラブルによって、

機長との信頼関係が維持不能な状況となることを認めることはできません(人証略)。

そして、本件刑事事件が仮に有罪となった場合にXが付される可能性のある懲戒処分の内容も、

公訴事実記載の状況に至るまでの前記認定事実からすれば、

解雇は濫用とされる可能性が高く、

他の懲戒処分の内容も、降転職は賃金が支給され、

出勤停止も1週間を限度としており、

減給も賃金締切期間分の10分の1を超えないとされていることと比較して、

無給の本件休職処分は著しく均衡を欠くものというべきです。

また、そもそも、本件公訴事実についてはいったん略式命令がされたのであるから、

Xが正式裁判を求めなかったとすれば、刑事事件は係属しないから、

YがXに対して起訴休職処分をなす余地はなかったのです。

そうすると、これらの事実を総合すれば、

本件休職処分は、Xが引き続き就労することにより、

Yの対外的信用の失墜、

職場秩序維持に対する障害及び労務の継続的な給付についての障害を生ずるおそれがあると認められないにもかかわらずされたものとして、

無効なものというべきです。

【関連判例】


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